退部届けを書いたけど
スポーツ青春ものを書いてみました。
投稿ジャンルが……ありませんでした……(笑)
シュートしたボールは、リングに当たり明後日の方向に跳ねてしまった。
「園部ー! フォーム悪い! もう一本!」
「は、はい!」
汗を拭い、ゴールを見定める。ニ、三ドリブルしてから、ボールを放つ。
コースは良いが……しかし今度はバックボードに弾かれた。
私ばかりがシュート練習してる訳じゃない。体育館には二つのゴールポストしかないので、30人いる部員の邪魔になってしまう。そう判断されたのか、コーチは溜め息を吐いて次の子に譲れと顎をしゃくる。
次の子は私の後輩。今年入学したばかりの一年生。
けど出身中学は女バス全国常連の名門で、その子自身も10年に一人の逸材と言われ、コーチ自ら熱心にスカウトして、うちの高校に来て貰ったという、所謂スポーツ特待生だ。
「いいぞ、雪白!」
コーチの弾む声で分かるように、その子――雪白さんの放ったボールは綺麗にゴールへと吸い込まれる。次も、次も、その次も。フォームは完璧で、一連の動きは流れるようで、ボールは磁石で引き合うかのようにポストへ吸い込まれていく。
雪白さんはは一度もミスすることなく連続5ゴール練習を終えた。
もうすぐ始まるインターハイに選抜メンバーで選ばれただけある。
……私とはえらい違いだ。
私にとっては高校三年の今年が、試合に出られるかもしれない最後の年だった。万年ベンチ要員を脱却すべく頑張ってたけど、雪白さんという天才が入部して、他の新入部員にも筋の良い子が多い。
バスケがしたい、バスケが好きな気持ちだけは誰にも負けない。強いはずだったそれが萎んでゆく。私は背が低いし、花形選手やセンターにはなれない。卓越した技術はないし、シュートも得意ではない。
当然ながら私の名は、選抜に入ってなかった。
……辞めてしまおうか。
高校を卒業したら、大学へ行って、就職して……その為にも早めに受験に備えなきゃいけない。バスケをしなくたって死ぬ訳じゃない。寧ろ才能のない私がしがみついても意味がないじゃないか。
一つ考えるとスルスル言い訳が引き出され、それが最善のような気がしてきた私は、家に帰ると、退部届けを書いた。
次の日。退部届けを書いたはいいがいつ提出しようかと迷っている間に、放課後になってしまった。
そういえば、コーチは家の所用で明日休むと言ってなかったか。昨日の私はどれほど呆けていたのだろう。
仕方ない。今日は部活に出て、退部届けは明日改めて出す事にしよう。
胸の奥でどこかホッとしている気持ちに気付かない振りをしながら、私は着替えのロッカーへと向かった。
「ねえ、生意気なんだけど」
ドアノブに手をかけようとした直前、中から話し声が聞こえピタリと手を止めた。
「ちょっと才能があるとか言われて調子に乗ってない?」
「あたし、そんなつもりないです」
「嘘つけ。うちらのこと馬鹿にしてんでしょ? 特に園部はさ、今年が試合に出れるチャンスだったワケ。アンタがうちの高校に来なければ、あの子はレギュラーになれたかもしれない。すっごい頑張ってたんだから」
この声は同じ三年で選抜メンバーの優子だ。もう一人は……雪白さん?
って、私の事言ってる!?
