第187話 ぼんやり
昼下がり、へルンベルク邸。
穏やかな陽射しが差し込む花園には、風にそよぐ草花の香りと、時折聞こえる鳥のさえずりが満ちていた。
その中心で、アメリアは小さな椅子に腰掛け、無言で手を動かし続けていた。
指先には白や黄色、淡い紫色の小花が次々と編み込まれていく。
ひときわ色の美しい大きな花を最後に加え、輪を閉じるように結び目を整えると、アメリアはふうっと小さく息を吐いた。
「……ふう、これでよし!」
一仕事終えたように汗を拭うアメリアの手の中にあるのは、小ぶりながらも見事にバランスよく編まれた花冠。
白い小花が中心に咲き、その周囲を淡い藤色とレモンイエローの花びらがふわりと彩る。
光を受けてほのかに透けるその花々は、まるで妖精の冠のように可憐で儚い。
アメリアは満足そうに微笑むと、それを横にそっと並べた。
「さて、次はどんな花冠をつくろうかしら」
「……あの、アメリア様」
るんるん気分で言うアメリアに、シルフィが控えめな声で問いかける。
「花屋でも開くご予定ですか?」
「はっ……」
そこでアメリアは我に返った。
すぐそばには、どーんと効果音がつくようなほどの花冠の山。
大小さまざまな花輪が、まるでどこかの店に出荷する前のように積み重なっていた。
「う、嘘……いつの間にこんなに作ってたの、私……」
小さく呟いて頬に手を当てる。
じんわりと熱を感じるのは、午後の陽射しのせいだけではない。
シルフィは呆れたような、それでもどこか心配そうな目で主を見つめた。
「どうされたのですか、アメリア様。昨日から、ずっと様子が変です」
じっとアメリアを見つめてシルフィは言う。
「昨晩の晩餐では、スープを飲み終わっているにもかかわらず、お皿をスプーンで空振りしていたり」
「う……」
アメリアは目を逸らす。
「今朝は洗顔中なのに泡だらけのまま廊下に出てしまい、ユキに威嚇されて大変でした」
「ううう……っ」
昨日から今日にかけてのやらかしを羅列するシルフィ。
顔を両手で覆ったアメリアの頬は、見る間に真っ赤に染まっていく。
「いくらアメリア様がポン……いえ、抜けているとはいえ、明らかにおかしすぎます」
「今、ポンコツって言おうとした!?」
「まさか」
すんっと真顔のまま首を横に振るシルフィ。
「それで、どうしたのですか?」
「えっと……」
シルフィにじっと見つめられるアメリアの言葉は濁った。
何について悩んでいるのか。
それを言葉にすることができなかった。
(──わかってる……)
シルフィが口にしたポカも、花冠を大量に作り上げたのも。
全部全部、昨日の出来事が原因だ。
思い出そうとすると頭の奥にぐるぐる思考が渦巻いて、たちまち出口を見失った迷路に嵌まったような感覚になる。
力なく、膝に乗せた花冠を見下ろした、そのときだった。
「アメリア」
今や毎日耳にする低い声に、アメリアは自然と顔を上げた。
ローガンだった。
白のシャツに黒のズボンという簡素な装い。
その表情には、どこか迷いを押し込めたような静けさがあった。
「ローガン様……」
ローガンはアメリアを見据えてから、短く言った。
「話がある」
その声色から、冗談や軽い世間話ではないことがすぐにわかる。
「……はい」
アメリアもまた、静かに頷いた。
そんなアメリアを、シルフィが心配そうに見つめる。
話というのは、一つしかない。
昨日、二人で訪れたカイド大学にて。
学長ハルディスから告げられた、“提案”についての話に他ならないだろう。
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