エクパイト鉱山
マルクト王国西方、ラディッシュ州にて。
大陸西方に位置するこの州は、広大な範囲と反比例するかのように人口が少ない。砂漠、荒野が延々と続いているため、人が住むのには適さないのだ。
しかしごく一部の地域には有用な鉱物を産出する鉱山が存在するため、産業上無視できない州なのだ。金で雇われた労働者、あるいは犯罪者が駆り出され、薄暗く危険な洞窟の中を掘削している。
ここはそんな鉱山の一つ、エクパイト鉱山。
鉱山の周囲は高い壁に覆われ、労働者たちを逃さないようにしている。ここは牢獄。犯罪者や奴隷たちを延々と働かせる、そんな非人道的な場所であった。
普段であればあちこちの強姦魔、殺人犯が奴隷のように働かされている場所。しかし今、ここに閉じ込められている囚人は少々特殊な人々だ。
グラウス王国、旧貴族。
彼らは最初建物の中に囚われているだけであったが、いつまでもタダ飯を食わせるわけにはいかないということで、ほとんど鉱山労働へ駆り出されることになった。
奢侈な生活に慣れた彼らは最初こそ駄々をこねていたものの、鞭と怒声に耐えることなどできるはずもない。王族であり特別扱いの国王とフェリクス公爵を除き、全員が何らかの形で鉱山労働に従事していた。
だが、どれだけ脅しても反抗的な人間というのは現れるものだ。
それゆえに、最終手段に出ざるを得ない時もある。
太陽が天上から地面を照らす、正午。
広場には、元貴族たちが集まっていた。
今日は仕事が休み、というわけではない。鉱山にいる全員が呼び出され、広場へと集められたのだ。
中央の台には、槍を持った二人の兵士が立っている。さらにその奥には人を磔にするための巨大な十字架と、首を吊るためのロープが垂らしてある。
十字架には、一人の男が磔にされていた。
十字架に拘束にされた中年男性は、彼らと同じく元貴族であり、そして身分の上では公爵とされる男。
「わしを誰と心得るっ! 誉れ高きグラウス王国が公爵、ウォーレンであるぞ! 貴様のような下賤な民が軽々しく話しかけてよい相手ではない。敬意を示せ敬意を!」
「黙れ! お前の国はもう滅んだのだ! いつまで貴族のつもりでいる!」
槍を持つ兵士は、威嚇するようにウォーレンの喉元へ剣先を突き付けた。そこには貴族への敬意など微塵も存在しない。むしろ侮蔑しているようですらあった。
己の立場を理解したのか、ウォーレンは一瞬にして言葉を詰まらせた。
「し、しかし、わしはこれでも元公爵。なぜ他の下級貴族たちと一緒に汗を流さねばならぬ! わしが何か悪いことをしたか! 奴隷! そうだ奴隷だ! 奴隷を連れてこい! わしの代わりに奴隷を働かせれば、何の問題もないではないか!」
自分自身が奴隷のように扱われていることに気がついていないのか、それともただ単に気が狂っただけなのか、ウォーレンは半狂乱になって叫んでいる。
「……恐れ多くも国王陛下の慈悲を無下にし、あまつさえ奴隷が欲しいなどと妄言を吐く愚か者! お前のような反抗的な囚人はもはや必要ない! 何を言っても無駄だ! すでに裁判で死刑が決定された!」
裁判は一週間前に行われた。
当然、ウォーレンも知らないはずはない。しかし彼は、駄々をこねる子供のように大声で否定することしかできなかった。
「……知らぬ、知らぬ知らぬ知らぬ! 裁判など知らぬ! そもそもなぜ爵位を持つわしが格下の者どもに裁かれねばならぬのだ! わしを裁けるは国王陛下ただ一人。誰にも……誰にもわしは……」
兵士は槍で十字架を叩き、ウォーレンの拘束具を外した。
暴れるウォーレンは兵士二人によって抑えつけられ、そのまま首にロープを巻かれていく。
「女の奴隷はまだか! わしはもう我慢ができぬのだ!」
そして、兵士がウォーレンを台の上からたたき落とした。
「がっ……!」
ウォーレンの体は重力に従い地面へと向かった。短いロープは彼の全体重を支えなければならず、そのため首を限界まで締め上げていく。
「ぎええええええええええええ……え……ぇ……えがっ、ぐが……ぎ……ぎ……」
貴族たちはその光景に耐えることができず、思わず目をそらしてしまった。
ウォーレンは苦し紛れに首を掻きむしり、ロープを緩めようとしている。しかし頑丈で太いそれが爪程度で千切れるはずもなく、彼の首には赤い傷が刻まれていく。
やがて、抵抗する力のなくなったウォーレンは、舌をだらしなく出したまま物言わぬ死体となった。
そして、処刑された彼の様子を見ていた周囲の貴族たちは、口々に胸中の不安を漏らすのだった。
「まさか、ウォーレン公爵が処刑されるとは……」
「王国十指に入る名門中の名門。その血筋は500年以上続く由緒ある家系。素行は悪かったが、間違いなく国を代表する貴族だった」
「なんと恐ろしい、あの方が処刑されるようでは我々は……もう」
見るも無残に醜く死んだウォーレン。貴族たちは、彼の姿に未来の自分を重ねているのだ
元貴族たちの心は絶望に満たされた。
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ここはエクパイト鉱山刑務所一等室。ごく限られた人物のみが暮らすことを許された、それなりに上等な部屋である。
一部屋に八つもベッドが供えられた、囚人用の部屋ではない。専属の召使も付く。
窓の外には、今、処刑されてしまったウォーレンの死体がある。
「ウォーレン……」
彼の姿を眺めながら、男は深いため息をついた。
フェリクス公爵である。
かつて魔王の突然の死によって気力を失っていた彼であったが、今はそれなりに頭も働くし、体も動く。
だからこそ、彼は理解している。
もはや、すべてが手遅れであると。
先ほど『ウォーレン』と呟きはしたが、フェリクスは別段彼と親しかったわけではない。むしろ女性の扱いをめぐってたびたび衝突することがあったほどだ。
だがそれでも、同じ貴族であり公爵である者として、彼の死にはそれなりのショックを受けた。
「…………」
ウォーレン公爵の死を自らに重ねる貴族たちと同じように、フェリクスもまた深い絶望にその心を染めていった。




