魔王の首
しばらくのち、つぐみと璃々が勇者の屋敷に戻ってきた。
優も目を覚ました。いろいろ話したいことがあったものの、まずは全員で話をするのが先だろうということで、関係者全員が一部屋に集まった。
会議室。
勇者の屋敷は広く、普段全く使われていないこういった部屋も存在している。乃蒼や他のメイドたちのおかげで清掃は行き届いているため、こうして集まっても全く問題なかった。
大きめの机に、全員が座る。俺、乃蒼、鈴菜、つぐみ、璃々、一紗、春樹、優だ。
結局、優の件は棚上げという状態になっている。
優も一紗も、顔が青い。俺だってあまりいい気分じゃない。三人が三人、席を離して座っている。
俺はここに足を運ぶことが、かなり億劫であったことを否定しないでおこう。
「――以上が、俺たちの経緯だ」
春樹が自分たちの体験をまとめ、俺たちに話をしてくれた。
この世界へ四人同時に召喚されたこと。
強いスキルを持つ御影君が、貴族たちに囲まれ贅沢な生活をしていること。
現代知識を利用して、金と情報を集めたこと。
貴族たちの横暴に耐えかね、女王である咲に直訴したこと。
そして、魔王レオンハルトを倒したこと。
俺としては、ついさっき春樹に言われた元の世界に帰る件が非常に気になる。気になりはするんだが……今は忘れよう。目下最大の脅威はそこじゃない。
「御影君は本当に俺と戦うつもりなのか? あの御影君が?」
御影君が俺を狙っている。それは、例の暗号手紙にも書かれていた警告だ。
だが俺としてはいまだに信じられない。御影君は大人しくて、いつも加藤にいじめられていた。正直何を考えているか分からないところはあったが、他人に暴力を振るったりするような人間ではなかったはずだ。
「匠、君の言いたいことはわかる。だがもう奴は学園にいた頃の御影じゃない。煽てられて調子に乗って、ファンタジー小説の主人公を気取ってるクズだ」
「クズって、ひどい言い方だな」
「妙な同情は止めたまえ。あいつはクズだ。会えば分かると思うがね……」
春樹が吐き捨てるように言った。隣にいる優も、何も反論しようとはしない。どうやら、互いに思うところがあるのだろう。
「調子に乗るって、そんなにすごいスキルなのか?」
「結局、彼のスキルについて調べることはできなかったがね。貴族たちの反応を見る限り、攻撃だけでなくいろいろなことに応用できる強スキルだ。少なくとも加藤のスキルよりは厄介だと思ってくれていい」
「……そこまでか」
加藤のスキルは強かった。時間さえあればどんな薬でも無限に生み出すことができる。あれを上回るということは、途方もない厄介さということだ。
「俺たちは魔王レオンハルトを倒した。貴族たちは魔王と同盟を結んでいたらしくてな、あそこに魔王がいたんだ」
「ありえない話ではないが……」
つぐみがそう言った。
確かに、貴族が魔族と結んでいたというのは俺達も知っている。しかし、魔王自らあの地に赴いているとは、さすがに思っていなかった。
「偽物ではないか、と君たちは思ったかもしれないね。魔族の中にはそうやって人間を騙す輩もいるだろう。証拠を持ってきたから、確認して欲しい」
もちろん、春樹が言ってる『騙す』とは偽者だった優のことだろう。
「首だ」
布に包まれた、スイカぐらいの大きさをした何かを春樹は机の上に置いた。
「島原や柏木には少々刺激が強いと思う。見たい者だけこちらに集まって欲しい」
もうすでに真っ青になってる乃蒼への気遣いは感謝する。
乃蒼以外の全員が、その布の近くに集まった。春樹は、乃蒼から見えないようにゆっくりと布の包みを開いた。
「…………」
首だ。
金髪の大男。白目をむき絶命しているその姿は、まるでさらし首にあう重罪人のようだった。
「あたしたち、魔王に会ったことないわ……。顔、分からないわよね」
一紗がそう呟く。
この中で魔王に会ったことのある人間はいない。確かに、顔を見せられても判断することは難しい。
でも、俺は……。
「似てる……」
俺はこの男の顔を知っている。
似ている。
かつて迷宮で出会った祭司ミゲル。あいつが拝んでいた黄金像に、似ているように思えた。
「魔王の像を拝んでる魔族に会ったことがある。その時見たものとかなり似てると思う」
「優のスキル、〈交友法〉は対象の名前と職業を知ることができる。その精度は百発百中。間違いはないと思うがね」
「これは私見なんだけど、魔王は身代わりを用意したりなんてしないと思う。どちらかといえば、魔族は人間を舐めているところがあったからな」
「なるほど、それならさらに確実性が……。っと、そういえば匠。未使用のバッジが一個ある。これは君に預けておこう。有効に使いたまえ」
春樹がそう言って、懐から緑色のバッジを取り出した。
これは……異世界人が固有スキルを使うために必要なバッジ。二十四時間しかもたないものの、俺はまた〈操心術〉を使えるのか?
