【解決編】The last suspect is you.
《最後の容疑者はあなただ。》
霧島さんと亜麻音さんが容疑者だ。
そう告発すると、透意にしか向けられていなかった疑いの目が逸れていく。
しかし透意のように、完全に怪しまれるようなことはない。それはそうだ。私はまだ、根拠を何も示してはいないのだから。
「あ、亜麻音クンを告発するのはわかる。彼女の魔法は殺害に用いるとしても、その場にいる必要がない。つまりアリバイだけで【犯人】ではないと断定することはできない。そういうことだろう?」
「ええ。彼女は私の目の前にずっといたけれど、それで容疑者からはじくことはできないわ」
「で、でもボクは関係ないだろう? 確かに全員の認識から外れることができれば怪しまれることなく実行可能かもしれないけれど、[探偵隠形]の最大対象人数は三人までだ。それでどうやって暗殺するというんだい?」
「あら、簡単じゃない。グループの二人と透意に魔法をかけて、ただ玉手さんを刺しに行けばいいだけ。もしくはグループの二人の目を逃れて、透意と玉手さんに魔法をかけるでもいいわ。制限時間がある以上、時間はかけられないでしょうし、次のゴンドラを狙ったというのも理に適っているわね」
「いや、それは……」
霧島さんはなんとか逃げ場を探そうとしているけれど、すぐには反論できないだろう。実際、[探偵隠形]の効果時間は百八十秒÷対象人数だから、効果時間が最短になる三人に使ったとしても六十秒、つまり一分だ。
犯行に使うには十分すぎる時間でもある。
また霧島さんは、凶器ショップで仕込みナイフを持ち出そうとしていた場面を私と透意に目撃されている。
私が事実を暴露し、これも犯行のための行動だった、と言われれば反論は難しいだろう。
あの時は口外しないと約束したけれど、皆の命がかかっているとなれば話は別だ。【審判】でその証言が必要になれば、私は躊躇なく明かすつもりだった。
「万木さん、包さん。あなたたちは霧島さんと同じグループだったでしょう? 観覧車を降りて以降、霧島さんから一秒たりとも目を離さなかったと断言できる?」
「できないと思うワニ」
「……ああ、そうだな。栗栖は一番最後にゴンドラを降りたんだ。私たちの目を盗んで行動する機会は……あったかもしれない」
「ちょ、ちょっと待ってくれたまえよ! 叙述トリックのミステリーじゃないんだよ? 探偵役が――このボクが【犯人】だなどと、本気で言っているのかい?」
「霧島さん、この場において探偵役は全員よ。私たちには平等に、推理の機会が与えられている」
……でもね、と続く言葉は呑み込む。
どうせ言っても理解されないだろう。この場において探偵役は死刑執行役でもあり、心をすり減らす仕事だなどと。
「包さんか法条さんが、霧島さんの容疑を晴らしてくれれば一番楽だったのだけれど。透意、ゴンドラから降りた後の事、証言してもらえるかしら」
「えっ。降りた後……ですか? えっと……子犬さんが降りてきてないのに、すぐに気が付いて、それをみんなに話してる最中に、香狐さんが来たって感じですけど……」
「その後は?」
「そ、その後って……私、みんなの前にいたじゃないですか」
まさか意見を翻して自分を疑っているのか、と透意に糾弾するような目を向けられる。そんな誤解を受けてはたまらない。
「じゃあ質問を変えるわ。透意、あの後霧島さんが言ったこと、覚えてる?」
「……それ、さっきも聞きましたよね? 霧島さんが事件だって言って……」
「そう、そこよ」
正しくは「まさか、事件?」という言葉だけれど、[幻想書架]も持っていない相手にそこまで正確な言葉を要求しているわけではない。
また霧島さんの名前が出てきたことで、霧島さんへの疑いの目が濃くなる。
「これが、霧島さんが【犯人】かどうかを示す決定的な証拠よ」
「ち、違う! ボクじゃない!」
「みんな、よく考えて? 霧島さんが観覧車を降りてから、透意が霧島さんの声を聴くまで――」
――ピイイイイイイイイッ!
唐突な騒音に驚き、思わず尻尾が跳ねる。一体何事?
