魔王との戦い
マーリン地区郊外、とある山の洞窟にて。
時任春樹は洞窟に身を伏せていた。
入り組んだ鍾乳洞の洞窟は、ところどころ行き止まりや狭い穴が存在する。身を隠し、離れた相手と会話するにはもってこいの場所だ。
静かな洞窟に、誰かの足音が響いてきた。
春樹は目で確認していないが、この足音の主が何者であるかは察している。今日、自分が手紙を使ってここに呼び寄せたのだから。
レオン公爵。
そう名乗っているこの男が魔王であることは、すでに確認済。国王を軽く脅したら、ペラペラと喋ってくれた。
「魔王レオンハルト」
春樹の声が洞窟に木霊した。レオンの足音もその時点で止まった。
「……何者だ?」
「君たち魔族はなぜ人間を襲うのかね? 食料? 土地? あるいは生物学的な要因が?」
「異世界人か……」
「…………」
「我は魔王。魔族の王。種を代表してその問いに答えよう」
春樹はレオンハルトの姿が見えない位置にいる。したがって今彼がどんな表情をしているか分からないが、声色だけで判断するとかなり冷静な部類に属すると思う。
「強き者を屠り、弱き者を蹂躙す。これが強者の務め、森羅万象の理。我らは戦いの中に喜びを見出し、勝利を誇りとしておる。理解されよ異世界人殿。我はそなたたちの……紛うことなき敵だ」
「それを聞いて安心した」
春樹の見立てでは、レオンハルトと貴族たちは勇者が邪魔だからと同盟を組んでいる。だがそれは強い者と戦いたいと言う魔王の言葉に矛盾する。
他に理由があるのか? とあれこれ考えてみたが、やはりどんな理由であったとしても好戦的な者が異種族と同盟を結ぶのは不自然だ。
何か嘘をついているか、隠しておきたい内容があるらしい。
だが春樹にとってそんな些細なことはどうでもいい。レオンハルトが悪役っぽく残酷な言葉を吐いた、その事実自体が重要なのだ。
「――イグニッション」
春樹はスキル、〈発火陣〉を起動する。発動先はもちろん、人が通れないほどの小さな穴を通して繋がっている、魔王レオンハルトがいる空間。
瞬間、大気が爆ぜた。
春樹のスキル、〈発火陣〉は炎を出現させるスキルである。確かにその威力は多少なりとも強くはあるが、ここまで爆発的に衝撃と熱を発生させるものではない。
この爆発の正体は、爆薬。
加藤達也のスキルで用意してもらった爆薬だ。
むろん、春樹自身が〈創薬術〉の使用を加藤に依頼したとしても、断られるのがオチだ。そこには一つ、彼の小細工がある。
人を雇い、加藤に依頼させたのだ。
粗暴な、それでいて暴力と性欲に支配されているような男だ。金を握らせれば喜んでこの件を承諾してくれた。
加藤がどういう人間に好意を抱くか。普段から教室で彼の様子を見ていた春樹は、十分知っている。
春樹の位置からレオンハルトの姿は確認できないが、爆風は彼の体に直撃しただろう。
だが、それだけだ。
用意した爆薬は、せいぜい第十レベルの魔法より少し上の威力。とてもではないが魔王を倒せるほどではない。
こんなことで魔王を倒せるなら、どこかの冒険者が魔族を滅ぼしているはずだ。
爆弾はただの布石。
本当に必要なことはそう、爆風を利用して魔王をそこへ押し込むことだ。
春樹は洞窟を歩き、魔王レオンハルトがいたであろう入り口近くにやってきた。そこには燃え上る爆弾の残滓と、レオンハルトらしき人影が見えた。
「いまだ、やれっ!」
春樹はそう叫んだ。別に口にする必要はなかったが、このタイミングであってほしいという願望があった。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
その瞬間、優の声を響いた。
事前の計画通り、洞窟の上側からレオンハルトのもとへと飛び降りたのだ。
「――解放っ!」
瞬間。
五十を超える魔剣・聖剣がレオンハルトを巻き添えにしながら発動した。炎、雷、砂、木、氷、海、風、暗黒。混沌としたその属性は、力の奔流となってレオンハルトの体を引き裂く。
聖剣・魔剣の同時発動。
それこそ時任春樹が魔王を殺すために発案したアイデアだった。
阿澄咲の援助のもと、国中の貴族、富豪から魔剣・聖剣をかき集めた。それを厚めの木の板に固定し、優に装備させる。
もっとも、こんな不安定で重さのあるものを簡単に振り回すことなんてできない。勝負は奇襲に持ち込まなければならなかった。
「――ああああああああああああああああああああああっ!」
レオンハルトの叫びが洞窟の中に木霊した。
「…………」
魔王の叫びを聞いた春樹は、ゆっくりと彼のもとへと近づいた。先ほどの攻撃の余波で、爆薬の炎は完全に消え去ってしまっている。
そこには、大量の剣で串刺しにされた魔王がいた。目は白目を向き、口を避けるほどに広げ、体中からおびただしい血を流した……ただの死体に見える。
隣には気絶した優が倒れていた。
「ミッションコンプリートだ、優」
聖剣・魔剣を五十本以上同時発動。
いかに適性が高い園田優であっても、その荒業はかなりの負担だった。固定された剣に手をかけたまま、彼は気絶してしまっていた。
命に別状がないことは、事前の実験で確認済み。それでも優に多大な負担をかけたことは、申し訳ないと思っている。
だが、すべては必要なことだ。
「これで、すべての条件が整った」
レオンハルトが悪人らしい台詞を吐いてくれたことも幸いした。僅かな躊躇を残していた優に、最後の決断をさせたのがあの言葉だろう。
これで、次の計画を始動できる。
「――我らがハーレム王と、感動の再会だ」
足音と独り言を響かせながら、時任春樹は洞窟を歩き始めた。




