第76話 リオという少年
散歩を終え、屋敷に戻る頃にはアメリアのお腹はすっかり空腹を訴えていた。
「今日の朝ごはんはとっても美味しいに違いないわ」
食堂へ向かいながら確信的な笑みを浮かべると、隣でライラが苦笑を漏らす。
「昨日も同じことを言っていましたね」
「そうだったかしら?」
「ちなみに今日の朝ごはんのメインはレクルト産のソーセージですよ!」
「ソーセージ! いいわね! ケチャップと一緒に食べると最高なの……」
そんなやりとりをしながら廊下を歩いていると。
「あ、おはようございます、ローガン様!」
見覚えのある人影が見えてアメリアの声が弾む。
こちらに歩いてくるローガンは従者を連れていた。
「おはよう。散歩帰りか?」
「はい、ライラと一緒に」
ライラがゆっくりとした所作でローガンに頭を下げる。
「ローガン様も、これからお散歩ですか?」
「お散歩の格好に見えるか?」
「ばっちりお仕事の格好ですね……」
ローガンの服装は紛れもなく、これから硬い仕事に赴く者の格好だった。
胸元にはへルンベルク家を象徴する模様のブローチ。
上品なホワイトシャツにきちんとネクタイを締め、その上から金糸が織り込まれた純白のジャケットを着ている。
頭からつま先まで、まさに公爵貴族の正装に身を包んでいた。
「今から王城へ行ってくる。帰りはおそらく、夕方頃だな」
「朝からお疲れ様です……気をつけていってらっしゃいませ。それと……」
ちらりと、ローガンのそばに控える従者の少年に目を向ける。
アメリアの視線に気づき、少年は一歩前に出た。
「お初にお目にかかります、アメリア様。自分は、ローガン様の従者をしております、リオと申します。ここしばらく休暇をいただいており、ご挨拶が遅れてしましました」
そう言って、少年──リオはかっちりとした所作でお辞儀をした。
アメリアに何人か使用人がいるように、ローガンもオスカーをはじめとして複数の従者を引き連れている。
リオも従者の一人らしいが、アメリアは初めてであった。
鋭く凛々しい眼光、しかしその端正な顔立ちはどこか少年ぽさを残している。
燻んだ金色の髪は整髪され、淡いグレーの瞳は清潔で落ち着きがあった。
歳はアメリアよりも僅かに上くらいに見えた。
身長はローガンよりも少し低めだが、その背筋はしっかりと伸び、肩は広く引き締まっている。
従者らしく装飾は控えめの、きっちりとした服装だった。
「初めまして、ローガン様の婚約者のアメリアよ。これからどうぞよろしくね」
アメリアが微笑みかけて言うと、リオはじっと品定めするような目をして。
「はい、よろしくお願いいたします」
素気なく言ってから、ローガンの後ろに下がった。
間を置かずローガンが補足する。
「リオは元々軍に所属していて、その戦闘能力はお墨付きだ
「護衛……!! ということは、とっても強いのですね」
「ああ、俺の護衛として、一番の信頼を置いている」
「お褒めに預かり光栄です」
今まで硬く動かなかった表情を綻ばせ、どこか誇らしげにリオが言う。
(取っ掛かりがなそうな人だと思ったけど……)
親に褒められて嬉しがる子供のような笑顔を浮かべるリオに、その印象は変わった。
「それにしても、軍に所属していたなんて、凄いんですね、リオは……」
離れでの隔離生活が長かったアメリアに軍の知識は皆無に近い。
しかし、この国を守る最前線の集団ということには変わり無いため、戦闘能力はおろか運動神経もダメダメなアメリアは素直に尊敬の念を抱いた。
そんな心情から出てきたアメリアの言葉に、リオはぴくりと眉を動かして言う。
「ローガン様の御身をお守りするのですから、当然のことです」
淡々と告げられる言葉の中に微かな棘が含まれているように感じて、アメリアはほんの少しだけ首を傾げた。
「ローガン様、そろそろ」
「ああ、そうだな。では、行ってくる」
「はいっ、行ってらっしゃいませ!」
アメリアが元気よく言うと、ローガンは少しだけ頬を緩めてから玄関へと向かった。
「ローガン様は言うまでもなくですが、リオさんもカッコいいですね……」
二人の背中が見えなくなってから、ライラがうっとりしたような目で言う。
一方のアメリアは釈然としない顔をしていた。
「私、リオに何か失礼なことでもしたかしら。ちょっと警戒? されていたような……」
「あっ、あー……」
ライラが何かを察したような顔をする。
「気にする必要はないと思いますよ。リオさん、ローガン様以外にはあんな感じなので」
「なるほど……つまり、ローガン様をお慕いしているのね!」
「絶対的な忠誠を誓っていますね。これは聞いた話ですが、軍を除隊されて行き場を失っていたところをローガン様に雇用されたとか、なんとか……」
「なるほど、色々な事情があるのね……」
少しばかり、リオに対して親近感を抱いた。
アメリア自身も、家族から厄介者扱いされていた中で、ローガンに婚約者として見初められたから。
(そのうち、リオとも仲良く出来たら良いな……)
そんなことを思うアメリアであった。