「む、無視しないでくれたまえ!」
音の原因は、どうやら霧島さんのようだった。
パイプを手に持って、長く吐いた息を補充しようとぜぇはぁ言っている。
ああ……そういえば。霧島さんのパイプは、実は笛になっているなどと言っていたような気がする。それを使って強引に注意を引いたというわけだ。
「こ、これは罠だ! ボクを陥れようと――」
「え? ……ああ。あの、霧島さん、少し落ち着いてもらえるかしら」
「落ち着いてなんていられるか!」
「いえ、その……私の話運びが悪かったわ。あと言葉選びも」
「は?」
霧島さんがさっきから妙な態度を取っていた理由にようやく思い至り、私は軽く頭を下げた。
証明の流れに神経を使うあまり、その辺りの配慮が疎かになっていた。
……それとも、私も既に平静ではないのだろうか。
これから人を死に追いやる、その殺人前の興奮に呑まれてしまっているのか。
「ど、どういうことかな?」
「だから、その……私、あなたが【犯人】だなんて一言も言ってないわよ?」
「…………。はぁ? だってキミはさっき、ボクが【犯人】だと示す証拠だとかなんとか……」
「霧島が【犯人】かどうかを示す証拠。色川はそう言っていたな」
しっかり話を聞いてくれていたらしい法条さんが援護をくれる。
「え、じゃあつまり……」
「まあ結論から言ってしまうと、私は霧島さんは【犯人】じゃないと考えてるわ」
「お、お、お、おお――おどかさないでくれたまえ!」
「それに関しては悪いと思ってるわ……」
この【審判】で追及されるのは、殺人犯の汚名の所在だけではない。命もかかっている。
私も今になって、この場面で徒に魔法少女を傷つけようだなんて思ってはいない。
それなのにこういうことになってしまうのは……結局、まだ変わることはできていないということなのかもしれない。
ただ、この【審判】の行方に必死になる霧島さんの姿を見て、ようやく皆の認識も少しは改まったようだ。
これは紛れもなく命懸けの戦場と同義の場所であり、自分の全存在をかけて挑まなければならない試練なのだと。
皆、先ほどまではどこか緩い……誰かに流されるような雰囲気だったけれど、今は引き締まった表情で考える仕草を取ったりしている。
「とりあえず話を戻すわ。透意が聞いたという霧島さんの声。霧島さんも、言った覚えはあるわね?」
「あ、ああ。確かにボクが言ったよ。これが何かの証明になるのかい?」
「ええ。だって――あなたがゴンドラを降りてから、明らかに一分経ってないじゃない」
時間にして、ゴンドラが二つ到着する程度の時間だ。
実際は降りてすぐに魔法を使ったわけではないはずだし、もう少し縮まるだろう。
となると、透意がその台詞を耳にしているのは理屈に合わない。
「透意があなたの魔法の対象になっていたのなら、あなたの声は聞こえないはずでしょう? 何せ、如何なる方法を用いても知覚されなくなる魔法だもの」
「あっ……! そうだ、そうじゃないか!」
「かといって、透意を魔法の対象から除いて玉手さんをゴンドラ内で殺害することはできないわ。玉手さんをゴンドラ内に留めたまま殺害するには、透意の直後にゴンドラを出ようとしたところを殺害しなければならないもの。普通にやったら、透意にバレないはずがないわ」
つまり霧島さんが【犯人】だとするなら、絶対に透意は[探偵隠形]の影響下に置かれていた。しかしその状態では、一分も経たない間に霧島さんの声を聞くことはできない。
「ただまあ、ミステリー的に言うなら、トリックを使えば可能ね」
「え?」
「古典的な手だけれど、声を録音した機械を使ってアリバイや死亡時刻の偽装を行う方法ね。ただこれも、現場からボイスレコーダーの類が発見されていないし、ルール上証拠の処分は不許可。身体検査は全員に済ませたのでしょう?」
「あ、ああ。香狐と透意がいない間に全員やった」
「なら、霧島さんは【犯人】ではないわね」
はぁ、と霧島さんが安堵の息を吐く。
それに触発されて、空気が弛緩する。小古井さんも険悪な雰囲気が霧散したことで、目に見えて安堵していた。
……その緩い空気が場を支配してしまう前に、私は指を突きつけて言った。
「つまり、残る容疑者はあなたよ、亜麻音さん」
これまでずっと黙っていた亜麻音さんは、告発を受けてもなお、目を瞑って沈黙を貫いていた。




