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マギア・ミステリー 魔法少女たちが綴る本格ミステリーデスゲーム  作者: イノリ
Chapter5:夢見た未来は遥か彼方 【問題編】
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Our loved ones will someday leave.

《大切な人たちもいつかいなくなる。》




「か、香狐さん……っ!」


 これで香狐さんも死んでしまったら、私は――。

 まだ、息がある。死んでいない。それなら、[外傷治癒]で……っ。

 魔力をかき集めて、魔法を行使する。集中して、香狐さんに加えられた傷の細部までを把握する。

 香狐さんの傷は――胸の心臓に近い場所と、うなじより少し下の背中への刺突。

 おそらく凶器は、包丁。

 治療をしながらサッと周りを確認する。香狐さんの血以外に、特筆すべきものは何もない。包丁も、他の何かも。【犯人】が持ち去った?

 傷は深いけれど、でも、包丁での刺突だけなら傷は大きくない。これなら、私の不足した魔力でも治せる。

 でも……。修復するうちに、奇妙な感触を覚える。まるで、人体に向けて魔法を行使しているのではないような……。もっと何か、構造の異なるものを修復している気分になる。


 ……いや。香狐さんは本当に、その『構造の異なるもの』だ。

 スウィーツの創造主。それが、ただの人間であるはずがない。

 香狐さんの体は、普通の血肉で構成されていなかった。魔力の塊のような形でここに存在している。人体に似せた構造を持っているし、実際に血も通っている。でもそれは全て、魔力で作られた偽物――。

 ある意味、香狐さんの存在自体が魔法のようなものだ。

 魔力で作られ、魔力を原動力として、その効力をこの世に及ぼす。

 そんな一種の奇跡のような形で、香狐さんは成立していた。


 それでも。回復魔法の使い手として、これだけはわかってしまった。

 香狐さんは、疑似的に人間を再現している。それ故に、人間にとって致命的な傷を受ければ――香狐さんもまた、人間のように死んでしまう。

 この傷は本当に、香狐さんの根源を蝕んでいた。

 私は、あと少しで……大切な人を、二人も同時に失うところだった。


 涙が滲む。悲しくて、辛くて、怖くて。

 どうしようもない感情が、私の胸の内を掻き乱す。


「……はぁっ、はぁっ」


 なんだか、呼吸をするのまで辛くなってきた。

 想定している呼吸のペースと、実際のペースが噛み合わない。どんどん、どんどん、呼吸のペースが速くなる。

 あまりの緊張に、私は過呼吸状態に陥っていた。

 苦しい。辛い。――このまま、死んでしまいそうだ。


『きゅ、きゅーっ』


 そんな私を、クリームちゃんがなんとか宥めようとしてくれる。

 それで私は、なんとか正気に戻る。……いや。ほんの少しだけ、正気に立ち返る。


「ん、ぐ」


 私は一度強制的に呼吸を止めて、それから、少しずつ呼吸を抑えようとする。

 一度全ての空気を吐き出すと、だんだん、呼吸のペースがコントロールの内に戻ってくる。


「はぁっ、はぁっ……」


 私は、私自身を落ち着かせる。……胸の内の感情は、抑えようがないけれど。それでも、外的反応だけはなんとかして抑制する。

 気づけば、香狐さんの治療も終わっていた。既に、香狐さんに傷はない。

 荒い呼吸を整えながら、思考を停止させる。


 嫌だ、もう耐えられない。

 もう、何も考えたくない。

 考えてしまえば、私は、もう――。


 私は床にペタンと座ったまま、ただ涙を流して、その場に留まった。

 香狐さんは起きる気配もなく、気絶したまま動かない。


 どれだけそうしていたかわからない。

 ただ、しばらくして――ドンドンと、乱暴にドアを叩かれた。


「おい、いるのか?」


 藍ちゃんの声だ。……何を、しに来たのだろうか。

 香狐さんにトドメを刺しに来た? それとも、私を殺しに来た?

