14 収穫
夏の暑さもすっかりなりをひそめ秋の色合いが濃くなってきた頃。
俺は朝も早くから鎌を片手に汗を流していた。
「お~い、そろそろ休憩だよ~」
キャロルの言葉に俺は屈めていた身体を起こして身体を反らした。
いつもはしない姿勢で作業をしていたから身体中がバキバキだ。
今日は村で一斉に小麦の刈り入れをする作業日だ。
この日はユミル村の慣習で農家ではない者も手伝うということになっているそうで俺も朝からこの前作ってもらったばかりのミスリル合金製の鎌を片手に借り入れ作業をしている。
夢中で作業をしていたため気付かなかったが既に作業開始から2時間が経っていた。
「いつの間にかこんな時間になっていたんだな」
俺は額の汗をぬぐうと用意されていた休憩場所へと向かう。
「ブラン、お疲れ様。はい果実水」
「おっ、ありがとう」
キャロルから渡された果実水の入った木のコップを受け取り俺は一気に飲み干した。
この酸っぱい味はレモンだろう。
疲れた身体にすっきりとしたレモン果汁の入った冷たい水が染み渡る。
「ぷは~、美味いな」
「でしょう? 作業の後のこのいっぱいはやっぱりたまらないよね」
農作業に慣れているキャロルでも汗で既にそのショートカットの濃い紫色の髪はしっとりと濡れている。秋に入って涼しくなったとはいえ作業をすれば汗でだくだくだ。
果実水を呷ったキャロルのこめかみから汗がひとしずく流れると汗は彼女の顎の下で水滴状になって溜まっている。
「それにしても今日はいい天気だな」
「そうだね、でもかなり涼しくなったからまだいいけどね」
空を見上げると青い空に太陽はもうすぐ頂点に達しようというくらいの場所にある。
ここ最近は工房に籠っていたことも多かったからこうして外で作業をするというのはたまにはいいものだ。
「それにしても村全体で作業をするんだろ? 今日だけで終わるのか?」
「さすがに今日一日じゃ無理だよ。でも、みんなが手伝ってくれれば後はわたしたちだけでもそこまで時間がかからないからね」
午前中に限ってはどんな職業の人でも必ず農作業に参加するというのがこの村のルールとなっている。
こうして村人全員で収穫作業をしたというのが村全体の連帯感を高めるのだとか何だとか。
午後からは夕方から始まる収穫祭というか収穫パーティーの準備をする人だけは作業から抜けることが許されている。
俺はそっちの手伝いをする予定はないから夕方まで丸一日農作業だ。
「ブランは慣れてないんだから無理しちゃダメだよ」
「いくら錬金術師とはいえそこまでひ弱じゃないぞ?」
キャロルに対して俺は虚勢を張る。
まあ、年頃の男というものは得てして女の子に見栄を張りたいバカな生物なのだ。
正直、今の状態でも日頃使わない身体の筋肉に疲れが溜まっているのが自分でもわかる。
これは筋肉痛の薬を用意しておいた方がいいかもしれないな。
「お~い、いつまでくっちゃべってるんだ!」
遠くからあれはたしかキャロルのお父さんだと思うが、中年の男の人がこっちに向かって叫ぶ声が聞こえる。
キャロルは「ヤバっ」と言って俺に手を振ってから作業に戻っていった。
「さて、俺ももう一仕事しますかね」
俺は再びミスリル合金製の鎌を手に持って作業場所に戻っていった。
「ふっ、ふぅ~~~~。終わったか……」
太陽が傾き、空が茜色に染まった頃。
ようやく今日の作業が終了した。
あれから昼休憩と午後の休憩はあったもののほぼ一日黙々と作業をしたので身体中が悲鳴をあげている。
キャロルのような農家の人たちは大丈夫だろうが俺のように日頃は作業をしていない人たちは俺と同じ目にあっているかもしれないから収穫祭で筋肉痛の薬を売ってもいいかもしれないな。
村の人たちを相手にするわけだし、晴れの場でお金のやり取りをするのは無粋だから代金は後払いでいいだろう。
俺は工房に戻るとそのための準備をして祭りの会場に向かった。




