半裸のりんご
目覚めると、そこはキッチンだった。
ああ、俺。そういえばりんごと一緒にホットケーキ作ってたんだっけ? それで一緒に食べて……あれ、そっから記憶ないぞ? 眠くなってそのまま昼寝でもしてたのか?
っていうか時間おかしいよなこれ? 太陽の方角が朝だし。俺、まさか12時間以上ぶっ続けで昼寝してたってことか? 病気かそうじゃないか、ちょっと怪しいレベルだな。
背中が冷たい。どうやら俺は、布団も何もないキッチンの床で寝転んでいたらしい。妙に汗っぽいし、ジーンズも半分だけずれ下がっている。
ったく、寝相が悪いのかな? 調理場でなんて格好してんだよ俺。
そんなことを思いながら、ジーンズに手をかけ立ち上がろうとしたとき、気がついた。
隣に、半裸のりんごがいた。あちこちにキスマークついてるし、汗がすごい。
「……?」
ぼんやりとしていた頭が、すっと覚醒する。
え……。いやなんでりんごが俺のそばで寝てるんだ? このキスマーク? 俺? ジーンズずれ下がってるし、あちこちべとべとするし。
「お、おい、りんご。起きろ大丈夫か?」
「う、うーん」
眠気眼だったりんごは、俺が肩を揺らすとすぐに目を覚ました。
「あうううう……」
自らの置かれている状況を理解したのだろうか。すぐにはだけた服を元に戻して、俺から距離を取った。
「…………」
これ……俺だよな? 俺のせい、なんだよな?
記憶ないし!
俺、何かとんでもなくすごいことやってしまったような気がするんだが、それはきっと気のせいではないと思う。
「匠君……」
と、キッチンの外、すなわち食堂の方から声が聞こえたので目線を移す。
そこには、乃蒼がいた。鈴菜がいた。つぐみも璃々も一紗も雫もいた。
「…………」
俺とりんご、半裸でここにいたんだが……、見られてたのか?
いや、見られてるとか見られてないとかそんな問題じゃない。今、朝だよな? 俺は12時間以上もりんごと……ここで?
「ごめんね匠君。まさか、森村さんが料理するなんて……思ってなくて」
「料理、何の話だ?」
ホットケーキ作ってた時の事か。そういえばあの時、透明なシロップをりんごが……。
あ……ああああああ、あれのせいか!
「え、じゃああの毒シロップは乃蒼が用意したものなのか?」
「あの液体ね、精力剤なの」
「は?」
精力剤?
バイアグラ的なやつか? 俺のために用意した薬?
「の、乃蒼が用意したのかそれ?」
「僕が用意したものだ。君がEDになってしまわないかと心配して……つい。使うつもりはなかったのだが、本当に申し訳なかった」
そうだったのか。
いや、俺めっちゃ疲れていはいたがEDというわけじゃないぞ。その辺は理解してほしかった。
やっぱりあの薬は毒だった、というわけか。
……でも、もう遅いよな。
これ、毒だったから許してくださいじゃ済まされない状況だぞ。
「り、りんご! なんだか俺、覚えてないけど……やっちゃったんだよな? すまなかった! 許してくれなんて言わない。罪を償えるならなんだってする。俺はどうすればいい? 何をして欲しい?」
これは相手の意思を踏みにじった行為だ。たとえ薬で操られていたとしても、俺の罪は重いと思う。
ましてや相手はあの天使みたいなりんごだ。彼女を汚してしまった俺は万死に値する。俺が俺でなければ殴っていたかもしれない。
「たっくんは何も気にしなくていいよ。りんごも、嫌じゃなかったから」
「ほ、本当か? 俺に気を使って、言ってるんじゃないよな?」
「たっくんに抱かれて気がついた。胸がドキドキして、あちこちにキスされて……もう、あんなの忘れられないよ」
「りんご……」
「ホントはね、六時ぐらいに島原さんたちがここに来て、止めてくれたの。でもりんごが断っちゃった。えへへ、これでりんごもしずしずと一緒だね」
「…………」
いや、これでいいのか?
本当にいいのか?
俺が理性的に悩んでいると、すぐに雫が飛び出してきた。
「りんご! 私嬉しい! りんごと二人なら、きっとあのおっきなベッドにも入れる!」
「うん、うんそうだねしずしず。りんごも頑張るから……」
「りんご……」
滅茶苦茶嬉しそうな雫を見て、俺はそれ以上何も言えなかった。
りんごちゃん……なんていい子なんだ。
薬に操られていたとはいえ、俺もまた加害者。さっきなんでもやるって言ったし、ここはりんごの言うことに従うべきなんじゃないのか?
俺はりんごを抱きしめた。
「あ……」
「りんごがそう言うなら、俺も覚悟する。それでいいよな?」
「うん、うん……」
抱きしめられたりんごは、涙目になりながら頷いた。
俺は彼女の顎を持ち上げると、そっとキスをした。
「大統領閣下にご報告!」
……と、まさにキスをしたちょうその時、キッチンに一人の女兵士が入ってきた。
あの甲冑、近衛隊だな。
随分と騒がしい兵士だな。取次もなく食堂や部屋に入ってくるなんて、初めての出来事だ。
「なんだ、何が起こったっ!」
さすがの大統領も、これには少し驚いたらしい。俺たちに聞かれたくない話らしく、耳打ちに近い形で伝えている。
報告を聞いたつぐみは、顔面を蒼白にしながら駆け出した。
「匠もすぐに官邸に来てくれっ!.」
この場で話せないほどのことなのか?
これは、一大事だ。
勤務時間外につぐみが呼ばれるこのパターン。国として迅速な対応に迫られている何かが始まった時にあることだ。
このタイミング、まさか……魔族がらみか?
いよいよ、地上にうごめく魔族たちが本格的に動き始めたのか。
俺はりんごを抱きしめながら、迫りくる戦いの空気に震えるのだった。