 藍ちゃんの声に答えないでいると、勝手にドアノブを捻られ、ドアが開かれようとする。

 けれど、ドアの前に座り込んでいた私がストッパーになって、すぐにドアの開きは止まる。


「……いるのか」


 それは、藍ちゃんに私たちの存在を知らせるのに十分だったらしい。

 ほんの小さな隙間からはロクに何も見えないだろうし、まして、ドアの前にいる私たちの姿なんて見えるはずもない。

 だけど藍ちゃんは、ドアが開かないことだけで、私たちがここにいると確信したらしい。


「貴様、そんなところで何をしている?」


 棘のある声が耳朶を打つ。


「何か、見せたくないものでもあるのか? だから、ドアを塞いでいる。そういうことか?」

「…………」


 好き勝手にまくしたてる藍ちゃんに、薄暗い感情が芽生える。


「目でも潰れたか。壁一面に、カウントダウンが刻まれているのが見えんのか? このカウントが我の思った通りのものであるならば、殺人事件が発生したということだろう。――この部屋では、空鞠 彼方と色川 香狐が共に眠りに就いているのだったな。ならば、事件を起こしたのは貴様ではないのか? ――これを聞いているのは、どちらだ?」

「…………」

「既に、神園 接理と雪村 佳凛の無事は確認している。あとは、貴様らだけだ」


 まるで、私たちのどちらか一方が【犯人】で、もう一方が被害者だと断定したような口調。

 ……そして、夢来ちゃんのことをまるっきり無視するその姿勢。

 ――反吐が出る。


「……【犯人】は、現場に戻ってくるって言うよね」

「ふん。何を言っている? ……そこにいるのは、空鞠 彼方か」

「そうだよ。……藍ちゃんが、香狐さんを殺そうとしたんじゃないの?」

「何?」

「香狐さんを殺そうとしたけど、トドメを刺し損ねたことに気が付いて、戻ってきたんじゃないの?」

「……ふん。それが、色川 香狐を殺した弁明か? あまりにもお粗末だな、空鞠 彼方。貴様の頭は、人を殺めることにしか使えないらしいな。自らを守るのは力不足らしい。――この、殺人者め」

「違うっ!!」


 私は激昂して、叫んだ。

 立ち上がって、香狐さんを少しだけ遠ざけて、ドアを開ける。

 唐突にドアが開いたせいか、驚愕に目を剝いた藍ちゃんと目が合う。藍ちゃんは警戒するように、ドアの前から数歩引いた。

 構わない。どうでもいい。


「香狐さんは、生きてるよ」

「――何? そんなはずがないだろう」

「……っ。確かめもせずに、勝手なことを言わないでよ!」


 私が叫んでようやく、藍ちゃんは私の足元にいる香狐さんに気が付いたらしい。

 香狐さんは確かに生きていて、息をして、胸を上下させている。

 その姿を、藍ちゃんも確かに認める。


「なっ――では、これはなんだ? この、カウントダウンは」


 藍ちゃんは、手のひらで壁を叩く。

 壁のカウントは絶えず減少し、今は『2:49:06』を示している。


 まだ、藍ちゃんは『その可能性』に気づかないのか。

 それとも、気づいていながら、否定しているのか。


「わからないの?」

「いや、しかし、まさか――」

「わからないなら……、教えてあげるよ」


 彼女の死体を見た衝撃を、頭の中で何度も反復する。

 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も――。

 死んでいる。確実に死んでいる。どう考えても――。


「夢来ちゃんが……っ」


 今まで私の中に押し込めていた認識を、言葉にして、世界に刻み込む。

 ……彼女の死を、確定的な、周知の事実に変える。


「夢来ちゃんが、屋内庭園で……殺されてたよ」


 私は苛立ちを込めて藍ちゃんを睨みながら、その認識を確定させた。

 言葉にして、改めて虚しさと喪失感に襲われる。

 そう……、夢来ちゃんは、死んでしまった。私は、もう……。


「……ぁ」


 虚無感と共に、私を繋ぎ止めていた何かが切れた。

 過呼吸に続き、魔力切れによる抗いがたい意識の喪失が私を襲う。

 ――そうだ。干からびた死体の修復に、致命傷の治癒なんて。魔力が持つはずがない。

 最後にそんなことを考えて、意識は混濁し、私の視界は黒く染まった。




――Fifth Case

被害者:桃井 夢来

死因:[活力吸収]による生命力枯渇?

発見時刻:午前5時33分


被害者:色川 香狐

外傷:胸部と背部への刺突

発見時刻:午前5時38分


――捜査、開始。

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