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マギア・ミステリー 魔法少女たちが綴る本格ミステリーデスゲーム  作者: イノリ
Chapter1:彼方の背中に何を見る 【解決編】
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【解決編】That's a silly trick.

《馬鹿げたトリックだ。》




「と、解けた……? 全部?」

「ええ。間違いないわ」


【犯人】にわざわざヒントまで与えられていたのだし、と内心で付け足す。

 霧島さんは私の言葉に、ショックを受けた様子だった。けれどもう、そんな反応にいちいち迷う意味はない。


「話を戻しましょう。ガラスフィルムで【犯人】は窓を潰した。けれどその潰し方、おかしいと思わないかしら?」

「一方向、わざと残されていることだろう?」

「そうだけれど、違うとも言えるわ。発想が反対なのよ。どうして【犯人】は、三方向も潰す必要があったのかしら」


 確かに全方位潰すというのは最もわかりやすい視界の塞ぎ方だ。だから発想がそっちに寄ってしまうのはわかる。

 けれど、先ほどの法条さんの指摘も確かに正論だ。【犯人】は余計なリスクを背負いたくはないはずだし、細工の手間は少なければ少ないほどいい。それを前提に考えれば、【犯人】の行動は不可解に過ぎる。それでも――


「【犯人】は一方向の窓だけをわざと残したのではなくて、最低限潰す必要のある窓を潰した結果一つだけ残ったのよ。……まあもしかしたら、意図的に残した可能性はあるかもしれないけれど」


 それをする意味も、一応は二つほどある。


「それでも【犯人】の本命は三方向の窓だったはずよ。その証拠が――これよ」


 私はムーンライトを操作し、小さく写った些細すぎる証拠――ガムテープを、拡大させて皆に提示する。


「これ、えっと……なんなのです?」


 拡大して画質が荒くなった画像に、小古井さんが疑問の声を上げる。

 そもそものガムテープの小ささに加えて、手が届かないほどの高さにあったのだから、うまく写らずとも無理はない。


「ただのガムテープよ。ちょっと一直線の膨らみがあっただけのね」

「膨らみって、何か挟まってたのです?」

「いいえ。何も挟まっていなかったわ。押したら萎んだもの」

「それじゃあ……なんで膨らんでいたのです?」

「決まっているでしょう。元々は何か挟まっていたからよ」

「……? で、でも、ガムテープなのです。何か挟んで引き抜くなんて、ベタベタで無理なのです」

「ええ。だから、引き抜いたんじゃないのよ。挟まっていたものは消えた(・・・)の。文字通りね」


 そう、これが一番重要な点だ。

 私がずっと捜し求めていて、見落としていた逆転の一手。


「そしてこれが、透意の潔白を証明する証拠でもあるの」

「えっ、私の?」


 ここでようやく、透意が口を開く。自分が話題に上ったからか、それとも思いもよらない話に思わず驚きが漏れてしまったのか。


「透意が今まで疑われていたのは、今私が話している推理がただミスリードをなぞっているだけで、残された証拠品は亜麻音さんに罪を着せるための偽装だった可能性が否定できないからでしょう?」

「ああ。その通りだな」

「でもね、それなら残された証拠品を透意が全て用意しなければならないのよ。シナリオに沿った証拠品をその辺に隠しておくだけなら、確かに可能でしょう。けれどこのガムテープの証拠は、透意には作れない。挟まっていた何かが急に消え失せるなんて、そんなの――まるで魔法でしょう?」

「――あっ! そうか、[試練結界]の筆!」


 霧島さんが声を上げる。


「そうよ。前にあの魔法を見せてもらったとき、亜麻音さんの手から筆は消滅したでしょう。今回も同じことが起こったのよ。ガムテープに挟まれていた筆が消えて、その痕跡だけが残った」

「だ、だがね、それだって偽装することだってできるだろう? 両端に指をほんの少しだけ挟んで、うまいこと抜けば……」

「まあ、可能と言えば可能でしょうけれど。それは落ち着いた場所で作業できた場合の話でしょう? ガムテープが巻かれていた場所はゴンドラから手を伸ばしても届かないような高さだったのだから、【犯人】は観覧車の骨組みに足を掛けながら――つまりは不安定な姿勢での作業せざるを得なかったのよ。そんな姿勢で、両手が塞がるような複雑な工作ができるとおもう?」

「あ、いや、それは……」

「更に言うなら、別の場所で予めガムテープに細工をしてから作業したというのもあり得ないわ。単純に張り付けられただけならまだしも、ガムテープは巻き付けられていたのだから。先にガムテープをリング状にしてしまえばもちろん後から嵌めることはできないし、ガムテープの先端だけに細工をしても、巻き付けるときに上から潰してしまうのがオチね」

