表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マギア・ミステリー 魔法少女たちが綴る本格ミステリーデスゲーム  作者: イノリ
Chapter3:たった一人の姉妹 【解決編】
94/232

【解決編】I kill you by my words.

《私の言葉であなたを殺す。》




◇◆◇【桃井 夢来】◇◆◇


『話はまとまったみたいだね!』


 場に訪れた沈黙に代わって、魔王が言葉を発する。


『このまま【真相】の解答に進んでもいいけど、どうする?』

「……一つ、確認させてください。ここでの、【共犯者】っていうのは……」

『殺害に関与した人物、だよ』

「…………」


 凛奈ちゃんは、生きている被害者に何の傷もつけていない。

 つまり、浴場にいた凛奈ちゃんは――佳奈ちゃんを装っていた彼女は、二重のトラップだった。

 それが本当に佳奈ちゃんだと思い込めば、【犯人】当てには正解しても【真相】当てには正解にはならなかっただろう。

 しかし、それが凛奈ちゃんだと見抜いても、安直に嘘をついていた彼女が【犯人】だと決めつけたら、これもまた不正解になる。

 そうやって【犯人】は、真実を石像の下に徹底的に押し隠した。

 ――本当に、周到すぎる計画。


 しかも発端は、萌さんが彼女たちの部屋に侵入してきたことだ。つまり自己防衛とはいえ、これは場当たり的な殺人と言える。

 それを、限られた時間でここまで――。

 こんな計画を小学生が用意したなんて、とても信じられない。


『――で、もう【真相】の解答に進んじゃう? 本当にいいの? 実はアバンギャルドちゃんがまだ何か隠してるんじゃない? なんちゃって、あはははははははは!』

「…………」


 どうだろう。事件を頭の中でもう一度整理してみる。

 ――。――――。――――――――。

 一連の流れは、全て完成している。どこにも矛盾はないように思える。


 わたしは一瞬、彼方ちゃんの顔を盗み見た。

 俯いて、苦しそうな表情をしている彼方ちゃん。――彼方ちゃんは、こういうときも前に進めていた。

 もう後に退けないという状況でも、臆さずに【真相】を全て言い当ててみせた。

 ――彼女と、同じようになりたいというなら。


「……もう、大丈夫です。始めてください」

『はーい、わっかりました! ――えー、おほん』


 魔王がわざとらしい咳払いをする。

 その咳払いをきっかけに、彼方ちゃんが顔を上げた。落ちない影が、その表情に纏わりついている。

 棺無月さんは、口の端を吊り上げながら静観姿勢に入っていた。

 凛奈ちゃんはなおも頽れたままで、「おねぇちゃん」という言葉を弱々しく発し続けている。

 色川さんは何を考えているのかわからない表情で。唯宵さんは険しい表情で。神園さんは未だにぼんやりした表情のままで。

 誰もが同じ感情を有さずに、事件は最終段階に入る。


『絶望しろ絶望しろ絶望しろ、そろそろボクにお楽しみタイムを……。じゃなかった。失礼、本音が出ました!』


 魔王がテレテレと頭を掻く。


『ではこれより、【真相】解答ターイム! 今までの議論は全くの無駄だったと結論付けられるか、それとも、議論のおかげで【犯人】が死ぬ未来が開けたか!? どっちなんだい!? あはははははははははは!』


 魔王が、狂った笑い声を上げる。


『解答役は、痴女ちゃんだね。いやぁ、この名前を呼ぶのも久しぶりかな!? ねぇ、そうだよね痴女ちゃん! 下着にパーカー羽織っただけっていう変態スタイルで過ごすのにだんだん慣れてきた痴女ちゃん!』

