暴徒の溜飲
りんごと雫を背負った俺と一紗は、無事に迷宮を抜けることができた。
思ったほどに困難な道のりではなかった。低レベルな魔物たちと遭遇したが、俺と一紗が聖剣・魔剣を使い振り払ったからだ。
そして今、俺は王城近くの診療所にいる。
一紗たち三人は病室のベッドで休んでいた。
俺は彼女たちの近くで椅子に座り、その様子を眺めていた。
「慰謝料だこのエロオヤジ。うら若き乙女の肌を撫でまわした罪は重い。有り金全部置いていけ」
興奮冷めやまぬ様子で、雫がそうまくし立てた、もちろんエロオヤジとは俺のことだ。
「興奮したら怪我が治らないぞ? 少しは落ち着いたらどうなんだ?」
「ふんがー」
大体この子の言い分はおかしい。
一紗とかりんごがこんなこと言うなら話は分かる。一紗はあれで超美少女だし、りんごだって結構いい感じだ。触りたい欲求に駆られるのは理解できる。
しかし雫は、銀髪ツインテールのお姫様みたいな容姿をした女の子だ。とても可愛いんだけど……興奮して胸とかお尻とか触りたくなるような感じではない。
まあ、そんなこと言い始めたら同じように小さい乃蒼は何なんだってこと言われそうだけどな。愛する女性は特別なのさ。
「こいつ、私のショーツにまで手をかけておいて……しらを切るつもりか? いい加減、己の肉欲と若さゆえの過ちを認めたらどうだこの変態!」
「お前の体にそんな価値が――」
あ、まずいと思った時には手遅れだった。
気が付けば、俺の首近くに矢が放たれていた。どうやら雫が、弓を使わずそのまま投げつけたらしい。
「お前が失言しないように次はその喉を潰す」
ぎろり、と睨みつけるその眼光は本気も本気。俺があと10歳若かったら、おしっこ漏らしていたと思う。
プルプル震える俺と、鼻息荒い雫。ひょっとすると怪我のせいで彼女の痛みが増しているのかもしれない。
俺たちの拮抗を破ったのは、第三者だった。
「たはは……しずしず、ひどいなぁ。たっくんがいなかったらみんな死んでたかもしれないんだよ」
「りんご」
これまでずっと眠ったようにしていたりんごが目を覚ました。
「りんご、大丈夫か?」
「お腹すっごい痛い。でもこの痛み、骨とかじゃないと思うから、休めば治るんじゃないかな」
痛がっているが、命に別状はなさそうだ。
俺は安堵した。
これで、一応パーティー全員無事だったわけだ。クラスメイト、しかも一紗とその友達たちは俺にとって近しい友人でもある。どれだけ憎まれ口をたたかれても、心配になってしまう。
「一紗は大丈夫か?」
迷宮からりんごを背負ってここまでやってきた一紗ではあるが、彼女もまた怪我人だ。今はベッドで横になっている。
「剣が上手く振れないわね。ちょっと痛い。骨、ヒビか何か入ってるのかしら」
動き回っていた一紗でも、五体満足というわけにはいかなかったらしい。
勇者パーティには休息が必要なようだ。
魔族たちの動きが活性化するかもしれないが、彼女たちを失うわけにはいかないのだ。
つかの間の休息。
「三人とも、ゆっくり休んでくれ。まあ、俺が代わりに一人で迷宮潜るなんてことは無理だけど、この辺に溢れてくる野良魔物ぐらいなら何とかなる」
さてと、そろそろ鈴菜のところに顔を出すか。
俺は椅子から立ち上がり、病室を後にしようとした……が、すぐに立ち止まった。
雫が俺の袖を掴んでいる。
「後で洋菓子買ってもってこい。くくく、そうだな、大通りで1時間待ちの行列ができるケーキ屋がいい。いつも頭空っぽなお前なら、ぼーっと突っ立って並ぶのは得意だろ?」
「あたしはカニが食べたいわね。迷宮の蜘蛛を見てそう思ったわ。そうよ鍋! 鍋にしましょう! 牡蠣とか野菜とかー、この病室で鍋パーティーよ!」
「りんごはね、青リンゴが食べたい……。あっ、たっくんが嫌なら別に買ってこなくてもいいんだけど」
なんて控えめなりんごちゃん、まさしく女神様ではないか。
などと俺が感動しているのとは対照的に、一紗や雫はまるで宇宙人でも見るかのような顔をしている。
「何言ってるんだりんご? 下僕は使ってやらないとかわいそうだぞ? 命令されないと悲しくて死んじゃうからな、こいつ」
「そうそう、下僕は美少女の頼みはなんだって聞いちゃうわよね。むしろご褒美、的な?」
「……よし分かった。美少女なりんごの頼みだけ聞いてやろう」
「「あ?」」
二人の不機嫌な声が重なった。
俺は病室から逃げ出すように部屋のドアに手をかけて――
止まった。
「下がってくださいっ!」
声が聞こえた。
ドアをゆっくり開き、外の様子を確認する。
集まる群衆と、それととどめようとしている少女兵士。
ポニーテールの彼女の名前は璃々。近衛隊長としてつぐみとその周辺の警護、治安維持に努めている少女だ。
