【解決編】Why?
《どうして?》
◇◆◇【桃井 夢来】◇◆◇
――この事件を解く鍵は、どこにあるのだろう。
これまでに解けた謎は、[外傷治癒]の発動条件をすり抜ける方法と、凛奈ちゃんがこの事件で務めた役割だけ。
佳奈ちゃんの役割も、萌さんの役割も、依然として不明。
その他の証拠の数々も、全く繋がりが見えない。
何をどうすれば、これらの証拠を一本の糸に縒り合わせることができるのだろうか。
棺無月さんは、きっともう、全てわかっているのだろう。
わかったうえで、わたしたちを弄んでいる。
――人の命が懸かった場面で、どうしてそんなことができるのだろうか。
わたしには、それが理解できない。
だけど、それは今考えるべきことじゃない。
とりあえず、真っ先に解けそうな謎は……。
そうだ。一つだけある。
「殺害場所は……もうわかりますよね?」
「ま、そうだね。よっぽどの馬鹿じゃなきゃ、カナリン姉妹の部屋って答えるんじゃないの? それともまさか、ムックは石像で死んだなんて思ってる?」
「……思ってないです」
棺無月さんが指摘した、大量に消えたタオル。雪村さんの部屋に残された血痕。
遺体を運んだことを示唆する証拠と、元々遺体があった場所を示唆する証拠。
仮に石像で被害者が殺されてしまったなら、雪村さんの部屋に血痕は作り得ない。それに先に石像を落としたのでは、生きた被害者に釘を大量に打ち込んだことになる。一度石像を落とした後に釘を打つなんていうのは不可能だろう。
だから殺害場所は、まず雪村さんたちの部屋で間違いない。
「雪村さんの部屋で殺害されたなら……。被害者の死因は、たぶん、手足と首を切断されたことによる失血死です」
棺無月さんが証言した、遺体にあったいくつもの傷。
そのうちの長釘はあくまでも、被害者の遺体をあの場所に縫い留めておくための道具だ。
浴場以外で使う意味はないだろうから、雪村さんたちの個室で殺された以上、死因はそれ以外の傷になる。
「ほんとに失血死? わかんないよ? 案外、痛みによるショック死かも( ̄д ̄)」
「……それは、どうでもいいです。それより大事なのは……棺無月さん。[外傷治癒]で治療された傷の中に、打撃痕はなかったんですよね?」
「うん。それは保証するよ。カナタンが('ω')ノ」
「……他の傷がなかったのなら。【犯人】は被害者を気絶すらさせず、最初に、生きている被害者の手足と首を切断したことになります」
「うわ、グロっ……。あーし、そういうの苦手で……( ;´Д`)」
一人だけ石像の下を覗いた棺無月さんが、何かを言っている。
わたしはそれを無視して、話を続けた。
「だけど……。雪村さんの部屋に、争った形跡はなかったんですよね?」
「ええ。私と彼方さんが調べたから、それは私たちが保証するわ」
香狐さんが肯定する。彼方ちゃんも、それを否定しない。
……沈んだ様子で、頷きもしなかったけれど。
「……全く抵抗されずに、手足と首を切断する方法は、二通りあります。一つは、石像と同じ、[存在分離]を使うこと。これで即座に手足と首を切断すれば……可能なはずです。もう一つは、[呪怨之縛]で――萌さんの魔法で相手の動きを止めて、他の凶器……例えば、ノコギリなんかで切断する方法です」
「……ま、それなら確かに、可能だろうね。でも、わかってる? それ、どっちもおかしいよ( ̄д ̄)」
「…………」
結論を言い放った直後、棺無月さんに否定される。
「確かに、方法はそれしかないように思える。だけどさ。[呪怨之縛]でぶっ殺すとしたら、ここにいるのが妹ちゃんな以上、双子のお姉ちゃんの方を殺したってことになるでしょ? その後の仕込み、どうするの? 殺す前の被害者に、石像を落とす下準備を手伝わせた、なんて言うつもりじゃないよね?┐('д')┌」
