番外編2話 スペアボディ
お久しぶりです。
説明が長いですが今更説明がしたかったわけじゃないので適当に流してください。
ある日の昼下がり。
今回はフォロワーから葉っぱを頂いたので、お望み通り葉っぱで大事なところを隠した写真を撮る。
手のひらサイズの作り物の葉っぱ3枚。かの熱帯雨林通販はこんなものも取り扱っているんだなと感心しながら、服を脱ぎ、俺の素肌に葉っぱをくっつける。
胸に葉っぱを押し当てると、真っ白な膨らみがむぎゅっと潰れる。そのまま数秒押し当ててから離すと、潰れた胸が押し戻り、葉っぱがぺりぺりと剥がれ、床に落ちた。
......うん。くっつかないし、セロテープで付けるか。
セロテープを取り、輪っかにして葉っぱを胸にくっつける。美少女にセロテープで葉っぱがくっついてるというなんともマヌケな状況だが、適当にポーズを取り、写真を何枚か撮る。
撮った写真の中からどれを投稿しようか考えていると、家の前によく知っている魔力反応が突然現れた。
もちろん、ユーリアだ。
ユーリアの魔力反応は少し辺りをキョロキョロとした後、家の玄関に向かって歩き出した。
......や、ヤバイ。
早く服を着なければ。
急いで葉っぱを剥がすとセロテープが付いていた部分が少し赤くなるが、気に留めている暇もなく、普段着にしているトレーナーを着る。
家のインターホンが鳴る。ユーリアは異世界人だがこうしてたまに日本に来ていて、言語と常識は既に習得済みだ。
急いでユーリアを玄関まで迎えに行く。
「ゆ、ユーリア。久しぶり」
「お久しぶりです。今日は1人なんですね」
「平日の昼間だからね。妹は学校だよ」
相変わらず少し異世界語訛りのある日本語。ユーリアは黒いローブの下に帯剣したいつもの格好だ。
魔術師なのに帯剣?と思うが、ユーリアは剣術の心得もあるらしく、身体強化魔法で能力を強化して剣で闘うのが最も燃費が良く手っ取り早いとか。
ユーリアを家に迎え、自室に案内する。
部屋には俺がさっき投げ捨てた葉っぱ達が無造作に転がっていた。ユーリアはそのうちの1枚を手に取り観察した。
「セツナさん、さっきこれを体に付けてましたよね。何してたんですか?」
「ぶふっ」
バレてらあ!これは、マナ感知か?だとしたら感知範囲が広すぎる。相変わらずの規格外さだな。
「そ、そんなことより!今日はどうしたの?何か用があったんでしょ?」
「あ、はい。ちょっと研究を手伝ってほしくて」
普段魔術の研究をしているユーリアが日本に来るのは、だいたい研究の一環で日本の科学を学ぶためとか、息抜きに地球の料理を食べるためとかだった。
「研究か。最近は何をしているの?」
「今は生物の意識について調べています」
「ん?それは魔術と何か関係があるの?」
「はい、とりあえずこれを見てください」
そう言ってユーリアはある魔法陣を展開した。
「これは、転移魔法?」
「部分的にはそうです。セツナさんは転移魔法の仕組みを覚えていますか?」
「うん、まず1陣目で世界の状態を読み込んで自分を定義する。2陣目で定義した自分を消す。3陣目から5陣目で転移場所に自分を再構築する。だよね?」
「その通りです。そしてこれは、転移魔法の2陣目、自分を消す部分を取り払った魔法です」
「ん......?」
「自分を消さずに自分を構築する。この魔法を使うとどうなると思います?」
「自分が、2人になる?」
「やってみましょう」
ユーリアは展開した魔法陣に魔力を流し込んだ。
すると、目の前に別のユーリアが突然現れ、そのまま力なく倒れた。
「え?」
「この通りです。私の体は現れますが、この体には魔力と意識が宿りません」
確かに、このユーリアには魔力がないし、意識もなさそうだ。
にしても、ユーリアがそこにいるのにユーリアと同じ物質が下に倒れてるって変な状況だな。
「でも心臓は動いているし、呼吸もしています。作った体に刺激を与えたり魔力を込めたりしてみましたが目覚めることはなく、栄養を与えなければ1週間もしないうちに死亡しました」
し、死亡って......さらっとすごいこと言うな。
「セツナさんは、人間が魔力を使い切るとどうなるか知っていますか?」
「意識を失う、でしょ?」
「はい、そしてある程度魔力が自然回復するまで目覚めることはありません」
「ふむ」
「それはこの体が目覚めないことと同じ状況だと私は考えています。この体は魔力を生成していませんからね。では、これをお見せしましょう。私の魔力に注目していてください」
そう言うとユーリアはローブの隙間から腰にぶら下げた剣を取り出した。
そして、その剣を自分の方向に向け......
