手紙の到着
朝が来た。
広い部屋の窓。カーテンの隙間からベッドの天蓋へ、一日の始まりを告げる陽光が差してきた。
「…………」
俺はぼんやりと目を覚ました。
「……ZZZZZZZ」
隣には一紗が寝ている。
ねぼすけ一紗より遅く起きてしまうとその日がちょっと憂鬱になってしまう。だから起き抜けのベッドにこいつがいるとちょっと安心だ。
隣では璃々が寝ている。いつも俺より早く起きるのだが、今日はこっちが勝ってしまったらしい。
ふと、話し声が聞こえた。
つぐみだ。
ドアの前で誰かと話している。
「閣下、こちらが……」
「ああ、分かった」
どうやら緊急の要件らしい。俺の寝室でありつぐみの寝室であるここへ仕事が持ってこられることはまれだからだ。
手紙のようなものを受け取って、ドアが閉められる。
手紙? 手紙なら急ぎではないかな?
寝ているときは一糸まとわぬ姿だったつぐみ。目覚めたばかりということもあり、今は薄手のガウンを身に着けているだけだ。
……エロい。
ソファーに腰掛け、真剣な表情で手紙を眺めている彼女に、俺は抱き着いた。
「……ひゃわ!」
「仕事と俺、どっちが大事?」
「……あっ、ご主人……様ですぅ。つぐみはご主人様が一番ですぅ」
うんうん、嬉しいな。
つぐみの髪を撫でながら、俺はゆっくりと耳元でささやいた。
「俺もその手紙、読んでもいい?」
「……ぜ、全然問題ない手紙だからぁ」
別に無理やり読むつもりはなかったが、この返答を聞く限り俺が読んでも問題ないものらしい。
「……?」
「これは……?」
じゃれ合っていた俺とつぐみだったが、その手紙を見て目を丸くした。
この世界の文字は日本語だ。それは俺たちが召喚時特典の翻訳スキルでそう見えているのか、それとも本当にこの世界の文字が日本語なのかは分からないが、とにかくそう見える。
だが、目の前の文章はそんな俺から見ても意味不明だった。日本語としても英語としても成立しないようなアルファベットの羅列が、ただひたすらに書き込まれていたのだ。
IHeArXeAs……。以下、アルファベットが続いている。
「なんだこれ? 国家間の暗号か?」
「……これは、元素記号だ」
すっかりまじめな大統領モードに戻ったつぐみが、そう答えてくれた。
げ……元素記号。
俺は残念ながら化学の成績が(『が』というか『も』)あまり良くない。元素記号なんて炭素水素酸素ぐらいしか覚えてない。
「……いや、確かに元素記号であることは断言できる。しかしなんだこれは? それだけでは何も……」
「見せてくれないかな?」
そう言って、俺たちの背後から手紙を奪ったのは鈴菜だった。ぼさぼさの髪に全裸。
いやさ、ここ俺の部屋だからいいんだけどさ。起きてるなら先に何か着ろよ。
「ここに書かれている元素記号は全部で26種類だね」
「つまり?」
「周期表の右側、ヘリウムを含む計26字分をアルファベットに見立てて、ローマ字の文章を組み立てている。一番初めのヘリウムはA、炭素がB、以下右下へ続いていき……最後のラドンがZだ」
「なるほど、原子番号ではなく周期表でアルファベットを当てているのか。これはなら訳せそうだな」
わ……分からねぇよ。
鈴菜とつぐみがあれこれ話ながら紙に手紙の内容を翻訳している。
難しいので、俺はもう考えるのを止めた。
っていうかあの手紙、誰が書いたんだ?
「……お母さん、着替えー」
寝ぼけた目をこすりながら、一紗がそんなことを言った。
一紗ちゃんはかわいいなー。
かりかりと、鉛筆を走らす音が聞こえる。授業中の教室を思い出す。
「できたね」
俺が一紗に服を着せている間に、鈴菜たちは翻訳を完成させたらしい。
すまぬな一紗、あとは一人で着替えてくれ。
「俺も読んでいいんだよな?」
「問題ないね。匠と、僕宛だ」
俺と、鈴菜宛て?