「頑張っても結果が出ないってそれ、本当に頑張ってるんですか?」
雪白さんの言葉に、私は大きく目を見開いた。
「はぁ!? なに、その言い方! やっぱ馬鹿にしてんじゃん!」
「馬鹿にしてるんじゃなくて、事実を言ってるだけです。努力したら何がしかの結果って出るでしょ。出ないなら、努力が足りないだけだと思いますけど」
「ふざけんなよ……!」
あ、不味い。ヒートアップしていく遣り取りに、私は慌ててドアを開けた。
「あれー? 二人とも早いね? 一番乗りかと思ったのに!」
私はことさら明るい声で言った。雪白に掴みかかろうとしていたらしい優子が、ハッとしたように手を引く。
「園部……」
「どしたの、優子。雪白さん、今日も頑張ろうね!」
「…………はい」
先に着替え終わっていたらしい雪白さんは、少し気まずげな顔をしながらも小さく会釈してロッカールームから出て行った。
足音が遠ざかるのを確認し、ほうっと息を吐いて優子に向き直る。
「……優子、不味いよ。もうすぐインターハイなのに内輪揉めは」
「園部、アンタ聞いて……!」
「ごめん。聞こえちゃった」
「こっちこそごめん。あたし……我慢できなくて……」
「いいよ。私の為に怒ってくれたんでしょ?」
難癖を付けられた雪白さんには少し悪いが、私には優子を責める気がどうしても湧かない。
優子とはそれなりに仲が良いと思っていたが、まさか私の事で憤ってくれるとまでは想像できなかったからだ。
「でも優子、さっきの事、早めに雪白さんに謝りなね。でないとコーチにチクられるよ」
「……分かってる。ついカッとなっちゃった」
優子はどちらかというと熱血型で、クールな雪白さんとは反りが合わないようだけど、どちらも陰湿ではないから、謝れば許してくれると思う。試合直前に正メンバー同士が衝突なんて、シャレにならない。
そして雪白さんは、私に対する印象を正直に口にしただけ。悪意はないんだろうし、言った事は事実でしかない。
なのに、鞄の中に入れた退部届けが、何故かズシリと重くなったように感じる。
部活が始まる。けど、雪白さんの言葉がずっと頭の中でグルグル回っていた。
――結果が出ないなら、努力が足りないだけ。
レギュラーになれなくても、腐らず頑張ってると自分で思ってた。でも……。
ぐっと奥歯を噛む。
シュート練習の順番が回ってきて、リングを意識した。フォームを意識した。肘を狭め、足先から上半身へ力が伝わるよう、丁寧にボールを放つ。
ボールはリングに弾かれたけど、なんだか良い手応えだった気がする。その感覚を忘れないよう残る4本のシュートを繰り返せば、最後の二本は自分でも改心と言えるぐらい綺麗に決まった。
「園部! ナイッシュー!」
列から離れた私を、優子が労ってくれた。私は彼女に笑み返し、続くパスやドリブル、3on3でも全神経を体の隅々に注ぎ、集中してプレイする事にした。
次の日も、その次の日も。翌週も。
すると少しずつだけどミスは減り、上手くなっていくのが実感できていく気がした。
ああ、私、漫然とプレイしてたんだな。才能がないからって部活も惰性で続けてたんだ。
なんだ、本当に雪白さんの言った通りじゃない?
家に帰り、この二週間、鞄に入れたまま提出できないでいた退部届けを取り出す。
明日からインターハイ予選が始まる。私は始終ベンチで応援要員だろう。
退部届けを暫くジッと見つめ、そして。
それを破り捨てた。
✵✵✵
インターハイ予選では一、二回戦を勝ち抜いた。が、準々決勝の第三クォーターで、徹底的にマークされていた雪白さんが相手のラフプレーで足を捻り、選手交代する事態になってしまった。
「園部先輩が良いと思います」
コーチに言ったのは、医務室に運ばれる間際の雪白さん本人だった。
「先輩なら出来ますよね?」
誰より努力してたんですから。
強い視線にそんな副音声を含ませ、雪白さんはマネージャーに連れられて行った。
それを戸惑いながら見送る私に、コーチが言う。
「……だな。園部、行け」
「は、い……」
雪白さんが退場したのは二点ゴールを放つ時だったので、二回のフリースローからだ。
あまりに手と足が震えて、一本目のそれは外れてしまう。
「園部、落ち着いて!」
優子の声が耳に届く。
深呼吸し、体の隅々に神経を注ぐ。足先から伝わった力がボールに伝わり、手から離れたそれは最高の放物線を描いてリングに吸い込まれた。
わぁあ! とベンチ、それからスタンドから歓声が挙がった。私もぐっと拳を握る。
それからの試合は接戦となり、延長戦までもつれ込んだものの、結局負けてしまった。
でも、戦えた。最後まで。優子もチームの皆もコーチも、戻って来た雪白さんも労ってくれた。
私は小柄だし天才ではない。
でも諦めは悪いようだ。
これから伸びないとも限らない。
部活は引退になるし、これから受験で大変な思いをするだろうけど。
バスケができる大学を選ぼう。社会人になっても続けよう。
そう思った。
お読み頂きありがとうございました。




