白い老人
俺は何度もエリナを救おうと試みた。
しかし何度やっても男は死に、エリナが悲しみに暮れる。その流れは絶対。どれだけ不自然な状況でも、誘導されてしまう運命。
俺がまだ試したことない、残っている手段は残虐な方法だけ。エリナを傷つけて足を止めるとか、真っ先に俺が男を殺すとかそんな感じだ。
何かあっては取り返しがつかないから、未だにその方法はとっていないが……。
袋小路だ。
時間は十分に稼げていると思う。今頃外の世界では……戦争が圧勝で終っていると信じたい。
が、ここから脱出できなければ何の意味もない。一体、どうすれば……。
などと深い混乱に惑いながら、再びループが始まった。始まりはいつもの裏路地。エリナが上機嫌で悪人を探している、ワンシーン。
もはや若干の飽きすら覚えているその光景を見ながら、俺はかすかな違和感を抱いた。
あの空き家。壊れかけの壁に腰掛けている老人は……誰だ?
今まで、あんな男はいなかったはずだ。
そう、俺はそこで彼に出会った。
「やあ」
老人が手を振ってきた。
しわだらけのその皮膚を見る限り、おそらくは70代を超えるだろう。白いあごひげはまるでサンタクロースのように豊かで、綺麗に整えられている。
着ている服は白いローブ。ところどころに精巧な刺繍が施されたそれは、まるで貴族や司祭が身に着けるような荘厳さを持っている。
かなり年齢を重ねた老人であるにも関わらず、健康面には全く問題がなさそうに見える。むしろその堂々とした出で立ちは、貴族や国王を彷彿とさせる。
俺はその真っ白い姿を見て思い出した。かつて何度かで会ったことのある、聖剣ヴァイスに関係あるらしい〈白き刃の聖女〉。あの、まるで幽霊みたいな真っ白い少女に、どことなく雰囲気が似ている。
名前を付けるなら、白いじいさん? いや白い老人?
「あんた、誰だ? なんで俺に話しかけてきた?」
「私は聖剣。君の学友、西崎エリナが持っている聖剣だ」
やはりか。
あの〈白き刃の聖女〉みたいに、聖剣から現れた男。それがこいつってことか。
「聖剣? あのエリナが持ってるゲレヒティカイトって剣のことか?」
「……それは、私の名前ではない。勝手につけられたものだ。あまり気に入ってはいないが、君がそれで呼びやすいと言うのであれば、そう呼んでくれて構わない」
「……あんたは聖剣に宿ってる精霊か何かなんじゃないのか? それとも、何か拍子に封じ込められた人間だとか?」
「そこからか……」
老人は深いため息とともに、眉間にしわを寄せた。
すでにエリナはここを離れている。もしかすると、またあの強姦魔に会って悲しんでいるかもしれない。本当なら、俺もあそこへ向かわなければいけない……。
だが俺はこの老人が気になっていた。正直、ループ続きで全く前進できていなかった手痛い状況だ。何か突破口のようなものを授けてくれる、そんな期待をしていた。
「君たちが聖剣、魔剣と呼んでいる剣は、もともと人間。人間が剣に変身させられたものだ」
「なっ……」
「特殊な能力を持った魔族が、奇妙な魔法を開発した。〈剣成〉、と呼ばれるその魔法で、人が剣に成る。剣の能力は元となった人間の性格や名声、能力に依存するが、十人十色。人の尊厳を奪う、おぞましい魔法だ」
おいおい……なんだよそれ。聖剣・魔剣って、人類が魔族に対抗できる唯一の希望なんじゃないのか? 魔族が作り出したなんて……聞いてないぞ。
「そ、そんな話聞いたことがないぞ!」
「私が剣になったのは、もう何百年も昔の話だ。剣に寿命はない。魔族と人間は事のほかかかわりが薄いからな、おそらく時間とともに迷信扱いされてしまったのだろう」
…………。
聖剣が、人間。大昔に魔族が作ったもの?
いや、待てそれはおかしいぞ?
「じゃあ、あんたはどうしてもっと早くそれを教えてくれなかったんだ? いや、あんただけじゃない。一紗のグリューエンや、俺のヴァイス、フェリクス公爵のフルス、優のザント。他にも聖剣・魔剣はいっぱいあったはずだ。無理やり剣にされて、使われて、文句の一つでもあっただろ?」
「我々は自由に人の形をとれるわけではない。聖剣下では意思は残るものの、こうやって姿を現すことなど不可能だった」
「じゃあ、今の状況は何なんだ? 俺の聖剣から現れる、白い姿の少女は?」
「おそらくは、君の力だろう」
俺?
俺の、力?