「…………」
「それに、[呪怨之縛]のストックって、一しか残ってなかったはずだよ。無謀でしょ。そりゃ、カナリン姉妹の部屋は鍵が壊れてたし、侵入するのは簡単だろうけど……。強引に押し入って、双子のうち片方だけを殺すって、できると思う? それとも、どうにかして片方を外に追い出したんだー、なんて言っちゃう?( ;´Д`)」
「……いえ」
「確かカナタンに聞いた話だと、カナリン姉妹は絶対引き籠もり宣言してたんだよね? マユミンがどんなことをしても、一人きりにする方法はないと思うけど。それとも偶然、マユミンが押し入ったときには姉妹の片割れしかいなかったんだ、なんて言っちゃう?( ̄д ̄)」
棺無月さんは、わたしが提示した方法を徹底的に論破する。
「じゃあ逆に[存在分離]でなら殺せるかって言われれば、できるだろうけどさ。でもその場合、石像の下でペシャンコになってるのはマユミンでしょ? どうして急に双子のお姉ちゃんに入れ替わってるのさ。また自殺説でも推す? 双子のお姉ちゃんは、自分で手足を首を切り落としたんです、ってさ。その場合、死体運んだり、釘打ったりした人って誰よ(〟-_・)?」
「…………」
「お姉ちゃんが妹ちゃんを殺したって言うのも、あり得ないからね。その場合、石像を落とす方法とか、引き籠もることを許されたマユミンとか、色んなことに矛盾するし(=_=)」
……そうだ。どちらの方法も、決定的に破綻している。
不可能だ。どちらも、反証材料を複数抱えている。
「萌さんが【共犯者】……ってことはないですよね」
「ルール上、何のうま味もないからね。――ああいや、どうなんだろ。この場合【犯人】になるのって双子のお姉ちゃんの方だろうけど、お姉ちゃんは死んじゃったし。【共犯者】が【犯人】に繰り上げになったりするの?(。´・ω・)?」
『しないよ! 【共犯者】は【共犯者】、【犯人】は【犯人】! どう足掻こうと、【共犯者】が報酬をもらえる可能性なんて一切ないからね! 仮に【共犯者】を作ろうとしてる人がいたら、このルールはちゃんと事件を起こす前に説明するよ』
「――だってさ(´Д`)」
「…………」
萌さんが【共犯者】であれば、個室に籠っている謎は解けた。【共犯者】なら、【真相】を知っていてもおかしくないから。
けれど、【共犯者】が【犯人】になり得ない以上、殺人の片棒を担ぐ意味がない。
「…………」
ダメだ。行き詰ってしまった。
――一旦、整理しよう。
ここにいるのは凛奈ちゃん。そうなると、石像の下で押し潰された被害者は佳奈ちゃん。
――けれど、石像を落とすことができる魔法少女は佳奈ちゃんだけである以上、【犯人】は佳奈ちゃん以外にあり得ない。
これで、被害者と加害者の枠が埋まってしまった。萌さんが事件に介入する余地がどこにもない。
「やっぱり、棺無月さんはもう……。全部、わかってるんですか?」
「え? さぁ、どうだかね」
棺無月さんは薄く笑う。
その笑みからは、嘲り以外の一切を読み取ることができない。
……【犯人】と被害者を同時に努めるなんて、そんなことをしても何にもならない。無駄に命を散らすだけだ。
それでもそういう状況になっている以上、可能性は二つ。
それをするだけの動機があったか、あるいは……。
その構図自体が間違っているか、だ。
【犯人】か被害者か。そのどちらかに萌さんが入るだけで、この事件は納得できるものになる。
しかし、萌さんが被害者であることはあり得ない。石像の下の遺体が、それを物語っている。
――この殺人は、【犯人】の特定が不可能な殺人?
【犯人】を特定できる証拠は、既に処分されてしまった?
