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第145話 おさまらない

「アメリア様、生きていますか?」


 場面変わって、エドモンド公爵の別荘の太陽の光がよく差し込むある一室。

 大きなソファに突っ伏してかれこれずっと動かないアメリアに、荷物整理をしていたシルフィが尋ねた。


「……心臓が爆発して死ぬかもしれないわ」

「それは大変困りますので、なんとか踏み留まってください」


 相変わらず淡々と言うシルフィだが、微かに冗談のニュアンスが聞いて取れる。

 しかしアメリアはそれどころではなかった。


 ──アメリアのほうが、可愛い。


 先ほどのローガンの言葉が、自分を見つめてくる端正な顔立ちが、頭の中でぐるぐると回っている。

 リピートされるたびに頬の温度は上昇の一途を辿り、頭からぷしゅーと湯気が立った。


「うううううぅぅぅぅ~~~……!!」


 ついには耐え切れなくなった。

 キャパをオーバーしたローガンの成分を発散するように、アメリアはゴロゴロゴロッとソファを転がった。


「ふべっ!?」

「何してるんですか」


 床に墜落して、蛙が蹴飛ばされたような声を上げるアメリアにシルフィが呆れたように言う。


「屋敷のソファと大きさが違うから、距離感を測りかねていたわ」

「やっぱりアメリア様、時たまおかしくなりますよね」

「…………」


 シルフィの指摘に、アメリアは赤くした顔を思わず逸らした。

 冷静になろうと一度深呼吸をして、いそいそとソファに腰掛け直す。


(おかしくなる……シルフィの言う通りだわ……)


 なぜおかしくなるのか?

 決まっている、理由はローガンだ。


(おかしい……全然気持ちをコントロール出来ない……)


 どくどくと音を立てる胸に手を当てて、自分の気持ちを整理する。

 ハグル家からへルンベルク家に嫁いできた当初は、愛のない契約結婚だった。


 この婚姻は形式的なものだと紙面で契約を交わしていた。


 しかし程なくして、契約では無くなっていった。

 冷酷で傍若無人とされていたローガンは全くそんなことはなく、心優しくて愛情深い人間だった。


 我儘で自分勝手な醜穢令嬢とされていたアメリアについても同様だった。

 お互いにお互いの本来の姿を知り、心の底から惹かれていった。


 かつてハグル家でアメリアを虐げていた使用人メリサが襲来してきた事や、ライラの母親が患っていた紅死病の新薬を開発した事。


 そしてエドモンド公爵家でのお茶会でのレーナとの対峙など、立ちはだかる困難を一緒に乗り越えていったのもあって、今や二人は心から愛し合うようになった。


(最近、ローガン様への気持ちがどんどん抑えられなくなってる……)


 エドモンド公爵家でのお茶会の帰り道の、馬車の中。

 アメリアとローガンは、理性の糸がぷつんと切れて一線を越えそうになった。


 思い出すと、またゴロゴロ転がって床に墜落するだけではなく、そのまま窓を蹴破って空に吹っ飛んでいきそうになるほどの出来事。


 結局、行為には及ぶことは無かった。

 代わりにその日の晩から、ローガンの提案で寝室が一緒になり、共にベッドを共有する……いわゆる添い寝をするようにはなったが……。


「さっさと初夜を迎えてくれればいいものを」

「ちょ、ちょっとシルフィ!?」


 アメリアが上擦った声を上げる。


「一緒に寝るようになってようやくかと思いきや、毎朝シーツを変える時に何も無かったとわかる時の私の気持ちがわかりますか?」


 ジト目を向けてくるシルフィの妙な圧に、アメリアは「ゔっ……」と言葉を詰まらせた。

 ローガンとは手を繋いだ、ハグもした、キスもした。


 じゃあその先は?

 愛し合う男女が最後に行き着くコミュニケーションは何か、これまで男性経験皆無のアメリアだって、知識ではわかっている。


 ましてや相手は公爵様だ。


 世継ぎの事もあるだろうし、しない方がおかしな話である。

 とはいえ、初めて添い寝をした時はそういう雰囲気になったものの、以降はパッタリと無くなってしまっている。


 ローガンを求める気持ちよりも、一緒にいて落ち着く、安らぐという気持ちが先に来てすぐに寝入ってしまうのだ。


 ローガンの方も同じなのか、はたまた別の理由なのか、何かしらアクションを見せる事は無い。

 共に寝室を一緒にするタイミングが遅くなったように、タイミングを失っているのだろう。


(それはそれでいいかな……焦る必要もないし、今のままでも充分幸せだし……)


 ぼんやりとそう思っていたアメリアだったが、ここ数日になって、またローガンに対する欲求がむくむくと大きくなっている。

 その自覚を持つと、自分が自分でないように思えてただただ赤面するしかないアメリアだった。


「アメリア、今大丈夫か?」


 コンコン、とノックの音と共に思考が中断されるや否や、アメリアはシュバッと立ち上がった。


「ひゃい! だ、大丈夫です!」


 噛み噛みになりながら言うと、動きやすそうな服装に着替えたローガンが姿を現した。

 袖から見える逞しい腕の筋肉に、心臓がどきんっと跳ねる。


「いいい、いかがなさいましたか、ローガン様?」

「何をそんなに慌てている?」

「き、気のせいですよ、きっと」

「なら良いのだが……せっかく別の地方に来たのだし、この屋敷の庭を散策しないかと思って」

「お庭巡り!!」


 素敵過ぎる提案に、今までの動揺が吹き飛ぶアメリアであった。


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