After the Third Tragedy ②
《第三の悲劇の後で②》
◇◆◇【神園 接理】◇◆◇
また二人くらい死んだ。
どうでもいい。
――どうでもいい? 本当に?
頭脳が、久しぶりに活動を再開する。
緩く鈍く働く頭脳は、やがて、一つの結論を下す。
そう……。そう、そうだ――そうだ!
雪村凛奈の魔法を使えば、できるかもしれない。
遠くへ行ってしまった忍の魂を、この世に固着させることが。
僕の身体に、忍の魂を受け入れればいい。そうだ、そうだ!
あれからずっと、[確率操作]の魔法は、忍の魂がまだ存在しているかどうかの確認に使っていた。
忍の魂が健在であることを僕は知っている!
まるで霊媒師のような使い方だと、自嘲していたけれど。
できる。僕の魔法で忍の魂を呼び戻して、雪村凛奈の手で僕の身体に定着させれば。忍をこの世に呼び戻せる。
――僕は! もう、彼の死に心を痛めることなく、生きることができる!
希望が見えてきた。希望の光だ。
僕に与えられた、最後の希望。
ずっと、大切な幼馴染みとして一緒に過ごしてきた。
彼が魔法少女の素質を備えていると知ったときは、愕然とした。だって、その素質があるということは――彼は精神的には、少女に限りなく近いということだから。
気弱なところがあるとは知っていたけれど、そこまでとは知らなかった。
でも――受け入れた。乗り越えた。
彼なら好きになれると――人生の中で唯一好きになれそうな相手だと思ったから。その想いは、障壁を打ち砕くには十分だったから。
大切な幼馴染み。ほとんど家族と言ってもいい、僕の恋人。
――絶対に、取り戻す。
どんなことをしても。
この世には、魔法があるんだから。不可能なんて、ない。
◇◆◇【唯宵 藍】◇◆◇
桃の乙女は、黒く染まった。
腐った果実に変じたことを、ようやく自覚した。
……人の絶望を、肯定するわけではないが。しかし、間違った正義は正された。
罪は暴き立てられた。
我が与える粛清は、罪を逃れんとする悪徳を、罪を自覚しない偽りの無垢を滅するためのものだ。
罪の意識を持った時点で、我の役目は終わりだ。
――しかし。桃の乙女は本当に罪を犯したのだろうか。
殺人。それは到底許されるものではない。
正義の代行者たる我ですら、個人的な理由で心の底から唾棄する最低の行いだ。
故に、桃の乙女を庇うことはできない。
が、しかし――この状況は、魔を統べる狂犬が意図的に生み出したものだ。
今回の事件において交わされた議論に則って言うならば――使役殺人。
これはまさしく、魔を統べる狂犬が『探偵役』という立場に強いた、使役殺人だ。
探偵は言葉で、【犯人】を殺す。
その罪は全て、彼の魔王が背負っている。そう解釈することもまたできよう。
……我は、この狂ったゲームを止めるべきだった。
それに気づくのが遅すぎた。
魔法少女の団結は、こうも脆く儚いものだったとは。
約三日周期で起こる殺人。今回など、第二の事件から二日と立たないうちに起きた事件だ。
――狂っている。魔法少女は、そのようなものではない。
魔法少女の秩序は本来、格別に頑強なものだ。
常にスウィーツが目を光らせ、道を外れた少女から容赦なく魔法を奪う。
そうして秩序を保ってきた。
――それが。監視が外れただけでこれだ。脅されただけでこれだ。
正義は、その程度で屈するわけにはいかないというのに。
我は正義を貫く。我だけでなく、他の魔法少女も正義を抱いて生きねばならない。
――そのためには、王を弑する算段を、本気でつけなければならない。
しかし、最前線級魔法少女としての所感を述べるならば――。
彼の魔王を滅する術は、我らには用意されていない。
無限の魔犬。魔を統べる狂犬はそう名乗った。
心当たりのある都市伝説ならば、ある。都市伝説、『102匹わんちゃん』。
既にうろ覚えの名だが、確か――。
『102匹わんちゃん』
大量の犬のようなものが裏路地で蠢いていた。夜も深い時間で、灯りは月明りのみ。
そのような時間に犬を見るのは珍しいと、遭遇した人物は近づいて行った。
すると、犬たちは揃って走り去っていく。
犬が去った場所で、目撃したのは――。
食い殺された犬のぬいぐるみ。そして、逃げ去る101の犬の影。
影は全て、ぬいぐるみだった。ぬいぐるみの軍勢は、同族を殺して走り去った。
有名な映画になぞらえ、その怪談に与えられた名が、『102匹わんちゃん』。
今では様々な尾鰭が付いているが、源流はこのような話だったはずだ。
あれの正体は、ともすると、我らに狂気の遊戯を強いる魔王だったのやも知れぬ。
ランクの高い魔物が低級のものとして伝わるのは、さほど珍しいことではない。都市伝説の中に魔王の噂が混じっていたとて、驚嘆には値しない。
しかし――それならば、この魔を統べる狂犬を討滅する手段は何だ?
動く犬のぬいぐるみに食わせることか? 我らのどこにも、それを実行できるものはいない。
まして、本当に101匹の動く犬のぬいぐるみに食わせることが討伐方法というのなら――不可能はより強固なものとなる。本物の犬でもいいのなら、我が知る魔法少女、【獣王】であれば可能かもしれないが――奴は今ここにはいない。
我単体での討滅は可能か? ――単純な戦闘では、おそらく可能だ。魔を統べる狂犬は、一体一体は然程の実力を備えてはいない。群がられたとしても、我なら対処可能だろう。
しかし、今の我には手に馴染む得物がない。さらには、一体一体潰していくだけで勝てるほど、魔王が甘い相手とは思えない。
まして――スライムの腹の中と来た。
我の固有魔法があったとて、スライムに吸収されれば生きてはいられないだろう。
到底勝てる戦いではない。
この状況で勝てるとしたら――我が知る二つ名持ちの魔法少女を全て集め、なおかつ、支援系の固有魔法を全て注ぎ込み、それでようやく、討滅の目が生まれるといったところだろうか。
せめて、救援を呼ぶ機会を作る事ができれば。
――我らをここに案内したスウィーツは、全滅したと捉えていいだろう。
ならば、その全滅の報をもとに、本気の討伐作戦が組まれることはないか?
既に一週間の時が過ぎ去った。討伐隊が編成されるとしたら、動き出してもおかしくはない頃だ。
――それに、賭けるしかないのか。
まったく、情けない。この体たらくで【無限回帰の黒き盾】を名乗ろうとは。
――せめて、願う。魔法少女として。
どうか、これ以上の殺人が起きぬよう。
我らの純粋な祈りが、悪に踏みつぶされることのないように、願う。




