6 試飲
あれから2週間ちょっと。
俺はお酒の貯蔵用の倉庫へとやってきた。
「さて、どんな具合かな?」
いくつかの樽を作業用スペースに運び、そこで樽の栓を抜く。
そして用意したガラスのビーカーに注いでみた。
「おおっ、なんだか良さそうな色だな!」
樽詰めでは無色透明だった原酒が今や琥珀色になってキラキラと輝いて見える。
匂いを確認すると当初強めだった炭のスモーキーな香りも程よくまろやかにかつ落ち着いたように感じる。それ以上に樽に使われていた木の爽やかな匂いを感じることができた。
「さて、試飲といきますか」
ビーカーからコップに移してさらに水を加えてアルコール度数を調整する。
今回は蒸留の回数を最低限度にしているので原酒の段階でもそこまでアルコール度数は高くない。
しかし、俺は元々そこまで強いお酒を嗜んでいるわけではないのでこうでもしないと試飲にならない。
「……正直、良くわからん」
強い酒精と鼻を付く強烈な香り。
樽の木の匂いも合わさって独特の風味を持ったお酒ができたことは間違いない。
しかし、その良し悪しを判断するだけの舌と経験が俺にはなかった。
「というわけで皆さんにお越しいただきました」
倉庫に来てもらったのはいつもの村長さんに宿屋兼食堂を経営するオットーさん、この村でお酒造りをしていてこの倉庫の管理もしているニコラさん。
そして……。
「あの~、どうしてわたしが呼ばれたのでしょうか?」
紅一点、司祭のソフィアさんにも来てもらった。
「いえ、男性だけではなく女性の意見も聞いた方がいいかな~と」
「本当ですかぁ~?」
胡乱気な目で俺を見るソフィアさん。
うん、鋭い。
本当のところはお酒といえばソフィアさんという図式が俺の中でできてしまっているのが大きい。
あの夜のことを俺は忘れないだろう。
しかし、それだけのために多忙なソフィアさんを呼んだりはしない。
「確かにこのお酒はボルグさん用に造ったものですが、そのうち他の人にも飲んでもらう機会があるかもしれませんし。女性でこの村の出身者ではないソフィアさんの意見も聞いておきたいというのがあってですね……」
「わかりました。わたしも新しいお酒には少し興味がありますので」
ソフィアさんは『少し』という言葉をことさら強調する。
やはり女性は酒飲みだとは思われたくはないのだろうか?
そんなやり取りをして4人にはできたウィースキーを試飲してもらった。
好みがあるだろうから加水については自分で調整してもらってというようにしてみた。
「これはかなり独特というか癖があるね」
「そうだな、食べ物に合わせる場合はそれなりに組み合わせを考える必要があるな」
「こんなお酒もあるのですね。勉強になります」
村長さんは一般人男性の代表として、オットーさんは料理人の視点から、ニコラさんはお酒造りをしている立場からの感想がそれぞれ出てきた。
「それでどうでしょう? これでボルグさんを納得させられるでしょうか?」
「お酒として一応の完成と言ってもいいのだとは思います。あとは好みの問題でしょうからそこはもうどうにもならないのではないかと?」
ニコラさんの意見を聞きながらこの後、他の樽から出したものもみんなに試してもらったが、樽の材料の木の種類によって微妙に味や香りが違うという。
正直、俺にはその差が良くわからなかったが個性が強いだけあってちょっとした違いで出来上がりがまったく違う面白いお酒だというのが俺を除く4人の一致した感想だった。
今後はどんな材料の樽で仕込むのが良いのかや、できたウィースキー同士を混ぜて新しい味わいのウィースキーを作ってはどうかと俺以外の4人で何やら盛り上がっている。
「それでボルグさんにできたウィースキーを持っていってもいいでしょうか?」
「そうだね、出された課題に対する答えにはなっていると思うよ」
「一つのお酒として粗削りではあるが完成されているといえるだろう」
村長さんとオットーさんからは前向きな意見を聞くことができた。
「件の人物はドワーフで酒精の強いお酒を好むのだろう。であれば加水をしていない樽出し原酒のもの、加水をして自分が一番いいと思う味わいのものを樽ごとに数種類持っていってはどうだろう」
「そうですね。好みもあるでしょうし数を揃えればそれだけ可能性が高まるでしょうし」
ニコラさんとソフィアさんにそう言われて俺はアドバイス通りに樽の種類ごとにウィースキーをボトルに詰めて再びボルグさんの住処を尋ねる準備を進めた。