「…………」

「ほら、やっぱり無理でしょう? つまり、透意は【犯人】ではない。これで証明できたはずよ」


 そうか、そうかと納得の声が上がり――残る容疑者は、たった一人に絞り込まれた。

 皆の視線が、亜麻音さんに向かう。

 亜麻音さんの隣に座っていた霧島さんは、怯えるようにやや距離を取っていた。

 

「琴絵、お前がやったのか?」


 ざわめきの波が引いた後、静けさが浸透していく中で、万木さんが問う。

 亜麻音さんが崇める、英雄。その彼女に対し――


「待って」

『はいストーップ!!!』


 私と共に、静止の声をかける者がもう一人……いや、もう一体。

 ビタースイート。


『ちょっと、ダメだよ万木さん! それは――』

「ルールにより許されない、でしょう。『事件解決前の自白を禁ずる。』わかっているから、あなたは黙っていなさい」

『…………』


 言葉を遮られたビタースイートが不満を訴えるように睨んできたけれど、どうでもいいので無視した。


「――亜麻音さん」


 私は、未だ沈黙を貫く亜麻音さんに語り掛ける。


「知っているかしら? 魔法少女の衣装と固有魔法は、その人の性格や信条なんかによって方向づけられる。なら、あなたにもあるのでしょう? [試練結界]だなんて名前の魔法を与えられた理由が」


 その理由を、私は知らないけれど。


「いいわ。その試練とやら、受けてあげるから――今ここで、全てを吐き出しなさい。この事件、私が全部解決してあげるから」

「……その言葉に、偽りはないか」

「ええ。誓って」

「――ならば答えよ。闇を抱きしジキルは誰か」


 ジキル――ああ、『ジキル博士とハイド氏』か。十九世紀に執筆されたイギリスの怪奇小説。

 そんな古典名作を持ち出してくるとは。私の正体を見透かしているとしか思えないほどに、私好みの展開だ。

 しかも肝要なのは、彼女は悪徳の権化たるハイドではなく、善人とされるジキルの役を演じる者を尋ねていることだ。


「ええ、いいわ。薬はなくとも、別の証拠はあるもの。それを持っていた彼女がジキル。そうでしょう?」


 周囲の皆は私たちが何を語っているのか理解できていないようで、首を傾げたり不思議そうにしている。

 でも、これでいい。ここから先は、私たち二人だけがわかっていればいい領域だ。もちろん必要な推理過程は、皆の前に示すけれど。


「さて、順に解き明かしましょう。ガムテープに挟まっていた、跡からしておそらく棒状のものが消滅した。物理的にあり得ないことだから、可能性があるとしたら魔法由来のもの。だからここに筆が挟まっていたのは確定。当然の帰結よね」

「筆は描くためにある。だが画家の手に無くして、何を描き得るものか」

「もちろん、魔法陣よ。あなたの筆、べつに手元になければ書けないなんて誰も言ってないわよね? しかもあなたは、自由に筆の光を消したり付けたりする姿を私たちに見せている」


 あれは玉手さん主導で、全員が固有魔法を見せ合う流れになったときのことだ。

 ビタースイートの介入後は、実際に魔法を披露するのを皆なんとなく控えてしまったけれど、亜麻音さんはしっかり魔法を披露している。

 その中で、確かに彼女は光のオンオフを切り替えていた。

 もう二日も前のことだけれど、私の[幻想書架]には全て記録されている。


「……馬鹿げたトリックよね、本当に」


 ふと、独り言が漏れる。けれどこれから口にする内容を思えば、これくらい言わせてほしい。

 それくらい、馬鹿げた発想を大真面目に実行に移したトリックだった。


「わざわざ筆を括りつけたのなら、その筆は何かを描いていたと考えるのが道理よね? そして括りつけた位置からして、その軌道は明白」


 ガムテープが仕掛けられていたのは、観覧車の巨大リング、その中でも一番外側のサークルだ。

 つまり――。


「筆はもちろん、観覧車のリングをなぞるように移動したのよ。――何十メートルあるかもわからない、魔法陣の枠を描くためにね」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 捜査編から思ってましたが、香狐さん非常に優秀な探偵役ですね。彼女が苦戦する事件とか、推理できる気がしないです。 [気になる点] 固有魔法にパーソナリティーが関わるのはなんとなく思ってました…
[一言] 単純に試練結界が使われた犯行だとすると落ちていたナイフが無意味になるし、試練結界が発動したなら玉手さんが透意さんに明確な殺意をもったことになるものの、たしかに怪しい発言をしたとはいえそれだけ…
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