I have something to say.
《言いたいことがある。》
ここに閉じ込められて、四日目の朝食。
私が作った失敗作も含められた食事は、景気のよい食事とは言えなかった。
幾人かが、あの惨殺の現場を気にする素振りを見せている。
……既に、血痕はなくなっていた。
あんな凄惨極まる処刑などまるで存在しなかったかのように、食堂は当初の姿を保っている。
【犯人】の血の一滴すら、もうこの場所には残されていない。
だけど確かに、私たちの記憶に焼き付いたあの光景と、みんなの苦々しい表情、毎朝顔を出していた二人の空席が明確に物語っていた。
あの事件は、夢なんかじゃなかったと。
みんな、食事という行為を忌避するかのように、もそもそと食事を口に運ぶ。特に肉類は避けられる傾向にあり、みんなが頼ったのは専ら、パンや果物の類だった。
ここにいないメンバーも、最初より増えている。
佳奈ちゃんと凛奈ちゃんは相変わらず遅刻――というより欠席状態。忍ちゃんもまだ来ていない。接理ちゃんも、摩由美ちゃんも、ここにいない。
逆に、空澄ちゃんは食事の時間にきっちり座っていた。
以前は堂々と遅刻していたのに、一体どういう心変わりだろう。
のそのそとした朝食を取っているうちに、忍ちゃんと接理ちゃん、摩由美ちゃんが順々にやって来る。
その三人が席に着いたのを見て、こんなもんか、という呟きと共に狼花さんが――他の人の退席を引き留めていた狼花さんが、立ち上がった。
「なあ」
その声は、食堂によく通った。
当然だ。既に、この食事の場に日常会話の花なんて咲いていないのだから。
「オレから一つ、言っておきたいことがある」
「んー? なに? あーしに恨み言?(。´・ω・)?」
「恨まれる自覚あるんだったらもう突っかかってくんなよ。――そうじゃなくて、この場の空気に対してだ」
狼花さんは、ぐるりとここにいる顔ぶれを見回す。
「辛気臭い顔してる理由はわかる。オレも正直、まだ気分いいとは言えねぇよ。――けどな。あいつは、しくじったらこうなることを知っていた。知っててやったんだ。だから、あいつに文句言う筋合いなんてねぇよ」
「おっと、随分突き放した意見だねー。ロウカスったらきっびしー(>_<)」
空澄ちゃんがわざとらしく身を縮こませる。
「それって、何が言いたいの? 全部あいつの自己責任だから気にするなー、とか、偉そうに説教してくれちゃったりするの? ん?(・_・?)」
「そうじゃねぇよ。お前らがどう思うかは、お前らの自由だ。でも、これだけはどうしても言っておかなきゃダメだと思ったから、ここで言っておく」
「ふぅん。なになにー?ヾ(@⌒ー⌒@)ノ」
狼花さんは、静かに息を吸ってから言った。
「お前ら。もし、初に続いて何か妙なこと起こす気があるなら――。覚悟しとけよ。見逃してもらえるなんて思うな。自分も間違いなく死ぬと思え」
「…………」
狼花さんの通告は、殊更に残酷に響いた。
いや――わざとそういう言葉を選んだのだろうと思う。
「んー? ロウカス、ここにいる仲間のことを信じてないのー? だからそういうこと言っちゃうんだ! ははっ、正体現したね?(*^^*)」
「ちげぇよ。そんなことしねぇって思ってるから、死ぬだの殺すだの言ってられるんだよ」
狼花さんは毅然とした態度を崩さずに言う。
「あいつの受けた報いは過剰でも、あいつがやったことは許されないことだ。だから、少なくともオレは、あいつを擁護しない。殺人鬼を擁護しない。……それだけは、全員わかっとけ」
「…………」
狼花さんは、それだけ伝えて席に座った。
どうして、狼花さんがそんなことを言い出したのか。
その狙いは、次なる殺人の抑止以外にもあったんだと思う。
だって――その視線は、チラリと私に向けられている。
きっと、狼花さんは、【犯人】を追い詰めることになった私を励まそうとか、そんなことを考えている。
私の行いは、間違ってなかった、って。
……複雑な気分だった。
気遣ってもらえるのは嬉しい。でも、私は――。
人の命の重さを、そんな簡単に放り出していいのだろうか。
「あ、そうだ。こっちも伝えることあるんだった(*'ω'*)」
狼花さんに次いで、空澄ちゃんが立ち上がる。
「えー、ワンダーからの通知です。いやー、昨日うっかり言いそびれちゃったんだよね(-ω-)/」
「……通知?」
「うん。ルールの補足だってヾ(@⌒ー⌒@)ノ」
ルールの……補足?
