閑話2 魔女の商い
※ 第三者視点です
「アルメリヒ様、今月のご報告に参りました」
王都の外れにあるとある錬金工房。
見た目が古くガタがきているそのくたびれた建物の前には、その建物に全くふさわしくない豪奢な馬車が横付けされていた。
「おや、もうそんな時期なのかね。時間が経つのは早いものだね」
細身のメガネを掛けた理知的な女性がお供の秘書である女性を連れて工房の中へと入ってきた。メガネの女性の頭髪は白く、その顔には皺が刻まれている。秘書の女性は若干若いとはいえ、茶色の髪には白髪が混じり始めている。
「それにしても商業ギルドのギルドマスターというのは暇なのかい? そんなのはそこの小娘一人に任せておけばよかろうに」
小娘扱いされ秘書の女性が一瞬眉を吊り上げるが直ぐに平静を保った。
「ご冗談を。アルメリヒ様を差し置いて対応しなければならない案件などそうはございません」
「そうかの? こんなババアを相手にしても金になるまいて」
「それでは今月のご報告ですが……」
老婆の言葉を聞こえなかったふりをしてギルドマスターによってつらつらと数字が報告されていく。
この工房では直接顧客に販売する他に商業ギルドを通じて各種商会に商品を卸して販売する、ある商品のレシピを特定の工房にのみ限定開示して製造・販売を委託する、レシピを広く公開してその使用料を得るという手法で売上を出している。
もっとも、弟子が独り立ちしてからはこの工房での製造・販売はときどき頼まれる上客からの個別依頼を受ける程度になっている。
「以上になります。代金はいつも通り100万ゼニー以上のまとまった金額はメインの口座にご入金し、それ未満の端数は新たに作られた口座へお振込みしております」
「ああ、それでいいよ」
「ところで新たに作られた口座についてですが、先月、今月とブラン様のお名前で10万ゼニーずつ入金がありました」
「おおそうかそうか、まずまず頑張っておるようじゃの」
老婆は嬉しそうに目を細めると話は終わりとばかりに工房の奥へと引っ込んでいった。
「ふう、いつ来ても寿命が縮まるわね」
「ギルドマスター、今のが?」
工房を出た商業ギルドの二人は店の前に横づけされた馬車に乗り込むとようやく肩から力を抜いた。
「ええ、あれがアルメリヒ様よ。そのうちあなたがわたしに代わって対応するのだからしっかり慣れておきなさい」
「それにしても小娘などと……」
秘書の女性の言葉にギルドマスターは「ふふっ」と笑みをこぼす。
「何がおかしいのですか?」
「いえね、わたしも初めて先々代のギルドマスターの秘書として初めてお会いしたときにもそう言われたのよ。懐かしいわね」
「ギルドマスターも……あの方はいったいおいくつなのでしょうか?」
「ヘレナ、世の中には知らなくてもいいこと、知らない方がいいことはゴマンとあるのよ。あの方との取引で商業ギルドは莫大な利益を得ている。それだけを知っていればいいわ」
二人を乗せた馬車がゆっくりと動き出す。
馬車がしばらく進んだところで向かいからやってくるこの馬車よりも豪奢な馬車とすれ違った。
「今の馬車は公爵家の馬車ですね」
情報が命の商業ギルドの出世頭であるヘレナが目ざとく気付いた。
「恐らくアルメリヒ様のところでしょう。4大公爵家はどこも顧客ですから」
それ以外にこんな王都の端に公爵家の馬車が来る理由もないだろう。
「底知れないですね」
「ヘレナ、よく覚えておきなさい。決して虎の尾を踏んではいけませんよ。商業ギルドにとって良いお客様、それでいいじゃないの」
二人を乗せて馬車は王都の中心部へと向かう。
長い間繰り返されてきたやり取りはこうして再びまた繰り返された。




