7 再訪
ウィースキーの用意ができると俺は再びボルグさんの自宅を訪ねた。
「おっ、待ってたぜ!」
自宅のドアを叩くと今日は直ぐにボルグさんが出てきた。
俺はボルグさんの自宅の中へと招かれ、護衛の皆さんには家の外で待ってもらうことになった。
ボルグさんの自宅は太い丸太で組まれたログハウスで家の中も当然のことながら木の濃い香りがする。
リビングだろうか、広い部屋に通されるとそこには立派な一枚板で作られた大きなテーブルがあった。
俺はそのテーブルに備え付けられていた丸太を切って作られた簡素な椅子に座るよう促された。
「これが俺が用意したお酒です」
俺は鞄の中からウィースキーの入ったボトルを1本取り出しテーブルの上に置いた。
「ほお、あまり見ない色だな」
テーブルの向いに座っていたボルグさんが前のめりになってテーブルの上に置かれたボトルを見ている。
「飲んでもいいよな?」
「ええ、勿論です」
ボルグさんはグラスを用意するとボトルを開けてウィースキーをグラスへと注いだ。
――トクトクトクトク
琥珀色の液体がどんどんとグラスを満たしていく。
その度に尖ったような癖のある匂いが鼻孔をくすぐった。
「なかなかクル匂いじゃないか。しかし味はどうかな?」
ボルグさんはグラスを右手に持つと上から横から下から舐めるようにそのグラスを見回した。
そしてグラスに口を付けると一口舐めるようにウィースキーを口に含んだ。
「ほおっ、こいつは……」
ボルグさんは二口目を口に含むと今度は直ぐには飲み込まずに口の中にウィースキーを含んだままゆっくりと味と香りを確かめる。
そして無言のまま、ゆっくりと三口目、四口目と少しずつウィースキーをその小さな身体の中に収めていった。
「…………」
その様子を俺は固唾を飲んで見守る。
「おい、兄ちゃん。たしか名前はブランと言ったな?」
「はっ、はい。ブランです」
「ブランよ、この酒、いったいどこで手に入れた?」
ボルグさんはギラギラとした瞳で俺を真っ直ぐに見つめる。
「いえ、それは……」
「おっとすまねぇ、こいつはやっちゃいけない質問だったな」
俺が答えようとしたところでボルグさんは一転、その質問を取り消した。
「お前さんは俺が満足できる酒を用意する。その対価として俺がお前さんの頼みに応じたモノを造る。そうだな?」
「はっ、はいっ!」
ボルグさんはそう言うとふーっと一つ大きく息を吸い込んだ。
「いいぜ、交渉成立だ。お前さんの熱意とこの酒に免じてお前さんの頼みを聞いてやる。ミスリルでもアダマンタイトでも何でも持ってきやがれ」
「あっ、ありがとうございますっ!」
俺は思わず立ち上がって頭を下げた。
その様子を見たボルグさんが俺に小声で聞いてきた。
「だからよ、この酒をどこで手に入れたか教えてくれねぇか? 聞いたからって今さら約束を反故にすることは絶対にしないからよ。頼むから教えてくれねぇか?」
必死な顔をして頼み込んでくるボルグさんに俺は思わず笑ってしまった。
「なに? ってことはこの酒、お前さんが造ったってことか?」
「はい、そうなりますね。一応……」
ボルグさんは2杯目のウィースキーのグラスをその手で弄びながらしげしげとグラスの中身に目を落とす。
どこで手に入れたか。
つまりはどこで買ったのかということを知りたかったのだろうが生憎とこれは他から買ってきたものではない。
ただ俺が造ったことは間違いないものの一から十まで師匠のレシピ通りなので最後はちょっと自身なさげな物言いになってしまったのはご愛嬌だろう。
「しかし、こいつは1日や2日でできる酒じゃねぇだろ? それこそ何年もかけて造る至高の一杯のはずだ。そうだろ?」
「まあそこのところは秘密ということでお願いします。今日は他にも何種類か造ってきていますのでこれもどうぞ」
俺はそう言って鞄の中からウィースキーのボトルを数本出してテーブルの上に置いた。
ボルグさんの目が俺の取り出したボトルに釘付けになる。
「今飲まれているものと同じ製法で造ったお酒ですが多少味や風味が違うと思います。こちらも試してみて下さい」
ボルグさんは別のグラスを用意すると俺が用意したもう一つのボトルに手を伸ばした。
そして栓を開けると少量をグラスへと注ぐ。
「色はほとんど同じだがこの香り。さっきのとはちょっと違うな」
ボルグさんはそう言ってひと口だけゆっくりと口に含むとウィースキーを口の中で転がしながらその味と風味を確かめる。
「なるほど、たしかに違う。ただ、どっちがいいとか悪いとかじゃねぇ、好みの次元だ。しかしこの酒、奥が深いな……」
ボルグさんはそう言うと俯き腕を組んで黙りこんでしまった。
「……ボルグさん?」
しばらく待ったが一向に動き出さない目の前のドワーフに恐る恐る声を掛ける。
俺の言葉から数秒。
ゆっくりとボルグさんは顔を上げた。
「なあ、ちょっと相談したいことがあるんだけどよぉ」
「はい?」
ボルグさんからの相談。
それは俺が思ってもいなかった話だった。




