プリン会
悪魔王イグナート、大妖狐マリエル。
二つの地域、二つの勢力となる魔族を倒した俺たちは、平和をその手に掴み取った。
そう、平和だ。
時刻は午後、三時頃といったころだろうか。
俺は廊下をぼんやりと歩いていた。
何か用事があるわけではない。
もうすぐ、平和になる。
アスキス神聖国の魔族たちが倒されれば、それは確固たるものとなるだろう。
そうしたら勇者っていらなくなるよな? いくら国から金がもらえると言っても、働かずに屋敷でごろごろ過ごしてるのは人としてどうかと思うし、何よりこれから生まれてくる子供にそんな親の姿を見せたくない。
この辺の森を切り開いて、農業でも始めるか? いや、俺は勇者なんだから、かっこよく伝記でも作って……。
などと変な空想をしながら歩いていたが、ふと、足を止めた。
甘い香りがする。
光に誘われる虫のように、俺は半開きになったドアから雫の部屋の中へと入った。
「よっす」
「あ……」
「むっ……」
「たっくん?」
一紗、雫、りんごがいた。
テーブルに腰掛ける三人、目の前にはプリンが置かれている。
どうやらおやつの時間だったらしい。
「甘い匂いにつられてやってくるなんて、お前は本当に意地汚い奴だ。親の顔が見てみたい」
ぷりぷりと文句を言う銀髪ツインテール少女、雫。
「匠のお母さんもお父さんは良い人よ雫。あまり悪口を言っちゃダメ。なんでも親のせいにできるのは小学生までで、匠が悪いのはぜーんぶ匠のせい」
一紗はツーサイドアップの金髪をかきあげながらそんなことを言っている。仕草だけは様になっていたが、ジャージのような服を着て力を抜いているその姿は、怠け者そのものだ。
「お前の御両親はそんなに口が悪くないんだがな……」
「あら、真実を指摘されて不機嫌になったのかしら?」
「別に」
俺と一紗は幼馴染。当然お互いの両親とも面識があり、それなりに話をしたこともある。
一紗の両親は一紗に似て美男美女といった感じで、人当たりが良くいい保護者だ。俺の両親はどこにでもいる普通の親だと思うけど、一紗視点ではいい親らしい。
俺はこの世界に来てしまったから、もう積極的に元の世界へ戻るつもりはない。だからあまり関係ない話だけど、今の俺たちを両親が見たら一体どう思うだろうか?
……い、言えないな絶対。
「まっ、りんごのプリンに釣られて、ってなら話は分かるわ。いいわ、食べることを許しましょう。いいわね雫?」
「問題ない一紗。この男の情けない姿を見ていると、何か施しを与えなければという気分になる。くくく、ノブレス・オブリージュ。愚か者への施しは高貴な者の使命だ」
「作ったのりんごだろ? なんでお前らがそんなに偉そうなんだよ」
「えへへ、たっくんも食べる?」
そう言って、りんごはプリンを一つ差し出してきた。ちゃんと器と皿が用意されていて、丁寧にスプーンまで付いている。
ぱくり、と一口。うん、おいしい。
……あれ?
「用意がいいな? 俺が来る前から用意してあったよな、これ。誰が別の奴を招くつもりだったのか?」
まさか俺以外にも誰かここに訪れる予定があったのだろうか? この三人が他の女子たちと絡んでいるところはあまり見たことがない。
この時間帯なら乃蒼か、鈴菜か、それとも子猫か? 彼女たちの分を俺が取り上げてしまったとしたら、それは申し訳なく思ってしまう。
と、思っていたらりんごが目を伏せたままゆっくりと口を開いた。
「それ、ことりぃのだから。いつも多く作りすぎちゃって」
「…………そうか」
草壁小鳥。
魔剣ベーゼの呪いによって囚われてしまった悲劇の少女。今もどこか遠くの地で血と肉を求めささまよっている、そんな薄幸の少女である。
一紗や雫たちと同じく、元の世界でもそれなりに話をしたことがある女の子だ。いつか助けたい、そう思いながらもその方法も彼女の行方も分からず、結果として先送りになっていた。
小鳥のことを思い出してしまったのか、三人ともスプーンを動かす手が止まってしまった。
申し訳ない事をしたな。
とはいえ一度席について口を付けてしまった食べ物だ。そのまま小鳥のためだとか言って食べるのを止めても仕方がない。
「……あの悪魔王の一件以来、小鳥と会ってないな。つぐみに頼んで捜索隊か何かを編成してもらった方が良いかもしれない」
「見つけてどうするのよ? あたしたちじゃ、どうにもならないでしょ。捕えるとか傷つけるとか、そんなの……」
「魔族の協力も得られるようになった。隣の国のマルクト王国とも仲良くなった。これからはきっと、小鳥を元に戻す方法だって見つかるさ」
「……そ、そうよね! 匠あんた偉い! 馬鹿は何も悩みがなくて楽天的でいいわね!」
こいつ、いちいち俺を馬鹿にしないと気が済まないのだろうか? ちょっとテストの点が俺より高いぐらいでいい気になるなよ?
……いや、ちょっとじゃなくてすっごくだが……。
「魔族に話を聞くのはいいアイデアよね。こないだ仲間になったダグラスさんや、マルクトのフーゴさん? だったかしら? 一度聞いてみるわ」
「治ったらさ、小鳥もこの屋敷に連れてこようぜ。そしたらきっと驚くだろうな。一紗も雫もりんごも、みんなこの屋敷にいるんだもんな。あっ、勘違いするなよ、別に小鳥をどうこうしようって言ってるわけじゃないぞ! また四人で仲良くって……」
「…………」
「…………」
「…………」
な、なんだ、急にみんな黙り込んで。
俺は何か危険な発言をしたか? ちゃんとハーレムとは別だって伝えたつもりだが……。
……と思ったが。
友達三人みんなハーレム。よくよく考えてみたら、それはかなり気まずい状況だと思う。俺たちは……小鳥が戻ってきたら何て話をすればいいのだろうか?
「はい、もうこの話はやめ! プリン食べるわよ!」
パン、と一紗が手を叩いたので、それを機にこの話は終わった。
その後、俺は他愛のない話をしながらプリンを食べた。
ミルクと卵の濃厚な味わいに、振りかけられたカラメルソースの甘さが舌の上で絡み合う。味はまさに天下一品。りんごは仮に勇者じゃなくなったとしても、この世界のパティシエとして十分生きていけると思った。
小鳥にも、いつかこの味を届けたい。
そう思ったのは、きっと俺だけではないはず。




