亡命貴族の扱い
大統領官邸、執務室にて。
重要な話がある、とつぐみに呼び出された俺たちは、ある日の昼間にここに集まっていた。
周囲には主要な面々が揃っている。俺たち勇者の屋敷に住んでるメンバーをはじめ、りんごと雫もいる。
う……なんだか雫やりんごの視線が気になる。
俺が何かした? ……あ、うん、したな。君たちの友達をNTRで奪ってしまったわけだ。
彼女たちの目に俺はどんな風に映っているのだろうか。寂しさに付け込んで美少女を騙したろくでなし女たらしか?
仕方なかったこととは言え、傍から見ていればただの卑劣な男。今後の関係を考えるなら、ここで弁明しておかなければ……。
「あ、あの……」
「悪い知らせだ」
雫に話しかけようと思っていたら、タイミング悪くつぐみが話を始めてしまった。しかもとてもシリアスな声色で、とてもではないが隣の人間に話せる状況ではない。
「加藤が戻ってきた」
その言葉を聞いた瞬間、俺はさっきまでのいたたまれない気持ちをすぐに忘れてしまった。
隣で一紗が青い顔をした。金髪を留めたリボンがプルプルと震えている。彼女が加藤を送り返したことは仕方ないし、もとはと言えば殺さず捕らえるように話をしてしまった俺自身にも責任がある。
あの時は、誰がどう見ても仕方なかった。
「……一紗は悪くない」
「匠……」
そっと、そう囁いた。
俺は改めてつぐみの方を向いた。
「加藤が?」
「ほかにも異世界人が三人ほど来ているらしい」
前回の事件で、加藤は暴れに暴れまわった。それは同時に、多くの近衛兵や官邸務めの人々にその姿を目撃される結果となってしまった。
亡命貴族たちの周りには、彼らに仕えているメイドや兵士たちがいる。スパイを送り込むことは難しい話じゃない。そして、その中にはかつて加藤をその目で見た人物もいたのだろう。真っ先に身元が割れたわけだ。
他の三人は、どうなんだ? 俺のクラスメイトなのか? だとすると優以外ってことになるが、同じ教室から転移してきたとは限らないよな。
ともあれ、一番の問題は加藤だ。あいつは俺たちの敵で、性格にも問題が多い。
しかしあいつの敵は俺たちだけじゃない。常に何かに当たったり悪態ついたりしてるような人間だ。上手く怒りの矛先が逸れてくれたら……。
……なんて、願望すぎる話かな。あいつはどう見ても俺たちを敵視している。スキルを封じられているといっても、そこは変わっていないだろうな。
「……たとえばさ、こういうのはどうだ?」
この非常事態。何もしなければ、事態はまずい方向に動き出すと思う。
俺は積極的に提案することにした。
「貴族と加藤たちがいる、マルクト王国の東方地区。あそこに軍を派遣するのはどうだ? もちろん、マルクト王国とグラウス共和国共同でだ。向こうの国だってさ、貴族が勝手に異世界人を召喚すること快く思ってないんじゃないかな?」
隣国、マルクト王国。
名前からもわかるように王制の国家であり、追放されたグラウス王国旧貴族たちを匿っている。
「咲だって女の子なんだからさ、ああいう貴族たちを心良く思ってるはずないし。とりあえず、話を持ち掛けてみても……」
阿澄咲。
俺たちのクラスメイトであり、マルクト王国の実質的な支配者だ。
咲は配下の少女たちを貴族たちに送り込み懐柔。そして彼女自身もまた、国王であるアウグスティン8世の妻として、意志の弱い国王を操り人形に国政を担っている。
つぐみはこう、女であることを利用して成り上がったタイプはあまり好きじゃないと思うけど、現実を直視してもらいたい。
「……そう単純じゃないんだ」
つぐみは深いため息をついた。
「咲は王権に寄生している」
「……王権に、寄生?」
「もしマルクト王国で革命が起こったらどうなる? 咲は女王だ。真っ先に追放される側になってしまう。私たちとは違うんだ」
「……今回の件は、革命とは関係ないはずだ。何とかならないのか?」
「向こうはそう思っていないだろうな。過去に何度か貴族たちの扱いについて話し合いを持とうとしたが、この件に関してはかたくなに協力しようとしない」
なるほどな。
……俺は、つぐみが咲のことを嫌いだから、こういう話をしたがらないのかと思っていた。
しかし実際のところ、マルクト王国は嫌々ながらもグラウス王国の貴族たちを匿っている。それは隣国としての情だけではなく、革命の波及を恐れているという極めて現実的な理由があったようだ。
一筋縄でいく相手ではないらしい。
「だとすると、俺たちだけで対処しなきゃいけないのか?」
「その可能性が高い」
加藤の力は俺のスキルで封じている。が、いつどのような抜け穴があるか分からないし、時間を与えればスキル解除の魔具とか純魔法とか出現しかねない。他の異世界人三人が、スキル解除スキルなんて持ってたら一発でアウトだ。
「警備を強化します」
璃々がそう言った。彼女もまた加藤の被害者であり、この官邸の警備を担っている。
ここまで攻められることは想像したくないが、万が一の備えは必要だ。本音を言うとあまり武力には期待できないが、このポニーテール甲冑百合少女の配下がいち早く加藤を発見することを願おう。
警戒されているこの状況で、加藤はここまでやってこれるか?
瞬間移動できる薬? ワープ薬。いやいやまさかそんなのもう薬でもなんでもない、作れるわけがない。
相手に幻を見せる薬? これはありではあるが、やはりリスクは存在する。薬がないところでは目撃されてしまうわけだからな。
透明人間になれる薬? これはあるかもしれないな。でも裸のままここまでやってくるのか? ってのは難しい話だ。そもそもマルクト王国に加藤がいなかったら、それはそれで報告が入るだろうし。
監視は絶対ではない。でもここからマルクト王国までは距離もある、関所もある、防壁もある。とてもではないがノータッチでやってこれる距離じゃない。
警戒を強めつつ、現状維持。国境に入ってきた瞬間に袋叩き。これがベストな選択かな。
「マルクト王国にはこちらからも共同出兵について提案する。もっとも、あまり期待はできないと思うが……」
「誰か咲と親しい奴っていたか?」
「……いないな。クラスの男子なら多少仲良さそうにしていたのを見たことはあるが……。匠はどうだ?」
「いや、俺もあんまり話したことない」
俺は女子目線から見れば『一紗グループ』に属していると思う。小鳥、りんご、雫、そしてもちろん一紗とはそれなりに話をしたことがあるが、せいぜいその程度。
個人的なつながりはなし。
国としては良くて中立、悪くて敵対。
頼みの綱は、俺が加藤にかけたスキルの枷のみ。
先手を打てる状態ではない、ということか。いくら加藤が危険だといっても、そのために国家間の戦争を誘発するわけにはいかない。多くの兵士が、そして国境周辺の村々で人が死ぬからな。
国家間の難しい外交は、つぐみを頼るしかない。もちろん、俺だって協力を惜しまないつもりではあるが……。
乃蒼は今、重要な時期なんだ。直接加藤の矛先が向いたことはないが、俺が危ない目にあうことで彼女の心労を増やしたくない。
油断してはいけない。