だって、【犯人】は証拠を処分し放題だ。鍵をかけた個室に持ち去ってしまえば、誰にもそれを見つけられない。現に、棺無月さんが減っているのを確認したというバスタオルは、今も見つかっていない。
だから……。解決するための決定的な証拠は、わたしたちに与えられていない?
だけど、それじゃあどうして棺無月さんは余裕そうな表情をしていられる?
――棺無月さんの態度は、ただのハッタリ?
彼女自身、未だに【真相】に至れてはいない?
【真相】――この事件で何があったのか。誰が佳奈ちゃんを、死に至らしめたのか。
考えるべき、二つの要素。
【犯人】は雪村さんたちの個室で殺人を行い、その遺体を浴場に運び、石像で――。
石像で――。
……どうして、石像で?
「……違う。そう、そうだ」
そうだ。これだ。わたしはずっと、視野狭窄に陥っていた。
それをようやく自覚する。
最初の事件と第二の事件。それらの議論の焦点になったのは、【犯人】がどうやって被害者を殺害したかだった。だから今までずっと、方法論ばかりを考えてしまっていた。
今まではそれで上手くいっていたし――それに、魔王が定めたルールも、そういう形になっている。
だから思い違いをしていた。『なぜ』が重要じゃないだなんて。
――殺人を成し遂げて、どうして石像を落とすなんて大掛かりなことをする必要があるのか。
被害者の死因を偽装するため? でも死因の偽装なんて、いくらでも他の方法を取ることができた。
石像を落とすなんて――佳奈ちゃんにしかできないことを、わざわざ実行した理由はがあるはずだ。
「石像を落としたのは……。被害者の遺体を隠すため?」
「はぁ? 何言ってるのかな、ムックは。あんな派手な音と、血が混じったお風呂があって、死体の存在は完璧にあーしらにバレてる。全然隠せてないじゃん。それに、外の世界じゃ殺人事件を隠すのは自然なことだけど、ここじゃ【犯人】が殺人を隠す意味なんてないんだよ? そうしたら、脱出と願い事のチャンスも得られなくなるんだから、人を殺す意味もない( ̄д ̄)」
「……いえ。隠したかったのは、遺体の状態だと思います。石像の下に、見られたくないものを閉じ込めておきたかったから、【犯人】は石像を……」
「証拠隠滅ってことね。でも結局、あーしらに石像の下は見られちゃったわけだけど。それを前提に、さっきからずっと議論してきたんだよ? だったら、あーしらはみんな、重要証拠を握ってることになる。それでまだ、【真相】に至れてない。とんだ体たらくだね?( ꒪⌓꒪)」
「…………」
棺無月さんは暗に、そんな重要証拠はなかっただろうと攻め立ててくる。
そうだ。石像の下は、既に暴かれた。【犯人】がここまでして隠したがったのなら、それは相当にわかりやすいものなのだと思う。――それらしきものは、依然として見つかっていない。
ペシャンコにされた遺体。切断された手足と首。大量に打たれた釘。薄められた血に染まった、白い髪。修復されなかった傷。セーラー服の下の、確認できなかった傷。
――この中で、【犯人】が隠したがったもの?
釘以外、その存在は極めて自然なものだ。だけどこの釘はおそらく、被害者の遺体を石像の下に縫い留めておくためのもの。お湯が張ったお風呂に遺体を浮かべたのでは、遺体は勝手に動いてしまうから。確実に石像の下に留め置き、遺体を潰すために固定する道具だ。
石像の落下を利用するために用意した釘を、石像の落下で隠すなんて。それじゃあ馬鹿げている。全く意味がない。
けれど他に、おかしなものなんて――。
「――っ!!」
そうだ。どうして気づかなかったのか。
それがここにあるなんて、どう考えてもおかしいのに。
全身に鳥肌が立つ。
――これだ。これが、【犯人】を特定する唯一の手がかりだ。




