8 試行錯誤
キャロルが来て中断してしまったが、俺がすることリストの整理の続きをしよう。
次にすることは外の街に卸すポーション作り。
これまでは片手間で作って卸せる分だけ卸すというやり方だったがここ最近はかなり強い引き合いがあるので作らざるを得なくなってしまった。
うちの工房も徐々に知名度が上がってきているようだし、ここはちょっと頑張りどころだ。
あと、急ぎではないがやるべきこととして魔石の精錬作業がある。
この前の夏のオーク祭りで大量のオークを村で狩ったことで実はかなりの量の魔石が獲れた。
その魔石を製錬して魔力結晶に変える作業をしないといけないが、まあ、時間があるときにやればいいだろう。
ここ最近力を入れようとしていることは、いざという時の自分自身の備えだ。
どうやらこの辺境の地は、俺が思っていた以上に色々とヤバいことが起きる。
盗賊などの類は今のところ見掛けないが、この前の『茨の王』に遭遇したことは勿論、つい最近はダンジョンを見つけることになってしまった。
たまたまダンジョンが活性化してなくて、ソフィアさんもいたから良かったものの、魔物が溢れ出す現場に遭遇していたらと思うとさすがに肝が冷える。
そんな訳で俺も錬金術師だから戦えないなどとは言わず、いざというときに備えておく必要がある。
男として少なくとも自分自身と周りの人くらいは守れるようにしておきたい。
身体を鍛えたり、剣術の訓練をしたりということも少しずつやってはいるが、取り急ぎ、俺だけの武器を持てないかと思っている。
あまり大っぴらには言えないが錬金術はなにもポーションや薬を作るだけの技術ではない。
錬金術によっていわゆる兵器と呼ばれるものを作ることだってある。
今、俺が試行錯誤して作ろうとしているものもそういった物の一種だ。
この前の『茨の王』との闘いで俺の持つ分解スキルは戦闘にも使えることがわかったものの魔力の量にそれなりの自信がある俺にとってもかなりの負担となることがわかった。
それだけではなく敵が持つ魔力の量によっては完全に倒しきれないという事態も当然考えられる。
敵が1体であるとも限らず、その1体を相手にして魔力を使い果たして動けないとなってしまえばあとはもう死を待つだけになってしまうだろう。
ある意味では諸刃の剣であり、生きるか死ぬかの瀬戸際でしか使えない最終手段と考えた方がいいだろう。
俺は冒険者でも騎士でもないので剣を振ってもたかが知れている。
魔力があるので魔法の一つでも使えればいいのだが残念ながら攻撃魔法はからっきしだ。
そんなわけで錬金術を使って作ることができる武器となる有用なアイテムがないかと色々と研究しているというわけだ。
今日は久しぶりに纏まった時間が取れたので実際に作ってみることにした。
「う~ん、これはダメか」
作業すること1時間。
錬金工房の作業スペースにはコポコポと液体が沸騰する音が響いている。
実は師匠からは請求書以外の餞別として錬金レシピ集というものをもらっている。
基本的には俺が弟子として師匠の教えを受けていたときに受け継いだものが多いのだがそうではないものもそれなりの数あったりする。
だからその中に使えそうなものはないかと思って探してみたのだ。
その中に『マジックボール』という錬金アイテムがあった。
形状は普通のボールみたいな形をしているのだが、それを投げるとそのボールの中身に応じた効果が発生するというものらしい。
今俺が作ろうとしているのは投げて当てると爆発するという効果が発生するマジックボールだ。
必要となる素材は火炎苔に炸裂草に太陽花といういずれもちょっと珍しい素材たちだ。
とはいえ、火炎苔と炸裂草は山で採取できたし太陽花は庭に咲いているので用意自体はできた。
問題はそれらを使って実際に作ることなのだ。
師匠からもらったレシピがあるとはいえ、これは師匠が備忘録程度に書いたものなのでちょっと作業工程が省略されていたり曖昧だったりする。実際に師匠の指導のもとで作らされたもののレシピはその都度自分で補完することで完全に自分のものにできているのだが、そうではないアイテムはレシピだけでは師匠が本来意図したものを作ることができるとは限らない。
そういうわけでこうしてレシピを元にその内容の間隙を埋めるための工程が必要だったりするのだ。
「う~ん、何か違うんだよな~」
このマジックボール。
実は作成難易度はかなり高く、師匠による推奨技能レベルは上級錬金術師相当とされている。
そして何よりも問題なのはこの師匠が残したレシピそのものが実は完成品とは言えないことだ。
何を言っているのかと思われるかもしれないが、この師匠が開発したアイテムもまだまだ改良しなければならないことが多くあって、師匠自身が未完成扱いにしているのだ。
師匠が書いたメモ書きによれば「保管に難」「取扱い注意」「振動厳禁」とある。
恐らく、本来の用途は武器として敵にぶつけて使うことを想定しているのだろうけど、ちょっとした刺激や振動で敵にぶつける前に自分がその効果を実感してしまう自爆リスクが高くて危険ということなのだろう。
師匠はただの錬金術師ではなく実は攻撃魔法を使えるマルチな才能をもっているのでこうした錬金アイテムに頼らなくてもいいという事情があった。そんな訳でこのアイテムの改良は後回しにされ、この未完成とも言えるレシピがそのまま残っているというわけだ。
俺がこの錬金アイテムを自分の武器にしようと思えば、この師匠のレシピにさらに改良を重ね、俺自身のモノにしなければならない。
これは当然大変な作業ではあるが、錬金術師であれば誰もが通る道だ。
それが師匠を超えていくということだと言われている。師匠から教えられたものをそのまま作るだけなら凡百でもできるわけで、それだけではとても一流の錬金術師とは呼べないだろう。
こうして挑戦と失敗を繰り返すことも錬金術の醍醐味なのだ。
直ぐに完成させることはできないかもしれないが、時間があるときに試行錯誤をしていこう。