「…………」


 自分がそんな恰好をしていると、ようやく忘れて生活できるようになってきたのに。わざわざ余計なことを言わないでほしい。本当に、恥ずかしいから。

 ……いや、彼方ちゃんなら、魔王の挑発にも心を動かされないはずだ。落ち着かないと。わたしが何か言い忘れただけで、解答は不完全なものに成り下がる。


『さーて、痴女ちゃんは果たして、この神聖な【真相】解答の場面で何を言ってくれちゃうのか!? ボクは下ネタもいける口だからね、ばっちこーい!』


 無視だ。無視する。――自分のことだけに、集中する。


『落下してきた石像に潰されるという、美しい殺人を作り上げた【犯人】は誰なのか!? 殺された○×△ちゃんは、一体誰なのか!?』


 ――よし。整った。


『どうかみなみなさまが辿り着いた【真相】が、誰かが不幸になるものでありますように! ――それでは、お答えいただきましょう!』


 息を吸う。

 終わらせるんだ。これまでの彼方ちゃんと同じように。

 ――彼方ちゃんと同じ痛みを、背負えるように。




     ◇◆◇◆◇




 事件の発端は、昨日の【犯人】たちの迂闊な行動でした。

 ――いえ。本当の発端は、一昨日の第二の事件だったのかもしれません。


 二日前の事件で、【犯人】たちは最も死に近い場所にいました。何かが違っていれば、あの時の犠牲者は猪鹿倉さんじゃなくて……、自分たちになっていたかもしれない。

 そんな恐怖から、【犯人】たちは個室に閉じこもり――魔王が定めたルールを破りました。

 死にたくないからと個室に籠れば、魔王はその鍵を破壊する。そのルール通り、【犯人】たちの個室の鍵は壊され、誰も拒めないように――殺人鬼を拒めないようになりました。


 ……けれど、それで殺人を決意したのは、【犯人】の方ではありませんでした。

 殺人を先に計画したのは、【犯人】ではなく……。萌さんでした。

 萌さんの魔法は、[呪怨之縛]。相手の自由を強制的に奪う、拘束魔法です。

 彼女はおそらく、その効力を過信して殺人に及んでしまいました。


 おそらく夜中、みんな寝た時間になってから、萌さんは行動を始めました。

 拘束魔法だけで相手を殺害することはできないから、まずは凶器を用意した。このときにノコギリを選んだのは、もしかしたら、その傷を[存在分離]によるものだと誤認させる狙いがあったのかもしれません。

 その場合、萌さんがいつ、[存在分離]が切断にも使えると知ったかはわかりませんが……。

 とにかく、萌さんはノコギリを手に入れました。


 萌さんが狙ったのは、まだ小さい子供の二人組です。

 萌さんも小柄な方ですが、凶器を手にして普通に戦えば、絶対に子供の方が負けると思います。――そもそも、萌さんには[呪怨之縛]による拘束が切り札としてありました。二対一の状況は、絶対に避けることができます。

 二人同時に拘束できないのは、二人同時の殺害を狙っていたなら嫌な条件だとは思いますが、たぶん……一人をすぐに殺害して、その後でもう一人を拘束する予定だったんだと思います。

 そうして、自信を持って二人の部屋に乗り込んだ萌さんは――。

 そのまま返り討ちに遭って、亡くなりました。


 どうして萌さんの作戦が通じなかったのかはわかりませんが……。拘束する前に【犯人】に[存在分離]を使われたか、[呪怨之縛]で拘束しても相手の魔法発動は防げないのか……。どちらかだと思います。

 ……いえ。色川さんに教えてもらった限りだと、血だまりは部屋の中央にあったらしいですから……。萌さんがそこまで踏み込めたとなると、二番目の可能性の方が高いと思います。

 そもそもワンダーに渡されたメモには、拘束した相手が魔法を使えるかどうかなんて書いていませんでした。萌さん自身、あの魔法はこの館に来て初めて使用したはずですから、もしかしたら魔法の仕様を勘違いしていたのかもしれません。

 ともかく、萌さんの殺害計画は失敗しました。


 自己防衛で萌さんを殺し、【犯人】は萌さんから別の人間になりました。

 そこから【犯人】は、事件の隠蔽を考えたはずです。そのままにしておくわけにはいかなかったから。

 明日になれば、萌さんがいないのは誰でも気づきます。【犯人】たちの部屋は鍵が壊されていて、誰でも入れてしまいますから……。一度踏み込まれれば、その二人のどちらかが殺してしまったと、簡単にわかります。

 遺体の傷から、誰がやったかも簡単にわかります。

 だから、【犯人】は萌さんを殺してしまったことを、隠すことにしました。


 そこには二つのトリックが用いられましたが、どちらを先に考えたのかはわたしにはわかりません。……ミステリーでは、双子の入れ替わりトリックというのは常識らしいですから、先に考えたのはそっちだったのかもしれません。

【犯人】と、その近くにいたもう一人はよく似た双子の姉妹で、見た目だけなら入れ替わるのは簡単でした。そこに演技を加え、唯一の目印である結んだ髪をほどくことで、【犯人】はそれが双子のどちらなのか判別できないようにしました。


 そうして、もう一つ。【犯人】を偽装した後は、被害者の正体も隠蔽しようと考えました。

 ……そのために、被害者の遺体を潰してしまうことを、【犯人】は決意しました。

【犯人】の魔法は、あらゆるものを好きな方法で分かつことができる、[存在分離]の魔法です。だから単純に石像を落とすことは簡単でした。

 石像くらい重い物を落とせば、遺体を潰し、更にはその下に閉じ込めることが可能です。


 けれど、【犯人】は更に用意周到でした。

 遺体を石像の下に閉じ込めただけでは、その下を見られるかもしれない。

 そう危惧した【犯人】は、被害者を自分に見せかけるように手を打ちました。

【犯人】が被害者を殺害した当時、隣にいたはずの、双子の妹。彼女の魔法は、二つのものを融合させる[存在融合]の魔法。

 これと自分の魔法を使って、【犯人】は自分と被害者の身体的特徴を入れ替えました。

 ……ただもちろん、自分の身体のパーツを本当に入れ替えてしまうわけにはいきません。そんなことをしたら、自分が死んでしまいますから。そもそも被害者の遺体は石像に潰される予定なので、詳しく判別することはできなくなるはずですから、体のパーツまでは入れ替える必要がありませんでした。

