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マギア・ミステリー 魔法少女たちが綴る本格ミステリーデスゲーム  作者: イノリ
Chapter3:たった一人の姉妹 【問題編】
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Look through the Hole

《穴越しに見通す》




 儀式の間。普段は不気味さが前面に押し出されたこの部屋だけれど、今は多少滑稽な様相を呈していた。

 部屋の中央に位置していた存在感を放つ石像は姿を消し、空虚さが目立つ。

 篝火しか灯さず、十分に確保されていなかった明るさは今や、床の大穴から過剰なほどに取り入れられている。

 丁寧に描かれた床の魔法陣も、崩落により欠けて残念なものに。

 そして何より、流入してきた湯気がもたらす温かさが、この場の雰囲気を台無しにしていた。


「……酷いね、こりゃ( ̄д ̄)」


 それらの惨状を的確に表したのが、空澄ちゃんのこの一言だった。


「でも、証拠になりそうなものは何一つないっぽいね(;´・ω・)」


 空澄ちゃんが部屋全体を見回す。

 確かにこの部屋には、証拠らしきものは何もなかった。

 ただ床が抜けて、石像が落ち、こちらから浴場の様子が見下ろせるようになっただけ。

 唯一特筆すべき箇所があるとすれば、床の厚さだと思う。建築学など知ったことかと言わんばかりに、床の厚みは僅か十何センチくらいしかない。物理的に言うなら、こんな薄さで石像を支えていられるとは思わない。

 スライム館が勝手に崩落しないというのは、どうやら本当らしい。

 だけどそれなら……。


「勝手に崩れないなら、なんで石像は落ちたの? ……誰かが落とそうとした場合は、どうなるの?」

『まあ簡単に説明すると、床は自然には崩壊しないけど、外的要因は別って感じだね。誰かが壊そうとした場合は、物理現象に従うよ。っていっても、生半可な力じゃ床は壊れないけどね。床に強い力をかけるか、あとは穴を開けたりとか、そういうので物理法則が有効化されるよ』

「……強い力っていうのは、どのくらい?」

『んー? まあ、象が踏んだくらい?』

「……そっか」

『あれ!? ボクがここにいることはノーコメント!?』


 ワンダーが騒いでいるけれど、無視する。

 ワンダーは体が複数あることを利用して、館の様々な場所に散っている。そう推測……いや、確信している以上、もはや驚くことじゃなくなった。


「……この魔法陣、何か意味があったりする? 条件を満たしたら、何かの魔法が発動するとか……」

『ああ、それはないよ。ただの雰囲気づくりの落書きだから』


 なるほど。どうやら、魔法陣には魔法的効果が一切付与されていないらしい。

 だったらこの床が落ちたのは、ワンダーが言った条件を満たして、物理法則が有効化されたからだろう。

 強い力をかけるか、穴をあけるか。

 けれど、前者では無理だ。ワンダーは象が踏んだくらいなんて言っていたけれど、そんな威力を作り出せる固有魔法を持つ人はいない。身体能力強化を失った魔法少女が、自分の力だけでその威力を生み出したというのは……。もっとあり得ないだろう。

 だったら、穴をあけた? どうやって?


「――ねぇ、これ(=_=)」


 不意に、空澄ちゃんが言った。

 床の穴の縁に膝立ちになって、私たちを手招きしている。

 怪訝に思いつつも、私と香狐さんは空澄ちゃんの手招きに引き寄せられた。


「何かあったの?」

「うーん……いやさ、床の断面見てたんだけど。これ変じゃない?(〟-_・)?」


 床の穴、その断面を空澄ちゃんが指す。

 確かに、ひと目見て、その断面は異常だった。

 いや……断面とすら言えない。床の断面はびっしりと凸凹が生えていて、ギザギザとしている。まるで歯車でもハマっていたかのようだ。

 ギザギザは、まるで途中でへし折られたかのように、不自然な断面を晒している。


挿絵(By みてみん)


「まあこのギザギザもおかしいけどさ。これ、断面が綺麗すぎる。鶴嘴で掘るとか、機械掘削をするにしても、こうはならないよ。まあ、そんなものどっちもこの館にないんだけど( ̄д ̄)」


 床を落とした方法論はわからないながら、空澄ちゃんは違和感を指摘する。

 床の断面は、直線的だった。とてもツルツルとしている。常識的な方法を用いたならば、どうやってもこうはならない。

 これを成し得る魔法があるとしたら、一つだけだ。


 だけど――その一つというのは、[存在分離]のことだ。[呪怨之縛]じゃない。

 それじゃあ、あそこに隠れているのは摩由美ちゃんじゃない?

