19 天下の副皇帝
飛空艇からまず最初に降りてきたのは騎士正装姿の赤毛の男だった。
ついこの間まで毎日のように見ていたその顔を確認してこの飛空艇の主が誰かを直ぐに悟った。
次に降りてきたのは茶色の長い髪のベージュ色のローブを身にまとった女の子だった。
この顔も俺にとっては見慣れた顔で次に降りてくるだろう人物を確信することができた。
先んじて降りてきた二人は周囲の安全を確認するかのように辺りを見回す。
そして赤毛の男、ルークが飛空艇に向かって合図をするとその中からゆっくりとした足取りで一人の女性が降りてきた。
輝くような金色のウェーブした髪が秋の日差しを受けて眩しいほどに輝く。
身に纏う最高級の生地で作られた赤を基調としたドレスはこの辺境の荒野にまったくそぐわない。
しかし、この場にいるすべての者たちの視線を集めるには十分な装いだった。
「レグナム王国第二王女、ユーフィリア・ラ・レグナム殿下である」
ルークはよく通った声でそう言い放つと紋章の描かれた旗を周囲に掲げて見せる。
知っている人は知っているあれは姫様の紋章だ。
少なくとも王家に仕えている者は知らないということはないだろう。
「王女殿下の御前である、一同頭が高い、控えおろう!」
「はっ、ははぁ~~~」
変わり身の早い代官が一目散に姫様の御前に駆け付けるとすぐに膝をつき頭を下げた。
どうしたらいいのかとお互いに顔を見合わせていた兵士たちも代官に倣い、武器を置くと代官と同じ姿勢をとる。
村人たちも最初はどうしたらいいかわからず右に左にお互い顔を見合わせていたが、村長が先んじて膝をつき頭を下げたことからみなそれに倣った。もちろん俺も膝をついて頭を下げる。
このシチュエーションはどこかで見たことがある。
学院時代に姫様が好んで読んでいた東の国から輸入した書物に書かれた物語にこんなシーンがあった。
たしか身分を隠して国内を漫遊していた副皇帝陛下が隠れて不正を行う役人どもを懲らしめるという話だった。
俺が過去を思い返しているとルークにエレン、そして姫様がチラリと俺の方を見たのがわかった。
しかし、姫様たちは今この場所に来たばかり。
いったいどうしようというのか。
そんな俺の心配をよそに赤髪の男,ルークが一歩前に出た。
「これはいったい何の騒ぎだ。そこにいるのはこの地の代官に相違ないな?」
「はっ、はい! そのとおりでございます!」
ルークの言葉に代官がさらに腰を折り頭を地面にこすりつけるように下げた。
ルークは姫様に視線を向けると姫様が軽く頷き口を開く。
「いいでしょう、説明することを許します。何があったのか答えなさい」
「はい、この村の者共が今年の税を納めることを拒否したのです。豊作であるにも関わらず、王家には麦一つたりとも渡さぬと息巻いておりまして……」
「待って下さいっ! 王女殿下、この者が言っていることは嘘です! 我々は決まりの税は納めております。この者は決まりの税では足りない、今年の税はいつもの3倍だと言って取り立てようとしたのです!」
代官の嘘の説明に異議を唱えたのは村長さんだ。
村長の言葉に村人は「そうだそうだ」と騒ぎ立てる。
姫様は困ったような表情を浮かべて代官の顔と村長の顔を見比べた。
そして何度か同じしぐさを繰り返すとさらに困ったような表情を浮かべる。
しかし、俺は見逃さなかった。
姫様の口元がわずかに歪んでいることを。
これは何かを企んでいるときの姫様の表情だ。
「これは困りましたね、いったいどちらの言うことを信じればよいのでしょうか?」
「王女殿下、王家の僕、代官であるこのわたしの言葉を信じられないとおっしゃるのですか! こんな下賤な輩の言うことなど聞くに値しませんぞ!」
「そんな、それは横暴です」
村長さんが困った表情を浮かべる。
「ではわたくしは、わたくしが最も信頼する者の言葉を信じることにしましょう。ブランよ、こちらへまいりなさい」
「はい、殿下」
俺はすっと立ち上がると姫様の御前へと進み出て姫様の目の前で膝をついた。
「ブランよ、先ほどの2人の言葉。どちらが正しいか答えなさい」
「はい、殿下。代官の言葉は真っ赤な嘘です。こちらのユミル村の村長カール殿の言葉が真実にございます」
「なっ、殿下! なぜこのような下賤な小僧の言葉を聞かれるのですか!」
慌てたのは代官だ。
それはそうだろう、奴からすれば俺なんてどこにでもいそうな村人Aだ。
しかし、姫様は何といって代官を納得させるのだろうか?
単に学院での同級生で友人の言葉だから信じましたと言って誰も納得しないだろう。
「ふむ、なぜわたくしが彼の言葉を信じるのか、とそういうことでしょうか。いいでしょう、ブランよ、あなたにわたくしが渡した餞別があるでしょう。今この場で出しなさい」
「餞別? あっ……」
たしか姫様からこの村に来る前に餞別としてもらった短刀があった。
姫様からお守りだから肌身離さず持っておけと言われたものだが実は茨の王と遭遇したときには持っていなかったのだ。
それ以降、いざというときに備えて外に出るときには予備の武器として肌身離さず持つようにしていた。
「これのことでしょうか?」
俺は姫様の目の前に彼女からもらった短刀を差し出す。
立派な装飾の施されたそれはおそらくそれなりの価値があるものだろう。
「そっ、それはっ……」
しかし、代官がその短刀を目にするや顔を真っ青にして絶句してしまった。
なんだ?
この短刀に何かがあるのか?
「それは巡察使様の証の短刀でございますね」
「巡察使?」
村長さんの口から出た言葉を思わず反芻した。
巡察使とは貴族や役人たちの不正を調べ暴くといういわば王家の諜報員のことだ。
その力はまさに国王陛下の代理人としてのものと言っても過言ではなく、そこらのお役人はおろか高位貴族でも震え上がると言われる絶対権力である。
そんな巡察使の証を俺が持っていたと……。
ん? ということはどういうことだ?
「巡察使であるブランの見たこと、聞いたことはすべて国王陛下が見たことであり聞いたこと。そして、ブランが語る事実は揺るぎない事実であるということです」
姫様がそう宣言すると村人たちは大いに沸きあがる。
その一方、代官は両膝を地面につくとがっくりと項垂れその両手を地面についた。




