After the First Tragedy ②
《最初の悲劇の後で②》
◇◆◇【神子田 忍】◇◆◇
怖くて何も言えなかった。
小説なんかでたまに見るデスゲーム。
ハラハラドキドキしながら、登場人物の死に悲しんで、それで――結局は、楽しい娯楽として消費した創作物。
それが、こんなものなんて、思っていなかった。
釜瀬さんは殺されてしまった。
初さんが殺して、初さんもまた殺された。
釜瀬さんとは、昼間のグループ行動で一緒だった。
だから必然的に、いくらか言葉を交わした仲になっている。
それが――殺された。
ボクは、事件の渦中にすらいなかった。完全な立会人だった。
それなのに、ボクは押しつぶされそうになった。
たぶん、あの議論の場で喋らなかったのは、ボクと凛奈ちゃんだけ。お姉さんの陰で隠れて怯えている子供と、ボクは同列だった。
でも、だって、仕方ないじゃないか。
人の死なんて、どう受け止めていいかわからない。ボクはまだ中学生だ。人の死なんて、これが初めてで、だから――。
人目を忍んだって、しょうがないじゃないか。
ボクは、泣いている空鞠さんを一瞥してから、食堂を出た。
ボクのことを、接理ちゃんが見ていたけれど、今は話したくなかった。
◇◆◇【神園 接理】◇◆◇
僕を避けるようにして出て行く忍を見送る。
それも仕方ないかもしれない。二日間を一緒に過ごした記憶の中には、どうしたって釜瀬 米子についての事柄も含まれている。僕の姿を、殺された彼女に結び付けたのだとしても不思議はない。
それに、同じく二日間過ごした――今となっては、誰が殺人鬼に転じるかわからないこのメンバーと一緒にはいられない、というのもまた本音の一つだろう。
僕はそれを否定しない。
きっと、全ては定まっていた。
神が記した運命の一ページに、こうなるように記されていた。
そして、この先のこともきっと、その運命の一ページに記されている。
僕たちにはあと、いくつの悲劇が課せられるのだろう。
それを、下位世界の僕らに知る術はない。
僕らは黙って、目の前で起きたことを解明するしかない。
白衣のポケットの中で、メモを握る。
僕も、得られた情報から考えられる可能性を書き出してはいた。精一杯の計算を巡らせて、【犯人】を暴こうと試みた。
けれど、運命は僕を選びはしなかった。
僕は知らなかった。爆発の前に厨房で何があったかなんて。
僕は知らなかった。魔法少女の魔法が暴発する条件を。
僕は知らなかった。古枝 初があそこまで狂ったことができる人間だと。
知識のない者は、運命には選ばれない。それが摂理だ。
僕の魔法をもってすれば、【犯人】の特定は一瞬だ。ただ、こう言えばいい。
――[確率操作]。僕は偶然この事件の【真相】に思い至る。
だけど、無知な者にそれは使えない。情報のない者が【犯人】を見抜くなんて、できるはずがない。
できないことはできない。それが、僕に与えられたシンプルな魔法。
今回は、油断していた。
急にこんな惨劇が起こるなど、誰も予期していなかった。
神と、【犯人】以外に知り得ない惨劇だった。
僕だって人の子だ。動揺だってする。情報を集められていなかったのは、それが理由だ。
けれど、次はない。
起こることは起こる。そう知れてしまった。
だったら、次だ。次以降は、僕も全力で推理を使う。
そして、手に入れる。参加者に、ただ二つ与えられる王座。
全てを暴いた生き残りの称号を。
「にゃぁぁ……」
情けない声が聞こえる。萌 摩由美のものだ。
きっと、生き残りの席を奪い合う場に、こいつはいないだろう。
その予測に、僕は運命の一ページを少し垣間見たような気になった。
◇◆◇【萌 摩由美】◇◆◇
「にゃぁぁ……」
震えながら鳴く。こうすることで、恐怖が少しでも和らぐように祈る。
霊媒師のみゃーはわかるにゃ。この場に、ものすごい怨念が残留していることが。
初が残した怨念はすさまじいものだったにゃ。
この世の全てを呪うかのような、断末魔の叫び。
みゃーが初めて目にした、誰かの死。
……これで自衛手段を手に入れたというのは、皮肉な話だにゃー。
みゃーの魔法は、[呪怨之縛]。人の死を見て初めて、効果を発揮する魔法。
敵を最大で十五分も拘束するという、最強の拘束魔法にゃ。
十五分も拘束できれば、やりたい放題にゃ。傷つけ放題。逃げ放題。
不意打ちでないのなら、ここで殺されることもなくなるにゃー。
……まあ、殺人犯に感謝するようなことは、できないけどにゃー。
あいつは、米子を殺した【犯人】。
米子の魂の嘆きも聞こえるみゃーには、どっちかに肩入れするのは無理な話にゃ。
でも……。
米子の魂は間違いなく、狼花が【犯人】って言ってたにゃ。
霊媒師のみゃーがそう聞いたんだから、間違いないはずだったにゃ。
でも、そのみゃーの能力が、間違った答えにみゃーを誘導していたにゃ。
これはどういうことにゃ……?