「えっ、ちょ、まっ!」
自らの首を一刀両断した。
ユーリアが崩れ落ち、何かがごろごろと転がる。床に血溜まりが広がっていく。
「ぎゃ、ぎゃああああああああああっっっ!!!!」
「なんか男の子みたいな悲鳴ですね」
「......えっ?」
声のした方向を見ると、意識がなかったはずのユーリアが起き上がってこちらを見ていた。
......
「この通り、元の体が死ぬと事前に作った体に意識が移動するんです。私の魔力を追ってましたか?」
追ってましたか?
......じゃないだろ!
「......いやびっくりしたわ!!突然自殺するな!心臓が止まったかと思ったわこのナチュラルサイコロリ巨乳が!」
「え、えぇ......」
「人の部屋をスプラッタにするな!なんだよ斬首って!怖いよ!もう少し方法を考えろ!だいたい恐怖とかはないの?死ぬにしてもお互い心の準備ってもんがあるだろ、まったく」
「ご、ごめんなさい。でも、吸血鬼なのにやけに人間的なんですね」
ひどくない?俺、吸血鬼の中でもかなり良識的だと思うんだけど。
ひどいものを見たな。知り合いの美少女の斬首死体なんて間違いなくトラウマものだ。これは今後のユーリアの評価を改めなければならない。主に倫理面で。
「はあ......それで?とりあえず、魔力なんて追ってる余裕はなかったよ」
未だ床の血溜まりを広げている元ユーリアに意識が向かないように、無理やり話題を戻す。
「はい、まあ単純な話で、私の肉体が死んだときに、私の魔力がこちらに高速で移動しているんですよ」
「つまり?」
「私はこのように仮説を立てました。生物には魔力を作る非物質の器官があり、それは各人に1つしか存在せず、物質でないため魔法で作ることが出来ない。またその器官には生きている自分の体に留まる性質があり、肉体が死ぬと他の自分の生体に魔力を引き連れて移動する。そして、意識はその器官が魔力を保持することが条件で発生する、と」
「確かに、それなら理屈は通るね」
「通常、生物が死ぬと徐々に魔力を霧散していきます。意識を移動できる制限時間は、魔力が完全に無くなるまでだと実験により分かっています」
なるほど。では魔力を霧散しきるまでは完全には死んでおらず、さっきのユーリアのように他に自分の生体があればそちらに意識が移動する、ということか。それなら魔力がなくなるまでに生命活動を再開できればそのまま生き返るんじゃないかな?
「分裂で生殖するスライムやその魔力の質も私の仮説を裏付けしてくれました。ですが、これではあるイレギュラーが発生してしまうんです」
「イレギュラー?」
「はい、それは、あなたたち吸血鬼です」
......なるほど。吸血鬼は魔力がないから、それでは今俺に意識があることへの説明が出来なくなるね。吸血鬼は他人から吸った血を魔力に換えて使うが、血を使い切っても意識を失うことはなく、代わりに抗い難い吸血衝動に苛まれる。これは俺たち吸血鬼は他の生物とは何か別の理の下に生きているのか、そうでなければユーリアの仮説が間違っていることになるだろう。
「そこで私がここに来た目的に繋がります。セツナさん、私がさっき使った魔法を使っていただけませんか?」
さっきの魔法というと、自分を作る魔法か。作られた俺に意識が発生するか確認したいといったところかな。
でも、発生したら発生したで俺が2人になって困るし、発生しなくても俺の生きた体なんて処置に困るな。吸血鬼は飲食が必要ないので死ぬことはないと思うけどね。
まあ、俺も少し気になるし、ユーリアにはいつも血を吸わせてもらっている恩があるからな。ユーリアからの頼み事は断れない。
俺は了承し、さっきユーリアが使っていた魔法......転移魔法から2陣目を抜いた魔法陣を構築し、魔力を流し込んだ。転移先は俺の部屋になっているので、俺の目の前に俺が現れ......力なく崩れ落ちた。
「ふむ......吸血鬼にも意識が発生しないんですね」
ユーリアはそう言って、俺の体を揺さぶったり魔力を流したりして観察し始めた。
なんだろう。目の前に俺がいるという不思議な感覚。そして無抵抗にユーリアに触られているという言いようのない恥ずかしさ。
というか、新しく体を作ったってことは俺はこれ以降死んでも大丈夫になったということか。スペアボディってところだろうか。この魔法って結構チートなんじゃないか?