「えー、ワンダーによると、【犯人】をぶっ殺してもその人は【犯人】にならないそうです。つまり、【犯人】が処刑される前に、こっちでぶっ殺しちゃっても全然いいってことだねー。きゃーこわい(/ω\)」
「ちっ。そんなルール伝えて何になるんだよ」
狼花さんが棘のある言葉を発する。
「まー、ワンダーに処刑されるよりは、多少穏やかな死を迎えられるんじゃない?(o゜ー゜o)?」
空澄ちゃんは、ふざけた様子を崩さずに言った。
でも……。それは的を射た言葉に思える。
あんな――あんな死を遂げるくらいなら、誰かの手で一刺しに終わらせてもらった方が、まだ――。
なんて、思ってしまうのは私だけだろうか。
「ちなみにこのルールは、ワンワンにも適用されるからね。いやぁ、ウイたん殺しの件でワンワンを【犯人】に仕立て上げようと思ってたんだけど、逃げられちった(´Д`)」
「……そうかよ」
狼花さんが渋い声で唸る。
もし、それでワンダーを追い詰めることができたら――どれだけ楽なことだっただろう。
初さんを殺した【犯人】の特定なんて、絶対に間違えなかったのに。
それだったら――。私も一切の迷いなく、【真相】を答えることができたのに。
ワンダーが自分のルールに縛られて自爆するなら、こんな殺し合いはもう終わりだった。――けれど、そうはならなかった。
「ま、そういうことで。ワンワンに殺されずに楽に死にたい【犯人】がいるなら、あーしに言ってね。サクッといい感じにぶっ殺してあげるから☆ あーしが伝えたいことは以上だよ(*'ω'*)」
空澄ちゃんはそう締め括って、席に着いた。
空気が、微妙な形に攪拌される。
狼花さんの警告がもたらした緊張と、空澄ちゃんの伝言がもたらした不安定さ。
二つの空気が混ざり合って、身が引き締まるような思いが薄れていく。
狼花さんの警告の意味が、薄れていく。
空澄ちゃんは――どうして、狼花さんの警告を打ち消すかのように、残酷さを演出するんだろう。そこまで狼花さんを敵視しているのだろうか。
それとも、何か違う思惑があるのだろうか。
たとえば――私たちの結束を防ごうとしている、とか。
それじゃあ、まるで――ワンダーの手先だ。
「…………」
それを、あり得ない話じゃないと捉えてしまう自分が、たまらなく嫌だった。
いくら空澄ちゃんの振る舞いが、あまりいいものではないとはいえ、何の根拠もなく疑うなんて……。
そういうのは、よくない。
そう考えて、ふと思う。
根拠があれば、疑っていいのだろうか。
私が、昨日――初さんを追い詰めたように。
断罪なんて言葉を持ってきて、執拗に破滅に追い込んだように。
相手が悪いことをしていると、そう断じるだけの根拠があるのなら……。
――相手を無慈悲に追い詰めることは、許されることなのだろうか。
自分の頭から湧いた恐ろしい考えに、私は少しだけ身を震わせた。
「にゃぁぁ、それにしても、いつになったらここから出られるのかにゃぁ……」
みんなが静まったときに、ふと、摩由美ちゃんが溢した。
その言葉が、更に私たちを揺さぶる。
ここに閉じ込められて、既に四日目。
私に限らず、それぞれの家や学校で大騒ぎになっているであろう頃合いだ。
「まあ、ワンワンが満足するまで待つか、無事に脱出の条件を満たして出て行くしかないんじゃない?(。´・ω・)?」
「…………」
ワンダーが、満足する。
私たちの命をなんとも思っていない魔王が、果たしてそう簡単に私たちを解放するだろうか。
むしろ、現実的な線としては――。
長々と続いて飽きてしまったから、全員殺す――なんて。
それが一番あり得る。そう思えてしまう。
しかし、万一の解放の可能性に賭けることができないとしたら、残る道は……。
……初さんと、同じ行為を働くこと。
そんな、魔に身を売り渡す真似しか残されていない。
「それとも、都合よく助けが来る可能性に期待しちゃう? お強い魔法少女様方が、ワンワンのことを殺しに来るまでここで待つ? いつまでかかるかな? 一か月? 半年? 一年? 三年? 五年? 十年? みんな随分気長なんだね?(〟-_・)?」
「にゃ、にゃあ……。いくらなんでも、そこまでかかるはず――」
「なんで? あーし、これでも四年くらい魔法少女やってるけど、魔王が死んだなんて一度も聞いたことないよ? それとも、みんなはあるの?(´Д`)」
「「「…………」」」
みんなが黙り込む。
「確かに……私はそれより長い間魔法少女をやっているけれど、聞いたことはないわね」