俺は鈴菜たちが翻訳を書き記した紙へ目を落とした。
異世界人、時任春樹が記す。
敵に見られた時のため……ここに必要最低限の情報しか書かない。
俺たちは貴族たちに召喚されこの世界へきた。
――匠へ。
御影新に注意しろ。
俺たちのクラスなら皆が知ってる。あの御影だ。
御影は島原さんに片思いだったらしい。その件で例の公爵に敵意を焚きつけられている。
そう遠くない将来、御影はお前を襲いに来る。奴は魔剣や聖剣を凌駕する最強のスキルを持っている。
注意しろ!
――鈴菜様へ。
この暗号を解読できると信じていました。
あなた様の発明した風魔法遠心分離機には、感動を覚えました。こんなものは俺には思いつかない。自分の未熟さを呪うばかりです。
近日中に、そちらへ参ります。その時は、この世界の様々な技術をご教示いただきたい。
……と、いうのがこの手紙に書かれた内容だった。
まさか、春樹がこの世界にやってきていたなんてな。
「彼は相変わらずだね」
春樹は俺の友人であり、鈴菜と双璧を成すクラスの……否、学園の天才だ。テストの点数はもちろんのこと、噂では大学レベルの論文をすでに完成させているらしい。
対して俺は元素記号すらまともに覚えてない底辺。勉強する気を出せばできる子、とは信じたいがどこまでできるか怪しいものだ。
はっきり言って、俺は鈴菜と釣り合っていないと思う。
「…………」
なんか悲しくなってきたな。
と、そんな俺の鬱々とした気持ちを、彼女は察してくれたらしい。
鈴菜が俺の頬にキスをした。
「君は心配性だね。僕の愛が信じられないかな?」
「……そんなことはないさ。ただ、俺頭悪いし」
「君に抱かれてる時だけは僕も馬鹿になるから、何も問題ないよ」
……余計な心配だったか。
それにしても、手紙には気になることが書いてあったな。
御影君、乃蒼のことが好きだったのか?
メイド服を身に着け、すでにこの部屋の簡単な掃除を始めている乃蒼。
もう妊娠4か月目の彼女。お腹はさほど大きくはなっていないものの、子供は問題なく成長しているはずだ。
もう働かなくてもいいと言ったんだけど、未だにこうして身の回りの世話をしてくれる。まあ、体調がいいなら俺も強くは言わないんだけど。
「乃蒼? 御影君と、どういう関係なんだ?」
「……え? 誰?」
「御影君。クラスの」
「そんな人……いた、かな?」
な……なんだと。まさか御影はその超スキルで乃蒼の記憶から自分を消し去り――
なわけがない。
……の、乃蒼。
クラスメイトの名前を覚えてないんだな。まあ、あまり誰とも話をしない子だったから、異性の名前ぐらいは仕方ない……よな?
「ほら、あの、いつも加藤にいじめられてたやつだよ。あいつが乃蒼に片思いしてるって話聞いたんだけど、何か知ってるか?」
「え?」
鳩が寝耳に水鉄砲を食らったような顔をする乃蒼。
これは……本人すら知らないのか。
御影君はいったいどこで乃蒼のことを好きになったのだろうか?
「……あっ、あの人」
と、あれこれ考えていた乃蒼がどうやら思い出したらしい。いや、それだけ頭を探さないと忘れてた内容なんてたかがしれていると思うが、もう聞かないわけにはいかないよな?
「と、時々、こっちを……すごい目で睨んできて、こ、怖いかなって……」
「…………」
うーん。
御影君、俺は君のことが全然分からないよ。
とにかく、あの優秀な春樹が冗談でこんな警告を発するはずがない。御影君が俺に敵意を抱いてる、ってのは間違いないんだろうな。
異世界来て舞い上がっちゃってるのかもしれないな。
貴族に騙されるなんて、昔の俺みたいだ。
なんとか、説得できないものか……。
ランス10が届いた。
ランスやりまくりたい。
でも小説書かなきゃ……書かなきゃ……。




