謎の手紙
「匠、待ってくれ。ここには危険な薬品が……。あっ、あああああ!」
「ここは官邸だぞ! 待ってくれ匠……あ、あ、駄目、ご主人様、駄目なのおおおおおおおおおおっ!」
「ミーナさんが、ミーナさんが私のために女装してくれるなんて。嬉しい、嬉しいいいいいいいいいいっ!」
「あんたから誘ってくるなんて久しぶりね。やだ、ちょっと、変なとこ吸わないでよ。声、出ちゃうから……」
「ふ、ふざけるな馬鹿! こんなところでできるわけないだろ。ちょ、止めろこの無能馬鹿下僕! 私の言うことを聞……はうあっ!」
「たっくん、駄目だよ。しずしずがいないところでなんて。うっ、どうしても? どうしてもなの? 分かった、分かったよ。ならあっちのベッドで……」
「うおおおおおおおお! セッ〇ス! セッ〇ス! セッ〇ス!」
こうして、俺は三日かけて全員を一人ずつ抱いた。
その結果は、異状なし。誰が偽者かなんて分からなかった。
失意の俺は、この件をつぐみに報告することにした。
すでに別の建物で二回、〈煉獄〉による爆破テロが起きている。この件は言うまでもなく最重要課題なのだ。
屋敷の前で、つぐみと会話。
いつものように執務室で話をしようかと思った。でもあそこには近衛隊がいる。人目を避けるなら、俺が朝早いつぐみを見送る形にして密談した方が良いと思ったのだ。
ちなみにいつもつぐみと一緒に出発する璃々はいない。適当な理由を付けて先に官邸へと向かわせたのだ。
俺はこれまでの経緯を説明した。みんなを一人一人抱いたこと、そして異常が何もなかったことを。
つぐみの目が冷たい。
「試すような真似をしてすまなかったと思っている。でも、ダグラスさんだってつぐみだって頑張っているのに、俺だけ何もしないなんてできなかった」
「…………」
「決して欲望に身を任せたわけじゃない。そこだけは理解してほしい」
「はぁ」
つぐみが盛大にため息をついた。
「まあ、気持ちは理解できる。何も怒っているわけではない。むしろその結果が問題だな」
「……これでも駄目となると、もう本当にいないんじゃないのか? 動物や虫に化ける魔法があったりして……」
「待て匠。まだ重要なことを確認していない」
「なんだ?」
「そのテスト方法、全員に試したわけではないだろう?」
「まあな……」
俺はみんなを抱いた。
みんな、とここで言ったが、これは屋敷に住むクラスメイトとイコールでは結ばれない。
「須藤子猫は抱けなかったはずだ。違うか?」
「それはまあ、な」
彼女は俺の恋人でも婚約者でもない、ただこの屋敷で働いているだけの友人だ。軽々しくキスしたり触ったりなんてできない。
お前が本物かどうか確認したいから抱かせろ、なんてもはやそれはレイプ魔以外の何者でもない。
「子猫を疑ってるのか? 確かに例の訓練テストは不十分なできだったけど、俺が話をした限りでは元の子猫そのものだった。問題はないと思うが」
「タイミングとしても少々気にかかる点はある」
確かに、この話題が出てきたタイミングで、屋敷にやってきたからな。
俺たちの身内とはいいがたい子猫。彼女が偽者であれば、心情的に楽な部分が多いんだと思う。
だが、そんな気持ちだけで犯人認定してしまうのは、少し気が引ける。
「それにあの獣人風のコスプレ。もしかすると変化の弊害で、隠せない尻尾や耳を露出しているという可能性も……」
「ちょっと待ってくれ。いくら何でもコスプレだけで犯人扱いはひどいだろ……」
「私もそう思いたいがな。他人がどう思うか……」
なるほど。俺たちはそう思わなくても、彼女を知らない人はそう感じてしまうかもしれない。
例の爆破事件はすでに三回起きている。魔族の魔法だと知られてしまうのは、そう遠くない話だと思う。
「閣下!」
と、ゆっくり歩きながら官邸へ向かっていた俺たちに声をかける人物。甲冑を着た近衛隊の兵士だった。
「……今日は匠が護衛をするから、誰も必要ないと伝えたはずだが?」
「ご命令に背く形になり申し訳ございません。ですが、急を要する事態でしたので。璃々隊長の許可は得ています。まずはこの手紙をご覧ください」
「これは……」
その手紙を受け取ったつぐみは、徐々に顔を硬直させていく。近くで近衛隊の少女が補足の説明をしているが、俺には聞こえない小さな声だ。
「なんということだ……」
つぐみは一瞬だけ頭を抱える仕草を見せたが、すぐに立ち直った。
「お前は私に手紙を渡したことを、隊長の璃々に報告しろ。私は予定通り、匠を護衛にして官邸へ向かう」
「はっ」
近衛隊の少女は一礼をして、すぐにこの場から立ち去った。
「その手紙、俺も見ていいか」
「中々、私たちを困らせる内容だぞ」
つぐみから手紙を受け取った俺は、すぐにその中身を見た。
爆発事件の犯人は魔族!
共和国に住む女に化け、魔法で建物を爆破した!
と、大きな文字で書き殴られている手紙だった。
根も葉もない流言、に見せかけて真実に限りなく近い文章だ。
「なんだこの文章。まさか俺たちの会話が、誰かに聞かれてたのか?」
「……この手紙は普通の手紙ではない。なんでも、空から飛んでいた白い鳥が急に手紙に変化したらしい」
「そいつは、言い訳のしようがないぐらい魔族の魔法だな……」
人間にそんなことはできない。つまりこれは、魔族の仕業だ。
誰が書いたか。それはもちろん、ここに書かれた内容が真実であると知る人物。
俺とつぐみ以外でこの事件の経緯を知り、そしてこの首都にいる魔族。それはすなわち本物の大妖狐マリエルに他ならない。
「国民の不安を煽りたいらしい。同じものが三通、冒険者ギルド商人ギルド、そして近衛隊の兵士に届けられたようだ……」
かつて悪魔王イグナートからも究極光滅魔法に関する手紙を受け取ったことがある。あれも俺たちの不安を煽っていた。
だが今回、あの時とは決定的に違うことがある。
明らかに、大衆を混乱させようと言う意図を感じる。まさしくテロリストみたいなやり方だ。
「参ったな、後手に回ってる。どうするんだつぐみ」
「この様子では、下手なかん口令は余計な不安を生むだろう。私たちが目下全力で魔族を捜索中、真相に迫っているということにしよう」
「…………」
今まで、偽者を刺激しないよう、捜査は内密に行ってきた。
しかしどうやら俺たちの予想とは裏腹に、大妖狐マリエルは自らの存在を隠す気などないらしい。むしろ愉快犯のような挑発的な感情すら読み取れる。
ならばもはや隠す必要はない、ということだろう。
「もちろん、匠が聞いた話は伏せてのことだがな。クラスの女子に偽者がいるなどと言う話になれば、私の身も危うい」
「屋敷に暴徒がやってきた、なんてなったら俺も困る。大々的に捜索するふりをして、俺たちが偽者を追い詰めよう」
それほど時間は残されていないのかもしれない。
俺たちは、早急に結論を出さなければならない。




