アスキス神聖国、大使
翌日。
アスキス神聖国の大使と話をするため、俺は官邸へと足を運んでいた。
多少痛みは残っているし、機敏な動きはできそうにない。戦闘となれば少し足を引っ張るかもしれないが、会談程度なら問題ないと思う。
城の一室、応接室とされる扉の前に立つ俺。隣にはつぐみがいる。
「体調は大丈夫か? 匠」
「本調子じゃないけど、歩いたり話をしたりする分には問題ない。行こう」
「そうか……」
近くに控えていた兵士へ軽く挨拶をし、俺は部屋の中に入った。
適度な調度品に彩られたその部屋。中央にはソファーとテーブルが置かれ、くつろいで話ができるようになっている。
その部屋の隅に、大使がいた。いかにも聖職者らしく司祭服っぽいローブを身に着けた壮年の男性。
「お……お止めください。大使様」
大使は近衛隊の兵士に密着し、息を荒くしていた。彼女の甲冑へその手を差し込み、太ももあたりを撫でているように見える。
「ハァ……ハァハァハァ」
こいつ、随分態度がでかいな? 援軍を頼みに来ておいて兵士相手にセクハラか? 俺たちの感覚がおかしいだけで、これがこの世界では普通なのか。
ドン、と背後から大きな音が聞こえた。つぐみがわざとらしく扉を強く閉めたのだ。
「大使殿、あまり粗相をなされるな。この国では男女平等であり、彼女はあなたや私の警護担当でもある。昨今の危険な情勢を鑑みても、万が一に備える必要がある……とは思うが」
「……これは失礼。赤岩大統領。女が甲冑を身に着けている珍しい光景を見て、つい興奮してしまいましてね。ふふ、あなたが代わりをしてくれてもよいのですが、勇者様の所有物であるというのなら……お控えいたしましょう」
つぐみがブチ切れるかと思ったが以外にも冷静だった。今回の会談は俺や乃蒼の件もかかわっているから、そうやすやすと破談にはできないのだろう。
「お噂はかねがね。お会いできて光栄です、勇者殿」
対して俺には平身低頭。この辺りはこの前やってきた亞里亞と同じだ。
大使が手を差し出してきたので、俺は彼と握手をした。
「あなたがこの国の真の支配者なのでしょう?」
「は、はぁ?」
「女に国が統治できるはずがありません。お気に入りの情婦に国王の真似事をさせるとは、中々いい趣味をしていらっしゃる……」
と、つぐみをいやらしい目で見ながら、大使は口をニチャっと開く。
こいつ……本気で言っているのかな? 頭おかしいんじゃないのか? 頼むからこれ以上うちの独裁者を刺激するようなことを言わないでくれ。死刑にされるぞ?
「……と、ところで大使さん!」
このままこいつにばかり話をさせていたら、もっと危うい話題を出してきそうだ。俺は無理やり話を中断させた。
「最近の魔族の横暴に関して、話があるんだろ? 俺でよければ多少は協力できると思うんだが……」
「はぁ?」
対魔族戦への協力。望みの言葉を与えたつもりだったのに、大使の反応はいまいちだった。
「勇者殿、それは早とちりでございます。今日、私がこの地を訪問した理由は一つ。名声とどろく勇者殿を、わが国伝統の祭典――グラン・カーニバルへと招待するためです。招待状はここに……」
俺はその招待状を受け取った。
教皇直筆のその手紙には、仰々しい言葉の羅列と共に、俺の来訪を待ち望んでいると書かれていた。魔族がどうとか、援軍がどうとか、そんな話は一切記載されていない。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! あんたたちの国は、魔族が攻めてきて大変なんじゃないのか? まつりなんて……そんな悠長なこと言ってて大丈夫なのか?」
「……問題ありません」
一瞬の迷いもなく、大使は即答した。
「グラン・カーニバルは首都で開かれる素晴らしい祭でございます。昨今の魔族侵攻は首都から遠く離れた農村部の話。祭の進行にはなんら問題なく……」
「……いや、そういう問題じゃなくてさ。魔族がいるんだろ? 魔族が?」
「マルクト王国側から西に大回りすれば、魔族を避けて首都へ入れます。私もそのルートで国外に出ました。安全は保障いたします」
「…………」
俺は何も言えなくなってしまった。
こいつら……ひょっとして、『農民だから死んでもいいだろ』とか思ってるのか?
