テロ?
緊急事態。
そう言われた俺は、魔族ダグラスに連れられたまま屋敷の外へと出た。
緊迫した彼は、無言のまま歩みを進めていった。俺は何が起こったのか聞きたかったが、あまりの剣幕につい質問し損ねてしまった。
彼はそのまま森を抜け、都市の中へと入っていった。
そこは、大通りからやや外れた小道。小さな店と住居が混在する、雑多な印象を受ける首都の一角だ。
「来たか」
すでにこの場にいたらしいつぐみが、俺の方を見て頷いた。
彼女が立っている場所を見て、俺は言葉を失った。
そこには、何かの建物があったらしい。焼け焦げたレンガと、小さなガラス片が残っているその場所は、何か爆発の起こったかのように大きく地面が抉られている。僅かに残る熱と、未だ燻っている煙。つい先ほどまで炎が上がっていたのかもしれない。
周囲には近衛隊らしき甲冑を着た兵士たちが集まっている。野次馬が入らないようにしているらしい。
ちなみに璃々の姿はない。彼女は官邸の警備なんだと思う。
「これは……なんだ? ガスでも噴き出して引火したのか?」
「今から一時間前、原因不明の爆発が起こった。テロ事件、ということになっている」
テロ事件、か。
「この緊迫した時期にテロ事件か……。俺たちも国も兵士も何も悪くないのに、やっぱり……どこかでストレス抱えたやつが生まれちゃうんだな。悲しいけど……」
「僕がいなければ、通常の反乱行為として処理されていたでしょう」
と、突然ダグラスが口を挟んだ。
「違うのか?」
その言い方だと、まるで何か別の真相があるかのようだ。
「これは魔法です」
魔法、か。
鈴菜の研究成果を思い出す。魔族の皮膚は魔法陣を描き、その目は魔法陣を映し出すことができた。
ならば魔族ダグラスには見えていたのだろう。この惨状を引き起こした原因となる、魔法陣の形が。
「魔法? 何の?」
「――〈煉獄〉、と我々は呼んでいます」
……周囲の喧噪が聞こえる。
これだけの大事故だ。死者もあっただろう、驚いた人もいるだろう、ただ単に見世物を見るような感覚の人もいるだろう。
しかしこれだけの大騒ぎにもかかわらず、俺とダグラスの間には冷たく静かな空気が流れていた。
かつて悪魔王の脅しを受けたときと同じような……恐怖が蘇る。
「それは、いわゆる魔族が使う純魔法なのか?」
「その通りです」
「あの、イグナートが使ってた〈究極光滅魔法〉みたいに、魔族の誰かが固有で編み出した魔法か?」
「〈煉獄〉は特定個人固有の魔法ではありませんが、術式が複雑で並の上級魔族では扱うことが不可能です。僕と、そうですねイグナート様、それからマリエル様とその部下フーゴ、加えて魔王陛下。つまり……」
「いる……のか?」
大通りから外れているとはいえ、首都で起こった出来事だ。突然魔族が現れたのではなく、この近くに潜んでいたというのが自然な考え方。
これまでの経緯を考えるなら、俺たちの屋敷にいるかもしれない偽者によって……仕掛けられた可能性が最も高い。
「くそっ、なんてこった。やっぱり、俺たちの中に偽者がいるってことか? 勘弁してくれよ……やっと終わったかと思ったのに……」
「僕も残念でなりません。このような破壊活動が魔族の仕業だと知れれば、僕たちもこの国に住みにくくなってしまいますからね」
「この魔法は、その場にいて発動させるタイプか? それとも、いつでもどのタイミングでも、離れた位置で発動できる?」
「あらかじめ設置しておけば、遠くからでも発動するタイプの魔法陣です」
参ったな。
もともと官邸に勤めているつぐみや璃々はもとより、屋敷に引きこもったままのクラスメイトなんていない。乃蒼だって食材の買い出しに来るし、鈴菜だって研究発表や買い物のためにここにやってくることがある。
少しの時間があれば、誰でも仕掛けられた。つまり、全員が容疑者になり得る。
「今のところは、人間の犯人がいるということでごまかしている。だがもし二度三度と同じことが起きれば、さすがに魔族の魔法のせいだとばれてしまう。そうなれば……」
この都市はつい最近まで戦争の真っただ中だった。そんな状態で、再び魔族の脅威が健在であることが露見すれば?
多くの人々が混乱するだろう。せっかく復興の始まったこの都市から、再び人材が流出してしまうかもしれない。
それだけは、絶対に避けなければならない。
「僕はしばらくこの周囲を調べてみましょう。同じような仕掛けがあったとしたら、僕の目にも映るはずです。発見次第、報告しておきましょう」
「…………」
流石に人の土地や民家の中に侵入するわけにはいかないだろうから、監視する場所は限られてるだろうけどな。それでも、やらないよりはよっぽどましか。
「その美術品や土産物。俺たちの目をごまかすために用意したんだよな? 見回りをするなら持ってても邪魔だろ? もう用が済んだなら、俺が引き取っておくけど……」
ダグラスは両手で美術品を抱えている。歩き回るにしても、少々不格好だ。
「何を言ってるんですか? これは僕の宝です!」
ふんっ、と鼻息を荒くするダグラスさん。とても冗談を言っているようには見えない。
あ……本気で集めてたのか。
「匠は屋敷に戻った方が良い。あまり不審な態度をとると、敵に感づかれてしまうかもしれないからな」「ああ……そうだな」
すまない、ダグラスさん。
あとは任せた。
例の訓練テストは上手くいっていたはずだ。
何がいけなかった?
大妖狐マリエルは仲間を平気で殺すのか? それとも、対応が不徹底だった乃蒼、子猫のうちどちらかが……。
いや、止めよう。そもそもあのテスト法が間違っていたのかもしれない。
また、一から策を練らなければ……。