この場で一番の年長者と思われる、香狐さんが言う。
そうして、それが間違いのない事実として全員に浸透していく。
「でしょ? だから、無駄だと思うんだけどなー。助けを期待するなんて(-ω-)/」
空澄ちゃんが意地悪く言う。
本当に――何を考えているんだろう。
そんな、まるで殺し合いを促すかのようなことを言うなんて。
「まっ、そういうことだから。殺し合いがしたくないんだったらじっとしてようね、マユミン(*'ω'*)」
「にゃぁぁ……」
摩由美ちゃんが不満そうに鳴く。
そうやって、空澄ちゃんが希望を折って、話が途切れて――。
全員の沈黙が、解散の合図となった。
たぶん、この妙な緊張感のある部屋から出たかったんだと思う。
接理ちゃん、忍ちゃん、藍さんが席を立つ。
既にグループ行動の決まりは機能しておらず、それを引き留める人もいない。
「あの、夢来ちゃん」
「ん? な、なに?」
食事中、みんな黙り込んでいたせいで話しづらかったけれど、この解散の空気の中ならいいだろうと思って、夢来ちゃんに話しかける。
「夢来ちゃんは今日、どうするの?」
ここでできることはあまりない。
だからせめて、一緒にいようという意味での質問だったのだけれど……。
「わ、わたしは、書庫に行くつもりだけど……。ごめん、その、一人で籠らせてくれると嬉しいなって」
「そ、そっか……」
「ご、ごめんねっ」
夢来ちゃんは一度頭を下げると、逃げるようにして食堂から出て行ってしまった。
「ぁ……」
私は追うこともできず、その背を見送る。
――昨日、あの事件の後。
泣き止んだ後は、夢来ちゃんにべったりになってしまった自覚はある。
だって、怖かった。心細かった。
自分が、人を追い詰めて、その果てに破滅させてしまったなんて。
耐えられなかった。一人で背負い込みたくなかった。
だから、重荷で傾いた分、夢来ちゃんに寄りかかってしまった。
もしかしたら、夢来ちゃんがあんな決意を口にしたのは、私がそんな姿を見せてしまったからかもしれない。
「…………」
心の中で、夢来ちゃんが離れてしまった理由探しをする。
でも結局は、嫌なものは嫌という結論に落ち着く。
虚勢を張ることができるくらいの元気は取り戻したつもりだけれど、昨日の今日で精神力の完全回復は見込めなかった。
やっぱり、今の私の心はどこか不安定だ。
――辛い、痛い、苦い、怖い。
心に感じる大きな痛み。それに反する不調のない体。
その整合性を取ろうとでもするかのように、私の中で自罰的な衝動が渦を巻いているのを感じる。
ふとした瞬間に、手元にあるフォークを自分に突き刺してしまいそうな、そんな自罰衝動。
私は――。
「彼方さん、大丈夫かしら?」
「えっ……?」
膝に手を置かれる。
そんなことができるのは、隣の席の香狐さんしかいない。
「顔色が悪いようだけれど。料理、うまくできなかったのがショックだったかしら?」
香狐さんが、冗談かどうか判別できない口調で言う。
でも――私の表情に見合う、一番納得できる理由を真っ先に挙げない辺り、香狐さんは私の心情を理解して言っているに違いない。
「まあ、ちょっと、ショックでした……」
私は、香狐さんを心配させまいと嘘をついた。
「あら。最初は誰だってそんなものよ。私だってそうだったわ」
「……そうなんですか?」
「ええ。私の最初の料理は、黒い卵焼きだったわね」
「えっと、焦がしたんですか……?」
「盛大にね」
香狐さんは、そう言って微笑む。
「それはそうと、彼方さん。今日、暇かしら?」
「え? あ、はい……」
「そう。なら、ちょっと付き合ってほしいのだけれど、いいかしら?」
「な、なんですか?」
こんな場所で、誘われるような用事なんてないはずだけど……。
「いえ、私も暇だから。どうせなら一緒に過ごす人が欲しいと思っただけよ」
「ああ……」
それは奇しくも、私が夢来ちゃんに声を掛けたのと同じ動機のようだった。
……香狐さんと、一緒に過ごす。
それもいいかもしれない。
「そ、それじゃあ……。よ、よろしくお願いします」
「ええ。彼方さんは、何かしたいこととかあるかしら?」
「いえ、私は特に……」
「そう。なら、私が予定を決めてしまってもいいかしら?」
「は、はい。大丈夫です」
私が頷くと、香狐さんは何やら思案するような表情を見せ――。
「それじゃあ、あそこがいいかしら」
そう言って、香狐さんに連れていかれた先は――。
おそらくは娯楽用に用意されたのであろう、二階のシアタールームだった。