まさか、みゃーの能力が偽物なんてこと、あるわけないにゃー。
だったら、米子はみゃーたちを絶望に誘導しようとした、とんでもない悪女だったってことかにゃー?
「……ふっ」
そんなことを考えながら聞いた藍の嘆息は、みゃーの能力を信じずに小ばかにするような、そんな空気を感じたにゃ。
◇◆◇【唯宵 藍】◇◆◇
「……ふっ」
不甲斐ない我自身にほとほと呆れ返る。
我が[刹那回帰]を以てしても、暴食の姫を冥府の縁から救い出すことはできなかった。
我が力は、このような時のために与えられたものだというのに。
――彼の、魔を統べる狂犬。
あの狂気には、他を呑む力がある。
血濡れた聖職者は、その狂気に呑まれたに過ぎない。
これより、世界は崩壊に向かう。
殺人を抑える箍は、確実に緩んだ。
一人、また一人と、罪を重ねていくことになる。
魔を統べる狂犬は言った。この狂った遊戯は、生存者が二人になれば終焉を告げると。
しかし、我らは十三人。一つの事件で黄泉へ送られる存在は二人。
――五つの事件を迎えて、残りは三人。
これもまた、狂犬の悪意に違いない。
要するに、こう言っているのだ。
『最後に残り、ここから脱出する二人は――究極の無垢と、究極の悪意。その組み合わせでしか成立しない』、と。
五つの事件を生き残った三人のうち、一人が誰かを殺す。
それを以て我らは二人きりとなり、この殺し合いが終わる。
つまり――正義に用意された椅子は、一つだけ。
我は死にたくはない。当然、生き残る。
五つの事件を、全て突破してみせる。
二つの玉座に座る者を決める、果ての三に残ってみせる。
しかし、この事件を解き明かした彼女はきっと、罪を犯すことを良しとしない。
桃の乙女と、我と、誰か一人が生き残ったとして。
その場合――我は、咎を背負わなければならないのだろうか。
その時に、我が牙にかけるのは――。
「っ、ぅ、ぁ、ぁぁぁぁ……」
涙を流し続けるこの少女が、我の獲物となるのか。
他のために心を殺し、爆炎の破壊者を窮状より救い出した無垢なる彼女は、我の供物となる運命であるのか。
それとも我は、彼女こそを究極の無垢の席に座らせるのか。
どちらにせよ、ここで十一の花が散る。
命の花が、一つ、また一つと刈り取られていく。
我は生き残る。我の他に誰か、もう一人だけは生き残る。
その誰か一人は、桃の乙女か、彼女に寄り添う痴女か、白狐を隷属させし者か、万理の究明者か、日陰の忍か、血の盟約の姉妹の片割れか、爆炎の破壊者か、狂笑の道化師か、怨霊の猫か。
どちらにせよ、この中のほとんどは死ぬ。
どうしようもない、死の運命が約束されている。
……いや、違うな。一つだけあったか。
我らに残された、より多くを生かす終端の希望。
――王を弑する。魔を統べる狂犬を、我らの手で握り潰す。
できるのか?
血濡れた聖職者がいくら刃を振ろうとも、怯む様子すら見せなかった魔王を、殺すことなど。
想像する。
それらはどれも、稚児の落書きのように空疎な絵図だった。
我は、桃の乙女が今味わうものとはまた違う、静かな絶望に身を浸した。




