劣勢の魔族たち
しばらくして、火柱が上がり開戦となった。
まず、魔族側が前に出た。見たことのない純魔法、あるいは強化されたその体を用いて兵士たちに襲い掛かる。
対する兵士たちは聖剣・魔剣使いを主軸に魔族たちの攻撃を受け止め、集団から切り離された敵を各個撃破していった。
数の上ではこちらが有利。10倍以上の開きがあるからな。
しかし、魔族に一対一で戦って勝てるわけもなく、結果として状況はそれほど思わしくないように思えた。
開戦、一時間後。
俺たち勇者は前線へ投入された。
つぐみの守りは近衛隊に任せた。といってもはっきり言って彼女たちだけでは完全に力不足だ。おそらく本当に魔族とぶつかってしまったら、つぐみたちは殺されてしまうと思う。
この決戦はつぐみの、そして人類にとっての一大決戦。つぐみも、そして璃々も命がけということだ……。
「勇者だあああああっ! 勇者様がきたぞおおおっ!」
「うおおおおおおおおおおおっ!」
前線の傭兵、兵士たちから歓声が響いた。
「少し、大げさすぎだよな?」
「勇者っぽくていいんじゃないかしら? あたしは注目されるの好きよ?」
「くくく、私を讃えろ愚民ども」
「いやぁ、なんか照れますな。りんごは恥ずかしですよ」
確かに、聖剣を持っている俺や一紗は強いかもしれない。最高クラスの魔法を使えるりんごも然り、俺たち三人をずっとサポートしてきた雫だって負けてない。
だが、一人で10や20の魔族を相手にできるわけもなく、戦局を覆すレベルには至らないだろう。
これは相当なプレッシャーだ。この戦い、負ければつぐみだけじゃなくて俺や一紗もこの国にはいられなくなってしまうかもしれない。
最前線に出た俺たちは、すぐさま魔族たちに攻撃を加えた。
「〈白刃〉っ!」
「〈獄炎〉っ!」
「嘆きの投獄」
「くらえっ」
皆、思い思いに技を放った。
どれだけ攻撃しただろうか。どれだけ走って、どれだけ腕を振るって、どれだけ息を切らして、どれだけ叫んだだろうか。
そんなことは覚えていない。
だが、その成果は着実に表れていた。
もちろん、俺は努力した。一紗たちだって努力した。つぐみはよく兵士を結集させ、軍の人間は聖剣を持っていなくても十分に働いた。
だが、それ以上に重要な要因がある。
「本当に、空を飛んでないな」
魔族たちは、宣言の通り空を全く飛んでいなかった。
どうもこの悪魔王とか呼ばれる魔族の配下には、翼をもった魔族が多いらしい。コウモリっぽい羽を生やしたその姿は、いかにも『悪魔』といった感じだ。
しかし彼らが空を飛ぶことはなかった。かつて祭司ミゲルと戦った時にも経験したことだが、上から突然現れるというのは翼をもたない人間にとって激しく不利な攻撃法だ。どんな達人でも、頭の上から垂直に攻撃されれば気配も糞もなく防ぎきれない。
こいつら、馬鹿だ。
ハンデを背負ったまま、俺たちに殺されている。
翼をもつ者は、翼を使った戦い方に慣れている。不慣れな行動は、普段以上にその戦闘力を失わせる結果になっているように見える。
空を飛べば死ななかった。逃げることだってできたはずだ。
そう思うと、この『決戦』と称した戦いがひどく無駄なもののように思えてた。
――なぜ、我々は人間を襲っているのでしょうか?
あの日、魔族ダグラスが漏らしていた言葉を思い出す。
死んだ魔王の命令? 幹部の命令? そんな意味のないこだわりで、魔族も人間も死んでいるというのか?
俺は、そのことに憤っていた。
「いい加減にしろっ!」
迫りくる魔族を聖剣で切り伏せながら、俺は気がつけばそんなことを叫んでいた。
「なぜそんなに死にに来る! 空を飛べば逃げれる! そもそも戦わなくていいはずだ! お前たちは……死にたいのか! 馬鹿なのかっ! なぜ自分の命を大切にしない!」
実際、空から迫られたら俺たちは負ける。そんな挑発をすること自体、戦略という観点から言えば馬鹿だったかもしれない。
でも、傷つく味方と、そして死体の連なる魔族たちを見て、俺は叫ばずにはいられなかった……。
**********
悪魔王軍、本陣にて。
魔族、ダグラスは小高い丘で戦場を俯瞰していた。
主であるイグナートより空を飛ぶことが禁止されているため、上空から見下ろすことは不可能。しかしこの丘からでもある程度の戦場は把握できる。
戦況は、こちら側が押されている。
当然だ。いかに魔族が精強といっても、数に50倍程度隔たりがあればその優位性は崩れる。敵は聖剣・魔剣持ちをある程度揃え、おまけに女でさえもある程度魔法が使えるようになった軍団。革命以前であればまだしも、今、この地にいる魔族たちだけであの大軍に立ち向かうことは不可能なのだ。
このままでは、敗北は必至。すぐに打開策を練らねばならない。
「……イグナート様、右翼側がかなり押されているように見えます。もともと数に限りがある軍。増援は見込めませんので、ここは僕たちが援軍として向かうべきかと……」
「よい……」
ダグラスと同じ光景を見ているはずの悪魔王は、その整った姿勢を崩さずそう切り返した。
「ダグラスよ。真の強者は戦場すらも覆すのじゃ。増援? かかかっ、笑止。仮に戦死することがあったとしても、それは魔王陛下からの命令を果たしたというだけ。何を恐れる必要があるのじゃ?」
「……ご冗談はほどほどにしてください」
ダグラスには魔王や主の意図など分からない。ただ理解できることは、今、この場で同胞が命を失っているというその事実だけだ。
「あなた様の命令で、多くの同胞が死んでいるのですよ? 空を飛べれば、否、あなた様が究極光滅魔法を使うただそれだけで、我々は救われる。なぜそうなさらないのですか! これでは、我々は崖に飛び降りる羊のようなもの! どうか、どうかご慈悲を」
「ダグラスよ」
答えたイグナートの声は、冷静そのもの。
「わしは初めから言っておる。『死』こそ、わしの、そして魔王陛下の唯一にして絶対たる命令。死ぬまで戦うのじゃ。わしに言えることはただそれだけよ」
「……そんな」
ダグラスは絶望に打ちひしがれた。
結局、最後まで主であるイグナートのことが分からなかった。
なぜこのようなことになってしまったのか分からない。ただ多くの同胞が死に、ダグラスの悲しみは増していくばかりだった。
呆然と、ただ動けず立ちすくんでいるダグラスの耳に、小さな声が響いた。
――なぜ自分の命を大切にしない!
それは風精霊のいたずらか、はたまたダグラスの願望が生み出した異常聴覚か。
同刻、戦場で下条匠が発した声であった。
(下条匠……)
その言葉は、ダグラスが思い描いていた疑問と……完全に一致していた。
思わぬ敵からのエール。絶望に染まっていたダグラスの心に、小さな勇気を植え付ける。
(僕の……やれることは、まだ……)
決意を新たに、ダグラスは戦場へ駆けだした。