「もっとも、御影相手にスキルでどうこうできるとは思えないがね」
俺のスキル、声飛ばしただけで相手を支配できるんだけど、それでもだめなのか?
そんなことを考えていた俺は……ふと、その音に気が付いた。
魔王レオンハルトのものとされている首だ。
かたかたと、机が揺れている。まるで誰かが貧乏ゆすりをしているかのような音は、明らかにその首から発せられていた
こ、こいつ……動いてる!
首が動く。
そんなホラー映画の一幕にありそうな光景に遭遇し、この場にいる全員が戦慄した。
「ひっ……」
布から転がるように机の真ん中へとやってきたその首。偶然目が合ってしまった乃蒼が、悲鳴にも似た声を上げる。
「お、おい、こいつ生きてるんじゃないか?」
「グリューエンっ!」
一紗が動くのは早かった。すぐに構えていた魔剣を開放し、レオンハルトの首に炎を叩きつける。
炎に巻かれたその首は、かたかたと笑いにも似た音を奏でていたが……やがて動かなくなってしまう。
今度こそ、死んでる……よな?
「……申し訳ない。何度も確かめたつもりだったのだが、まさか……こんなことになるなんて……」
春樹が謝った。
あの状態で生きているとは思わなかったのだろう。俺だって、首だけで動き回る魔族を見るのは初めてだった。
乃蒼には悪いものを見せてしまったな。気を失ってはいないものの、座り込んでプルプルと震えている。
「誰か、乃蒼を寝室に連れてってくれ」
俺が手を叩くと、部屋の外に控えていたメイドが入ってきた。
一人が、乃蒼を連れて行く。今日ここで決まったことは、後で彼女に報告することにしよう。
「さて、今後の……ことについて話をしよう」
場の停滞した空気を切り替えるように、春樹が口火を切った。
「どのようにして元の世界に帰るか、だ」
元の世界、か。
「むろん、この世界が気にいっているという者も多いだろう。俺はその点について十分理解している。が、やはり元の世界に帰りたい、あるいは一度親や友人に顔を合わせたいと言う者も少なからず存在するはずだ。我々は、その手段――つまりは『帰還の腕輪』を探すべきだと思うが」
帰りたい者というのは、俺や乃蒼のことも含んでるんだよな?
鈴菜や一紗は、俺が帰ると言ったらなんというだろうか?
「魔王がその魔具集めてるって聞いたことあるわ」
俺のことなど全く知らない一紗が、そうやってアドバイスを付け加えた。
「なるほど、魔王か。これは盲点だったね。奴の部屋を漁っておけば良かった。どうやら、貴族の亡命地に戻る必要があるようだな」
「春樹、大丈夫なのか? フェリクス公爵とは敵対してるんだろ? 御影君だっているし、危険なんじゃないか?」
「リスクを冒さなければリターンは得られない。それに、この件で咲が旧貴族たちを擁護する可能性も低いだろう」
「咲は魔王の件について知ってるのか?」
「俺が使者を出して伝えた。阿澄女王陛下はお怒りだ。近々、亡命貴族たちには懲罰が加えられるだろう」
まあ、魔王と協力なんて誰がどう見ても重罪だ。殺されてもおかしくないぐらいに。
「だが俺はさらに踏み込んで、マルクト王国とグラウス共和国の共同出兵について提案する。赤岩大統領、この提案をのんでもらえるかね?」
つぐみが顔を強張らせた。
「以前出兵を断られたことがあるのだが、咲には色よい返事をもらえるのか? お前だけで決められる話ではないだろう?」
「その時とは状況が違うと思うがね。そして俺は特使として王妃に話を付けることが可能だ」
以前、俺やつぐみが話していたことに繋がる。確かにあの時は、国家間の障害があったから上手くいかなかった。
だが、魔王という話、そして春樹という存在がある今なら……。
こうしてみると、春樹が一流の外交官のように立ちまわっているな。やっぱりこいつはハイスペックだ。異世界に帰る件も、話を素直に聞いておいた方が。
でも……俺は……。
「大軍、そして匠のスキルを使って御影を叩き潰そう。それが現状で最良の策だ」
春樹がそう言い切った。
「理にかなっているな」
つぐみが納得したように深く頷いた。大統領として、この件を承認したということだろう。
「可能な限り迅速に、王妃に話を付けてくれ。こちらも軍を近くの州に集結させよう。」
こうして、俺たちと旧貴族との戦いが始まった。




