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四呪獣とシンと片目

 四呪獣と呼ばれる者達は、滅多な事では集落外に姿を現さない存在である。

 それぞれに地水火風、四つの属性を身に纏い、かつては己が最強個体であると弱肉強食の平原を納めてきた、小部族の長であった。


 もっとも、水と火を司る者達は姉弟で、湿潤しつじゅん滅火めっかといい、シンに次ぐ勢力を束ねているがーー


「私たちを呼びつけるなんて、どういうつもり? まさか戦争しようってんじゃないわよね?」


 潤いに艶めく唇を震わせて、魅惑的な瞳を向けるのは、姉である湿潤、その横では、ムッツリと瞑目した滅火が腕組みをして腰掛けている。


「シン様のご深慮は、我ら浅慮の徒には計り知れん、今はそのお言葉をまたれよ」


 地を司る鎮静ちんせいの低い声に、湿潤は「チッ」とつまらなそうにそっぽを向いた。


 〝あんたは同族だからそう思うかも知れないけど、少し前まで戦争してた私達からすると、シンも敵の内なんだよ〟という言葉を飲み込んで。


「で? もう一人のあいつは?」


 という湿潤の問いに、


「先駆けしたらしい、奴の集落から知らせが届いた」


 扉から現れたシンが、顔に彫り込まれた部族紋の刺青を歪めて告げる。相変わらず気配の読めない、気持ち悪い奴だ。


「先駆け? 何の?」


 気安く声をかけた湿潤は、相手の一睨みに頬を硬化させた。


「その話は少し待て、片目が話す」


 シンの口数が少ない時は、下手に逆らわない方が良い。湿潤はこの何を考えているか分からない男が嫌いだが、勢力でも個人の力でも敵わないシンに楯突くほど若くもなかった。


 しばらく待つと、片目の小男が石版を抱えてやってくる。ふうふう言いながらそれを皆の前に置くと、白石で周囲の簡単な地図を描いた。


「山岳民族の集落に、迷い人が現れた」


 その地図の、山が連なる一帯を丸く囲んだ片目が告げると、集う者達に動揺が走る。


 伝説の迷い人の再来ーーそれは平原民族にとっての脅威をあらわす。両者には取り返しのつかない血の歴史があり、迷い人の全盛期、平原民族は辺境の片隅で隠れるような生活を余儀なくされていた。


「どうする、攻めるか? 逃げるつもりはあるまい?」


 湿潤の問いに、硬く引き締めていた口角をニヤリと上げたシンは、


「戦争だ!」


 と宣言した。集まった面々が「おおっ」と声を漏らす、静観していた滅火も目を大きく見開いた。


「そこであなた方には、尖兵を務めていただきたい。我々の大隊が動く前に、山岳民族の集落にゲリラ戦を仕掛けて欲しいのです」


 片目の小男が地図に白点を打っていった。そこに風の文字が書き足される。


「先駆けていったのか? 風化ふうかアマは」


 湿潤の言葉に頷いたシンは、


「あいつの風読みの能力だ。お前達も急げ、今回の貢献度で新領地の配分を決めるぞ」


 と告げた。その言葉に眉を吊り上げた湿潤が、


「新領地って……まさか山岳民族の領地の事かい?」


 と聞くと、シンと片目が黙って凝視する。その真剣な眼差しに、何かを感じた湿潤は、


「滅火、急ぎ体制を整えるよ! 私らも遅れる訳にはいかない」


 と滅火を急かして、自陣へと引き返して行った。




「あれでよろいしので?」


 片目の小男が尋ねるのは、四呪獣の使い道に関してである。今回の戦では遊撃隊的な役割を押し付けたが、新領地を与えるとなると、占領後の分配に支障をきたす恐れがあった。


 そろばん勘定の得意な片目は、山岳民族の不毛の地を思うと、暗澹たる気持ちになる。彼が好むのは、少ない投資で大きな利を生む戦だった。


「良いのだ、奴らは元々消耗品、せいぜい耳目を集めてもらおう。自由にしておけば、背後から手薄な集落を攻めてくる恐れがある。迷い人と損耗しあって、もしも討ち取ってくれれば、儲けものだ」


 シンは気兼ねなく片目に話す。それを受けた片目は、


「風読みの風化がそろそろ山岳民族の領地に着く頃ですな」


 と石版に白点をコツコツと打った。

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