「ますます分からなくなりましたね。セツナさんは何か気が付いたことなどありますか?」
少し考える。
「そういえば、さっきの動かないユーリアはあんまり美味しそうじゃなかったのに、今のユーリアは出来るならすぐにでもかぶりつきたいくらい美味しそうな感じがするな」
「っ......!な、何が言いたいんです?」
ユーリアは1歩身を引く。
「私が転移魔法を使うと血の魔力変換効率が落ちることは前に話したよね?それは私が直接吸った血には魔法で作れない何かがあるからだと推測していたんだよ。そして血の魔力変換効率は血の美味しさに比例する。これって、魔法で作れない非物質の器官と、大いに関係がある気がしない?」
「......!なるほど。でしたら魔法で作れない何かがあることと、それが死をきっかけに移動することは真実性が高まりましたね。意識に関しては不明点が多いですが......それを聞けただけでも、来た甲斐がありました」
「役に立てたならよかったよ。......あ、そうだ。せっかく来たなら何か食べていきなよ。丁度余っているお菓子があるんだ」
「!本当ですか?頂きます」
一瞬、ユーリアが嬉しそうに顔を輝かせたのが分かった。ユーリアは異世界よりも料理が発達している地球の料理を大層気に入っているのだ。特に甘味が好きなようなのだが、今ちょうどフォロワーから頂いた雪〇だいふくが冷凍庫に大量にあったはずだ。なぜ25個セットのやつにしたのだろうか。
「......でも、これは片付けてね」
「あ、ハイ」
ーーーーーーーーーー
部屋を掃除したら、リビングにてフォロワーから頂いた雪〇だいふくをユーリアにご馳走している。
「冷たいですね。おいしいです」
口調は落ち着いているが、目がキラキラしている。
魔術ばかりのユーリアの貴重な食事シーンを頬杖で眺めながら、やっぱり胸でっかいなーなんて思っていると、どうやら妹が学校から帰ってきたようだ。
「ただいまー!お兄ぃー!」
元気よく帰ってきた妹は、リビングに俺たちがいることに気付かなかったようで、そのまま勢いよく俺の自室がある2階に向かっていった。
「おーい、こっちだよー......」
まあ、いつもは自室に引きこもっているからね。
ユーリアも来ているし、2階まで呼びに行くか。
「あ、雪〇だいふくはいっぱいあるからいくつか異世界に持って帰ってよ」
「え、いいんですか?」
「うん。私はいらないし、いっぱいありすぎて困ってたところだから」
「それでしたら、頂きます」
一応全て妹にあげたものなので妹にも許可を取らなければならないけどね。まあ妹はユーリアを小動物みたいにかわいがっている節があるので大丈夫だと思うが。
幸せそうにだいふくを食べるユーリアを置いて2階に向かっていると、俺の部屋の方向から妹の声が聞こえてきた。
「お兄!お兄!起きて!」
ん?
「お兄!!......お兄?」
あ、そうか。俺の部屋にはさっき俺が作った俺のスペアボディがいるんだったな。
妹よ、その俺は目覚めないぞ。
「う、嘘......お兄?お兄!!」
なんだか少し可哀想になってきたので、急いで俺の部屋に向かう。
「やだよ......お兄!!」
「どうしたの?」
「......へ?」
部屋を見ると妹は一生懸命スペア俺を揺すっていて、俺が声を掛けるとこちらを見て固まった。あ、ちょっと涙目になってる。
「それは俺の複製体だよ。生きてるけど、何しても目覚めないよ」
「......え?」
そう言うと妹はスペア俺をじっと見つめて、一度こちらを見て、もう一度スペア俺を見た。その後、またこちらを見たかと思うと、その瞳がどんどん潤んできて......
「バカ!!」
「え、なんで!?」
「だって、何しても起きないから、お兄が危ない状態なのかと思って......」
「大丈夫だよ。むしろ今の俺が死んでもそっちの俺に意識が移るから危なくなってもよくなったと言えるね」
「でもバカ!!」
「なんで!?」
「このまま目覚めなかったら、どうしようって......ぐすっ」
「あぁあ、泣かないで。ごめん、ごめんって」
妹の頭を撫でると、妹は俺の胸に頭をうずめてすすり泣きしだした。
少しして落ち着くと、妹が不機嫌そうに口をすぼめて話しだした。
「このお兄は、何しても起きないの?」
「うん、今の俺が死ぬまでは何しても起きないね」
「じゃ、じゃあ......このお兄、私の部屋に置いてもいい?そしたら、許してあげなくもないよ......?」
「ん?」
俺の体を、妹の部屋に?
「ちょっと待って。それって何につか」
「うるさい変態バカお兄!」
「えぇ」
たまに妹は理不尽だ。
結局、俺は妹に嫌われたくなかったので言われるがままに俺の体を妹の部屋に運んだ。
また、妹が俺を訪ねたのはこれからみーさんと遊びに行く約束があり誘いに来たからとのことで、せっかくだから丁度来ていたユーリアも連れて4人でお出掛けをした。
後日、俺が妹の部屋を訪れるたびにスペアの俺の服装が替わっていることから、俺の体に何をされているのかを悟ったのであった。




