共和国第二都市の壊滅
グラウス共和国南方、ダークストン州。
この地の州都、ダークストンは共和国第二の都市として繁栄を謳歌していた。
半島の端に位置するその都市は天然の良港に恵まれ、その立地から西のマルクト王国、東の都市国家との貿易が盛んだ。
共和国の南部であるがゆえに栽培できる作物、とれる魚介類、木の実やキノコも首都近郊とは大違い。首都との交易だけで相当量の金銭を稼いでいる。
昨今の魔族侵攻に対してもぬかりはない。元々存在していた城壁は堅牢。それに加えて共和国軍2万人と傭兵3000人で構成される軍隊は、必要とあればすぐに出撃できる。一人で魔族を倒すことはできなくとも、50人、100人で囲えば勝利の可能性は格段に跳ね上がる。
さらに、赤岩つぐみが起こした革命の余波で、貴族たちの保有していた聖剣・魔剣が兵士たちの間にもわたるようになってきた。
魔剣・聖剣を持ち、扱うことのできる者は、この州に五人。
適性は匠たちに遥かに劣るものの、百人力とも称せる彼らは、門の要所に配置されている。
まさに盤石の布陣。匠たちがいる首都を除き、この国、否、世界で最も防衛の進んだ都市と言っても過言ではなかった。
しかし、今、そのダークストンは存在しない。
まるで火山にすべてを焼き尽くされたかのような茶色い荒野に、白い煙が立ち込めている。ここはかつて、栄えある州都ダークストンだった。ところどころに点在する瓦礫や、荒野の遥か先に見える途切れた街道がそれを何より示している。
その、上空。高度11kmにて。
背に生えた翼で空を飛び、上空から荒野を俯瞰する一体の魔族がいた。
「かかっ、かかかかかか」
魔族三巨頭の一角、イグナートである。
心優しい好々爺のような姿をした、執事風の男。背中にコウモリのような羽さえ生えていなければ、ただの人間といっても違和感がないだろう。
「イグナート様、よろしいのですか?」
背後に控えていた、同じくコウモリ風の翼をもつ魔族が口を開いた。
名は、ダグラス。
彼はイグナートの副官として、その行動を補佐する役割がある。彼と同じように黒いスーツのような服。髪型は整髪料で固めたオールバック風であり、清潔で紳士な印象を受ける。
今回の惨状はすべてイグナートの働きによるもの。このダグラスはずっとその様子を背後で見ていただけだ。
「……ここは第二都市。この国を滅ぼさんとするのであれば、北にある中枢都市を先に攻撃すべきだったのでは?」
「よい」
イグナートは軽く頷いた。
「考えあってのことじゃ。何も気にすることはない」
「…………しかし、これではあまりにも……。人間を倒す、というよりはむしろ苦しめて虐殺しているかのように……」
「かかかっ、これはおかしなことを言うのうダグラスよ。仮に、仮にじゃ。わしが人間を苦しめ虐殺していたとして、何か問題があるのかのぅ……」
「…………過ぎた発言でした。お許しを」
ダグラスはうやうやしく頭を下げた。軽率な気持ちで主に逆らうことなどしない。
だが胸中で疑念は渦巻いている。
らしくない。
主、イグナートは策謀を働かせて敵を陥れるタイプだ。このように直球勝負で相手を殲滅したりはしない。理詰めと、わずかな遊び。力押しでない何かが垣間見れる、そんな行動をする……はずなのだ。
何が彼を、この行動に駆り立てているのだろうか?
「わしの究極光滅魔法は完全無敵。今は亡き魔王陛下を除き、誰もわしを止められる者などおらぬよ」
イグナートはしたり顔であごひげを撫でた。
究極光滅魔法。
これはイグナートオリジナルの純魔法であり、この州都ダークストンを一夜にして壊滅させた元凶である。
一日を費やして空中に描かれた魔法陣。この魔法が発動すると、そこから一度に万を超える閃光の矢を地上に降り注ぐ。
矢一本で半径100㎡を破壊する。それを万も放つわけだから、この都市を荒野に変えるには十分すぎる量であった。
反撃する隙も、逃げる時間も与えない。攻撃ははるか上空からやってくるため、仮に気付けたとしてもそこから逃げることは難しい。
だからこそ、副官ダグラスは思う。
これは戦いではない。ただ、相手を滅ぼすための殲滅だ。
こんな戦いに何の意味がある、と。
口に出すことがないのは、目の前の魔族が尊敬する主であるから。
「さてダグラスよ。命令を与える」
「はっ」
「これを……」
イグナートはそう言って、一枚の手紙を懐から取り出した。
ダグラスはその手紙を受け取ると、封を開けることなく表と裏を確認した。
「こちらの方に?」
「然り」
手紙に裏には、宛名らしき名前が書いてあった。ダグラスはどの人間がどこに住んでいるか全く知らないが、調べる方法がないわけではない。
「イグナート様はどちらへ?」
「わしは北へ向かう。まずは魔法陣を完成させねばのぅ。そのあとは……、そう…………べては、魔王陛下……」
イグナートはブツブツと独り言をつぶやきながら、北の方へと向かっていった。
衛星どころか飛行機すらないこの異世界。翼をはためかせ、成層圏を飛行する彼の姿を捉えることは、不可能。
それは同時に、究極光滅魔法の予防が不可能であることを意味する。
匠たちの住む首都に、ゆっくりと……崩壊の危機が訪れていた。
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