 実は、あそこに隠れているのは佳奈ちゃん?

 確かに、可能と言えば可能だ。内鍵しかない個室は、持ち主が外に出ていれば簡単に侵入できる。だから、個室の持ち主を部屋の外で殺害して、その部屋を乗っ取ることはできる。


 でも、佳奈ちゃんが【犯人】として隠れているなら、ずぶ濡れでお風呂から出てきたのは凛奈ちゃんの方ということになる。

 だったらどうして、凛奈ちゃんは佳奈ちゃんのフリなんてしているんだろう。

 ……いや、今は【犯人】が確定したわけじゃない。決めつけて推理するのは危険だ。


 私はもっと情報を求めて、床の穴を覗き込んだ。

 視点の高さを利用して浴場を俯瞰しても、大したものは見られない。

 せいぜい、ワンダーの像にマジックペンで引かれた線が、本当に背中まで達していることが確認できたくらいだ。……いや、背中の中心を越して、向こう側まで若干達している。誰かがこの像によじ登ったことは確定だろう。

 だけど、それが何だというのか。

 他に、何もおかしい点はない。何も……。


「……ん? あれ?」

「ん? カナタン、何かあった?(。´・ω・)?」

「うん。えっと……石像と一緒に落ちた床も、ギザギザが付いてるような……」


 私は目を凝らす。

 石像と一緒に落ちた床は水の中だし、それに遠いから見えづらい。でも……確かに、そちらにも、こっちにあるのと同じギザギザがついている気がする。

 仮に、石像が落ちた時からこのギザギザがあったとしたら……。

 それは、こんな感じになる?


挿絵(By みてみん)


 落ちてしまいそうなほどに、頼りなく結合された床と床。

 だけど、落ちてはいない。ギリギリのところで繋ぎ止められている。

 そうやって調節されたんだとしたら、それは……。なんのため?


「んー……。怪しいのはこれくらいかなぁ( ̄д ̄)」


 空澄ちゃんが穴から体を引っ込める。

 そして、立ち上がると伸びをした。


「手がかりっぽいものはたくさんあったけど……。決定打に欠けるというか。どうにも、いやらしい事件だよねぇ……(+_+)」

「そうだね……」

「んー、カナタン、他に何か証拠になりそうなものとかあった?(=_=)」

「いや、な――」


 なかった、と言いかけて止まる。

 そういえば、まだあのことを空澄ちゃんと共有していなかった。

 私だけが知っていることが、二つほどある。


 佳奈ちゃんが語った、[存在分離]と[存在融合]の効力。

 それから、石像が落ちる……三分ほど前に、摩由美ちゃんらしき、赤毛の後ろ姿を見かけたこと。

 それを、言葉にして伝える。


 全部を聞いて、空澄ちゃんは「ふぅん」とだけ言った。

 表情を見た限り、私の証言をそこまで重要視していないように感じられる。

[存在分離]の性質は、この石像を見た限り、重要なことだと思うけれど……。

 摩由美ちゃんの姿を見たのは結局事件の前だ。そこから引き籠もったにせよ、殺害されたにせよ、確定するのはその時点で生きていたということだけ。確かに、あんまり役に立たない情報ではあると、自分でも思う。

 同じことを思ったのか、空澄ちゃんは――妙に、吹っ切れた顔で言った。


「……仕方ない。最後の手段だヾ(@⌒ー⌒@)ノ」

「えっ? 最後の手段って……どうするつもり?」

「ん? 決まってるじゃん。――暴くんだよ。犠牲者のお墓を(*'▽')」


 空澄ちゃんはそう言って、眼下――犠牲者の上にそびえ立つ墓標を指さした。

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