 潰された後の被害者を特定できる手段があるとすれば、髪と、服です。

 だから【犯人】は、[存在分離]と[存在融合]を使って、被害者と髪を交換しました。更に、服も。これは魔法を使わずとも、普通に入れ替えればいいはずです。

 そうして、【犯人】は被害者に成り代わりました。


 ……このとき、本当に服まで入れ替える必要があったのかはわかりません。

 亡くなった被害者の服は、魔法少女の時のものから、普通の服に戻っているはずですから。わたしたちが見慣れない服装になっていても、何もおかしくはありません。そのまま、放置してもよかったはずです。それでも交換したのなら……。もしかしたらその服は、被害者の名前が入った服だったのかもしれません。

 仮にそうだとしても、被害者を裸にしておくという手もあったはずですが……。

 結局【犯人】は、自分の服を着せてしまいました。それが、最大のミスだということに気づかずに。


 そうして、遺体に偽装を施した【犯人】は、遺体を石像で潰す準備を始めました。

 被害者の遺体を――手足と首を切断された遺体をタオルで包んで運び、倉庫の長釘を使って、儀式の間の真下――。浴場に縫い留めました。あの浴場は檜風呂でしたから、釘は浴槽の底にしっかり刺さっていたはずです。

 そして、儀式の間の石像を落とす準備を始めました。


 ……ああ、えっと、これを忘れていました。

【犯人】はどこかのタイミングで、潰した後の死体を再生される可能性に気づきました。その可能性がある魔法は、彼方ちゃんの[外傷治癒]と、唯宵さんの[刹那回帰]です。

 ただし、[刹那回帰]の方はあまり警戒しなくてよかったはずです。十秒で浴場まで辿り着いて、その下の遺体を発見し、更に処置を施すなんて……。どう考えても、難しいですから。

【犯人】が警戒したのは、猶予期間が一日もある[外傷治癒]の方でした。

 そこで、[外傷治癒]の能力を封じる方法まで、【犯人】は考えました。


[外傷治癒]は、悪意を持つ人の行動によって傷つけられた場合にのみ発動します。だから、その条件から外れてしまえばいいと【犯人】は考えました。

 悪意を持つ人と、行動した人が別々なら、[外傷治癒]は発動しません。

 それを利用するため、【犯人】は敢えて、石像の重さをギリギリ支えられるところで[存在分離]の魔法を止めました。

 そして――この事件の隠蔽を手伝ってくれた妹に、儀式の間に行ってほしいと頼みました。悪意を持たない妹に、遺体を潰させるために。

 ……【犯人】の妹は石像で遺体を潰すことを知らなかったとなると、【犯人】は遺体を釘で縫い留める作業を行う前から、[外傷治癒]を避ける方法について考えていたのかもしれません。そうでなければ、こんな大変な作業、手伝ってもらわないほうが不自然ですから。


【犯人】は何か適当な口実を作って、妹を儀式の間――その石像に近寄らせました。

 それが何かまでは知ることができませんが、マジックペンの存在を考えると、やっぱりマジックペンで石像に何かを描くことを頼んだんだと思います。

【犯人】の妹は――凛奈ちゃんは、その言葉を信じ、マジックペンを手に儀式の間へ向かいました。

【犯人】からの――お姉ちゃんからの頼みを果たすために、凛奈ちゃんは石像に近寄り、そして――。

 石像の重さ、更には人の体重。それを支えきれなくなり、中途半端な支えが折れ、石像が落下しました。


 それは【犯人】の目論見通り、遺体の上に落下して、そして――。




     ◇◆◇◆◇




「その後のことは、わたしたちが知る通りです」


 轟音に驚き、血が混ざった浴場を見つけ、事件の捜査が始まった。


「何重もの隠蔽が行われたこの事件ですが、一つだけ、【犯人】は穴を作ってしまいました。その決定的な証拠になったのが、遺体が着ていた服です」


 これがなければ、本当に――。

 わたしたちは無理な推理をでっちあげるか、絶望を受け入れる他なかった。


「双子で揃えた魔法少女の衣装が、二つとも残っている。それなら、【犯人】は双子のうちのどちらか一人、ということになります」


 ――ここにいるのがどちらなのか、本当に判別できたわけではない。

『彼方ちゃんの名前を知らない』という演技をしている可能性が拭えない以上……。二重に嘘をついて、ここに【犯人】がいるということもあり得る。これだけ念入りに隠蔽を重ねた【犯人】なら、そんなことをしてもおかしくない。

 だけど――そんなのは関係ない。


「遺体の傷と、落とされた石像からして、【犯人】は一人しかいません。[存在融合]の持ち主――凛奈ちゃんを妹に持ち、自身は[存在分離]という魔法を振るうあの子――」


 心臓が跳ねる。

 最後にこれを口にすれば、【犯人】の死が確定する。

 ――わたしの言葉で、人を殺すことになる。

 ――それでも。


「……雪村 佳奈ちゃん。佳奈ちゃんが、何重もの謎を張り巡らせた、この事件の【犯人】です」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