「おっと失礼、勇者殿は我が国の大祭についてご存知ないのでした。あなた様にとって確かに価値あるものであることを証明いたしましょう。どうかお耳を……」
俺たちは、大使からグラン・カーニバルの内容を聞いた。
「…………」
「…………」
俺は内心で呆れかえっていた。
つぐみに至っては嫌悪感をむき出しにしている。
「……ふふ、いかがですかな? 屋敷に数多くの情婦を抱えるあなた様に、まさにふさわしい祭典ではないかと……」
「…………」
俺たちの不機嫌な様子に気がつかないのか? いや、つぐみはともかく俺なら絶対喜んでくれるだろうと、変な思い込みをしてるんだろうな。
……頼むから、これ以上口を開かないで欲しい。俺を挑発してるのか、と思えるぐらいの呆れる言葉しか返ってこないのだから。
「それにしても、勇者様は素晴らしい」
「……何の話ですか?」
「……むろん、そこで大統領などと言って国王の真似事をしている勇者殿の情婦のことでございます。夜の情事でもその設定のまま彼女を抱くのですかな? いやはや……これは新鮮だ」
……こいつ、まだ言うか。
「私も勇者様を見習い、奴隷どもと主従関係を逆転させてみましょうか? ふふっ、ハハハハハハハハ!これは中々。奴隷に詰られながら股間を踏みつけられるなどとは、新たな境地を切り開いてしまいそうですな」
「いい加減にしろ!」
俺は怒りのあまり、拳をテーブルに叩きつけていた。
許せなかった。
つぐみを侮辱することも、俺のクラスメイトを情婦扱いするのも、そして農民の犠牲を全く憂慮していないことも……すべてが信じられなかった。この男は俺を怒らせに来たのか? もしそうなら、大成功だったと言ってもいい。
「何が祭典だ! 何が奴隷だ! あんたたちの国はそんなことしてる場合じゃないだろ! 国民全員で国難に立ち向かうときなんじゃないのか!」
「……勇者殿が何を怒っているのか理解に苦しみます。グラン・カーニバルは建国の時より続く神聖な儀式なのです。農夫の数百数千人が犠牲になった程度で、絶やしてよい伝統ではありません」
「人の命より伝統が大切なのかあんたは! 人が死んでるんだぞ! 農夫とか、女とか奴隷とか、そんなこと言ってる場合じゃない!」
「……やれやれ、参りましたなこれは。頭が痛くなってきました」
そう言って、大使は近くに控えていた近衛隊の兵士に手を伸ばす。また、ここに入ってきた時のようにセクハラをするつもりらしい。
大使の手が兵士の甲冑に滑り込んだその瞬間、彼の手は止まってしまった。
別の兵士が、大使の腕を掴んだからだ。
「……連れていけ」
頭に血が上っていて気がつかなかったが、つぐみが別の兵士を呼んでいたらしい。
「わ、私はアスキス神聖国の正式な大使! 本国では司祭の位にある高貴な身分であるぞ! 私を捕えれば教皇聖下が黙っていない! ゆ、勇者殿! どうかご慈悲を」
「あんたが許しを請うのは俺じゃない。つぐみだ」
「大使殿」
凛としたつぐみの声が響く。
それは何事にも果敢に決断を下す。大統領としての声だった。
「貴殿は我が国の法に触れる発言・行動をした。後日裁判を行うので、失礼ながら捕えさせていただく」
「は、放せ! 女の分際で……無礼な!」
大使は下品な暴言を吐きながら、部屋の外に連れていかれた。さすがに言葉やセクハラだけで死刑にはされないと思うが、何らかの罰が与えられるだろう。
「不快な思いをさせてすまなかったな。こんなことなら匠は療養中だと言っておけばよかった」
「いや、これもあの国のことを知るいい機会だった。呼んでくれたこと自体には感謝してる」
会談は終わった。
結局、俺達には何も残らなかった。神聖国のクズさが露呈した、ただそれだけのことだった。
乃蒼……すまない。
それに亞里亞、あの国で聖女だなんて大丈夫なのだろうか? ちょっと男尊女卑が激しいだけの宗教だとは思っていたが、あの司祭はあんまりだ。もし教皇や枢機卿まであんな感じだったのなら、間違いなく彼女の身が危ない。
胸中にうずまく不安が増した、そんな苦しい会談だった。
奴隷「奴隷のくせに! この変態! 変態変態変態!」
大使「ンギモヂイイイイイイイイイ!!!!」
大使、Mに目覚める。