「まれにそういう人間がいると聞いたことがある。剣になった人間と意思疎通をし、その姿を一時的に復元することのできる。完全に聖剣と心を同じくする者。〈同調者〉と、昔は呼ばれていたがね」
「〈同調者〉?」
それは、スキルなのか? 魔法なのか?
分からない。
あとで詳しく調べてみる必要がありそうだ。
「さて、そろそろ話を本題に戻していいか?」
「……ほ、本題?」
「本題だ。私の主、西崎エリナは危機に瀕している」
「……そうだエリナ! 何とかならないのか白いじいさん。俺はエリナを助けたいんだ」
「聖剣越しに君をずっと見ていた。私とて、この手足が動くなら同じことをしていただろう……。だが本体が聖剣である私だからこそ、分かることがある。このままこの世界でどれだけ君が足掻いても、何も変わらない」
「…………」
「たからこそ、これから私が全力でこの魔法の効果を打ち消そう。効果は一瞬。君はその隙をつき、この世界がもたらす敵意を除去してくれ」
敵意、か。
なんとも抽象的な表現だ。
だが魔法が打ち消されれば何かが変わるはず。俺はその変化を見極め、全力で悪そうなやつを壊したり戦ったりすればいいだけ。
「……俺たちを、助けてくれるのか?」
「私とてもとをただせば普通の人間だった。孫のような年の少女と、これだけの月日をともにすれば……情も沸く」
伏し目がちに呟いたじいさんの顔は、深い憂いと悲しみに満たされていた。
この人も、普通の人間なんだ。
エリナは馬鹿で、考えなしで、よく突っ走る。彼女のことを心配になる気持ちは、俺だってよくわかる。
「俺、勘違いしてた。聖剣とか魔剣のこと、便利な道具だって思ってた。魔族に対抗するため、神が人間に与えてくれたものだって」
「神か……」
神、という単語に唇を噛むじいさん。何か心の琴線に触ることがあったらしい。
「あまり、神を信用しない方がいい」
「は?」
俺は困惑した。
神、という言葉を使ったが、別にキリストみたいな具体的な像を思い浮かべていったわけではない。なんとなく、神秘的な雰囲気だと言いたかっただけだ。
俺たちのクラスは神に呼ばれたわけでもないし、グラウス王やフェリクス公爵だって神の名前は出さなかった。
なのになぜ?
「エリクシエル教は人類にとって毒。……私は毒を制すため、すべてを賭して戦い果てた」
「エリクシエル教?」
なんだそれ? そんな宗教聞いたことないぞ? 俺が聞いたことあるのは、亞里亞が信じてる男尊女卑のアスキス教だけだ。
「エリクシエル教って何……?」
「いや、待て。余談はこれぐらいにしておこう。まずはエリナを救出することからだ」
そ、そうだな。早くしないとループ始まってしまうし。そしたらいつ、このじいさんに会えるか分からない。
でも、その前に一つだけ……確認しておきたいことがある。
「……俺はあんたの存在を知ってしまった。だから聞いておく。この戦いが終わって、エリナが解放された後の話だ。あんたはさ……帰れるなら故郷に帰りたいのか? 本当は戦いたくないとか、ひっそりと暮らしたいとか、人として生きたいとか、そう思ってたりするのか?」
聖剣・魔剣に意思があると、人であると知ってしまった。
俺はもう、この剣をうまく使えないかもしれない。だからこそ、今、こうして話のできるこの男に聞いておきたかった。
剣ではない、人としてのその心を。
聖剣ゲレヒティカイトの白い老人は目を細めて空を眺めている。遠き日の、まだ自分が人間だったころの記憶を思い出しているのかもしれない。
「もう、時がたち過ぎた。私の国も、守るべき家族も、友も、何もかもなくなってしまっただろう……」
「じいさん……あんた……」
「心優しき勇者、エリナの友よ。私のことは彼女に話すな。余計な迷いが生まれるからね。そう、我が名はアントニヌス。この名を、君だけが覚えいてくれればそれだけで……」
……ん?
なんかその名前、どこかで聞いたことがあるような……。
気のせいかな。
「さて……」
白い老人、アントニヌスは手を突き出した。するとそこから白い光の結晶が凝縮し、それは一本の剣となる。
聖剣ゲレヒティカイト。エリナが持っているはずの、剣だ。
「――〈解放〉」
瞬間、俺は見た。
これまで見たことないように白く発光する剣。そいつをもったアントニヌスは、すさまじい気迫で腕に力を込め始めた。
剣を振るい、大地に突き刺す。
そして、世界が割れた。
作者「この剣、実は……」
読者「くるぞ、くるぞ…………」ゴクリ
作者「人間でした!」
読者「うおおおおおおお! 作者さんすげー!」
読者の皆さんこんな感じで声援お願いします。




