りんご、衝撃の初日
PM2:00
(えっと、何か……手伝おうかな)
りんごはそんなことを考えていた。
屋敷にいるだけだと暇で仕方ない。一応、掃除や各種料理の準備は使用人や乃蒼が行うことになっているのだが、手伝えないわけではない。
勇者家業は禁止なのだから、当然やるべきことがない。りんごは魔法使いだ。風魔法で雑草を切ったり、炎魔法で料理をしたり、水魔法で庭の花に水をやったりいろいろとできる。
「……んー」
どこかの使用人か、匠か、あるいは掃除をしている島原乃蒼か。彼らのうち誰かに話をして、必要な仕事を割り振ってもらおう。
そう思い、廊下を歩いていたちょうどその時……見つけた。
メイド服の少女、島原乃蒼。
そして彼女と話をしている……匠だ。
「匠君……」
「乃蒼……」
壁際に寄る乃蒼と匠。どちらが迫ったわけでもなく、誘ったわけでもなく、おそらくは自然と距離が縮んだのだろう。
「……ん」
二人は目を瞑ってキスを始めた。
「子供、欲しいね」
「俺も同じ気持ちだ……」
りんごはその場から足早に立ち去った。
PM8:00
「おふろー♪ おふろー♪」
りんごは大浴場に向かっていた。
勇者の屋敷にある大浴場は、かつてここに住んでいた貴族が使用していた広大なものである。そのため、りんごのテンションは高かった。
更衣室にたどり着いたりんごは、すぐに上着を脱いで下着に手をかけて……気がついた。
「あ……」
この屋敷には、匠がいるのだ。もしかすると、匠と中で鉢合わせなんてことも……。
タオルで胸元を隠しながら、あたりを見渡すりんご。
すると、見慣れたブラジャーとショーツが落ちているのを見つけた。
「これ、かずりんの下着」
いつも自分で洗っていたから、よく覚えている。
りんごはため息をついた。
一紗はいい加減なところがある。物を投げたら投げっぱなしだったり、食べかけのものをそのまま置きっぱなしにしたり、胸当てとか剣を身に着けたままベッドの中で寝ていたりなどなど、思い出せばきりがない。
りんごは一紗の下着を拾って、バスケットの中に入れた。
そしてお風呂の中へと向かい――
「$〇%&¥*っっ!」
りんごは悲鳴を上げないように、素早く自分の口を押えた。
そこには、匠と一紗がいた。
りんごは着替え直して、そっと更衣室から出て行った。
PM11:00
りんごは雫の部屋にいた。
雫は元気なように見える。りんごがここにやってきたことによって、心の安定を少しばかり取り戻したのかもしれない。
「しずしず、お風呂気持ち良かったね」
「うん、ここの大浴場はいい。あいつにはもったいないぐらいだ」
結局、りんごは雫と風呂に入った。もちろん、匠がいなくなった後での話だが。
「うい……っす」
二人で話をしていたら、匠が部屋の中に入ってきた。
妙にげっそりしているように見える。
当然だ。
りんごはこれまでずっと、幸か不幸か匠がはりきっている現場に立ち会ってしまった。ひょっとすると、自分が見つけていないところでまだ行為に耽っていた可能性すらある。
体力は限界なはずだ。
「匠っ!」
尻尾を振りながら主人の足元に甘える子犬のように、雫は匠のもとへと駆け寄った。
「ふ、ふんっ、遅いじゃないか。あまりそういう態度をとっていると、私がお前を見捨てるという残念な結果になるかもしれないぞ!」
「すまん」
腕を組みながら高圧的な態度で臨む雫。しかし匠が謝っている姿を見ると、すぐにりんごの方へ駆け寄ってきた。
「りんご! 匠が来てくれた、私のために!」
匠に聞こえないよう、そっと耳打ちをしてきた。
「あの、しずしず……」
と声をかけたが、雫は匠にご執心らしく全く耳をかしてくれない。
「なんか、ほっといたみたいな感じになってすまんな。俺、ちゃんとお前のこと愛してるから……」
そう言って、無言で雫を抱き寄せる匠。
「この愚か者め! 嬉しくなんて、嬉しくなんてないんだからなああああっ!」
本当なら、雫を止めなければならないと思う。
だが死ぬほど嬉しそうな彼女の顔を見て、りんごは躊躇してしまった。
りんごは、何も言わずに雫の部屋から立ち去った。
2019/9/6 運営の警告により一部を削除。
元の小説はノクターンに置いてあります。