「娘の! 娘の手首を返してくださいっ!」
「責任とれやああああああああああああああああああああっ!」
「痛いんです……じくじくって、痛いんです……」
何人かは手首がなくなっている。
これが、暴徒か。
その数は決して多くない。おそらくは50人を切っているだろう。
悲壮感に溢れている。
片手を失えば仕事は制限される。そしてあんな事故の後ではもう魔法は使えないだろう。
彼女たちにとって、これは生活のかかっている一大事件なのだ。
嫌なものを見てしまった。
兵士たちの数が多い。俺がいてもいなくても、この暴徒が官邸になだれ込むことはないだろう。
俺はそっとドアを開け、遠回りするように鈴菜のもとへと向かった。
俺は鈴菜の病室へとやってきていた。
手首を治せそうな魔具は手に入れた。それ自体はとても嬉しいことだったけど、こいつには使用制限がある。
入りにくいな。
変な希望を与えて選択を迫ることになる。
俺は自分の迷いを表に出さないよう、気持ちを切り替えた。
「よっす」
「君か」
ドアから病室に入ると、鈴菜とつぐみがいた。
さてと、まずは魔具の話をしないとな。
正直なところ、これを出すことに一瞬躊躇してしまった。
「手首を再生させる魔具を手に入れた。こいつだ。使用回数は一回だけだけどな……」
俺はそう言って、手に入れた瓶を近くのテーブルに置いた。
「本当に、用意してくれたのか?」
鈴菜が目を丸くしている。
「君は僕にとっての王子様か何かかな? 目覚めのキスを期待して眠っていた方が良かったかい?」
「眠ってたらそのまま帰っていたんじゃないか?」
「ははっ、つれないね」
鈴菜は俺の置いた小瓶を片手で握りしめた。その手は……小刻みに震えている。
「君の気持ちはとてもうれしく思う。だが、これを受け取るわけにはいかないんだ」
「どういうことだ?」
「彼女は処罰されるからだ」
そう言ったのは、これまで俺たちの話をずっと聞いていたつぐみだった。
「処罰! 何の話だ! まさか……クラスメイトを死刑にするつもりかっ!」
「お、落ち着け。いくら私でも鈴菜にそんなことをしたりはしない」
焦るつぐみと激怒する俺。
さらに彼女へと詰め寄ろうとした俺だったが、鈴菜の手によってそれを止められてしまう。
「君も見ただろう? あの暴徒を」
「…………」
璃々が引き留めていた暴徒のことを思い出す。
皮肉な話だが、片手を失っているため暴力性は低い。あれで両手が無事だったら、今頃は剣とか斧とか持って強行突入してしたと思う。
もちろん、数が少ないから兵士たちを突破できるほどじゃない。暴力事件になれば、早々に鎮圧されたと思う。
でも、それはまずい。
弱き者を虐げた評判は、決して癒えることのない傷跡となって大統領であるつぐみを蝕むだろう。彼女の失脚は、他のクラスメイトたちへの被害へと拡大する危険をはらんでいる。
乃蒼だって、無事ではいられないかもしれない。
「彼らを落ち着かせるために、僕は処罰されてもう一つの手首を切る。それだけだ。死にはしない」
「は?」
もう一つの手首を、切る?
それじゃあ、鈴菜の手が……無くなってしまうじゃないか。
「つぐみ、これは別の人に使おう」
「……子供、そうだな女の子がいいだろう」
淡々と決めてしまう二人。俺が悩んでいたことは、二人にとって考えるまでもないことだったらしい。
「そうした方が感動を誘えるからか?」
「その通りだ」
俺は拳を握りしめた。
くやしい。
結局、俺のしてきたことはなんだったんだ?
こんな魔具があるから、いずれは手首を取り戻せるかもしれない。そんな半年数年先の未来へ希望を示せたことが、俺の成果か?
項垂れてしまった俺は、そいつを見つけてしまった。
ベッドのゴミ箱だ。そこにはいっぱい、くしゃくしゃになった紙が捨てられていた。
字だ。
紙には汚い文字が書かれていた。いくつもいくつも、まるで練習でもするかのように。
俺はちらりと彼女の片手を見た。手の側面が、黒炭を塗りたくったように黒くなっている。
鈴菜は利き腕の手首を切断された。だから、新しい手で文字が書けるようにと、練習していたに違いない。
わずかな希望に縋る彼女。その未来を……粉々に打ち砕く。
暴徒たちはさぞかし溜飲が下がるだろうな……。
俺は、ただ震えていることしかできなかった。
ブクマ100超えました(今これを投稿しているとき)。
前作の〈モテない〉はレビューもらってブクマ100超えるまでが一か月と10日、約30話ぐらいまでかかってました。
今回は23話目、約一か月で100超え。
進歩してるのか、前作からの誘導を考えるといまいちなのか、微妙なところですね。
ただ、ブクマや評価が増えたことだけは事実なので、これを心の支えに頑張っていきたいと思います。




