すれ違い
御影新と加藤達也は、グラウス共和国首都に到着した。
「へぇ、ここが公爵様の屋敷だったのか」
首都、旧公爵邸。
フェリクス公爵の屋敷があったこの場所は、今は完全に廃墟と化している。かつて下条匠との熾烈な争いがあった際、魔剣フルスの力によって洪水が起こってしまったからだ。
この地に、御影と加藤はやってきていた。
もはや人も住まず荒れ放題の土地。瓦礫には苔やツタのような植物が絡みつき、豪華なカーテンやカーペットは雨と泥によって汚れている。放置されている証拠だ。
こういった場所であるからこそ、人にあまり聞かれたくない話をできる。とりあえずの集合場所としてはもってこいだと判断したのだ。
「どーするよ、新ちゃん」
落ちたレンガのかけらを蹴りながら、加藤がそんなことを言った。
「とりあえず勇者の屋敷に行こうかな。あっ、僕や加藤君がこの世界に来たこと、下条匠は知ってるのかな? 指名手配みたいな扱いになってないかな? 似顔絵とか用意されてたり……。騒ぎになるなら、夜まで待ってから……」
「騒ぎの一つや二つ、問題ねーよ。むしろ俺の姿を見て怯えてる女どもの姿が見て―ぐらいだ。安心しな。俺もそのまま向かう」
何を安心するのか分からないが、時間を無駄にしたくないのは事実だ。文句がないなら、このまま向かうのがベスト。
と、そこでふと御影は思った。
ここで、下条匠がフェリクス公爵とスキルの練習をしていたらしい。
ひょっとすると、ここには乃蒼もやってきていたかもしれない。そこにいたのが下条匠ではなく自分であったなら、いったいどれだけ素晴らしいことだっただろうか。
御影は自分と島原乃蒼がスキルの練習をしている姿を妄想し、思わず笑みを漏らす。ありもしない幻想だ。
そんなことを考えながら瓦礫の中を眺めていた御影は、ふと、『ソレ』を見つけた。
「……ん、なんだ御影?」
「フフ、少し、使えるかなって思って」
メガネのブリッジを指で押し上げながら、御影はそう言った。
詳しく説明するつもりはない。
御影はソレをつかみ取ると、ポケットの中に仕舞い込んだ。
「勇者の屋敷って、どっちだったっけ?」
「森のなかだろ。俺は行ったことねーけどな」
大まかな地図は、貴族たちが用意してくれた。だが地図だけ見て何もかもがわかるはずもなく、ある程度道を尋ねなければならない。
御影たちは、目的地に向かって歩き始めた。
時々近くの住民に現在地を尋ねながら、御影たちは目的地へと到着した。
森の中に存在するその屋敷は広く、そして丁寧に手入れがされていた。
勇者の屋敷。
下条匠が住まいとしている、とされる場所だ。
「いいとこ住んでやがんなぁ、下条の奴」
「…………」
庭師兼メイドの一人が、花に水をやっている。しかしすぐに御影たちのことに気が付いたらしく、駆け寄ってきた。
「お客様ですか?」
ニコニコと愛想のよい笑みを浮かべている。敵意は持たれていないようだが、かといって素直にそのまま通してくれるわけもないだろう。
「屋敷の勇者様を呼んでもらえるかな? 僕は彼の知り合いなんだ」
「アポイントメントはおありですか?」
「…………」
そんなものがあるわけない。
強行突入することは容易だ。御影も、加藤もそれだけの力を持っているのだから。だがそんな無駄な労力を使わなくても、もっとスマートな方法が存在する。
「加藤君」
「任せろ」
加藤がベルトに固定されていた瓶を取り出し、中の液体をまき散らした。
「言え、下条匠はどこにいる?」
加藤のスキル、〈創薬術〉によって生み出された薬だ。
液体を浴びたメイドは、一瞬驚いた様子を見せた。そしてそのすぐ後に、がくがくと壊れた機械のように体を震わせた。
「ご、ごごごご主人様は、このののの、や屋敷にはいません」
震えるメイドの声は、加藤が発した質問に答えるものだった。
どうやら、先ほどの薬は自白剤の一種らしい。
「あ、赤岩大統領とともに、軍を率いて移動中です。屋敷には今、使用人しかいません」
「軍? 戦争か? どこに向かった?」
「どこに向かったかは知りません」
加藤が使った自白剤は、スキルで生み出された強力なものだ。嘘をつかれるとは考えにくい。
その言葉に、御影は考える。
軍を動かすと言うことは戦争規模の戦いを行うということ。大々的に宣伝して相手の士気を削る方法もあるが、一方でその出陣自体を隠ぺいして奇襲を狙う方法もある。今回は後者なのだろう。
ここにいる人間は誰も行き先を知らないのかもしれない。そして仮に目的地が分かったとしても、そこに今到着しているとは限らない。
つまりここで聞き込みをするのは時間の無駄。
「ちっ、赤岩も他の奴らも全員出払っちまってるってわけか。無駄足だったな」
「僕のスキル、素早く移動はできるけど目的地に瞬間移動できるわけじゃないからね。少し、面倒なことになったと思うよ」
「近くの村や町に寄って聞き込みをする。このあたりだな」
加藤がメイドを蹴り飛ばした。
メイドは茂みの奥に倒れこみ動かなくなった。死んではいないだろうが、あまり健康的な状態とは言えない。
御影はすぐにメイドを抱き起した。
「加藤君、あまり女の子に手を上げるのは感心しないな」
「ちっ、悪かったな。でもこいつ、この屋敷の使用人だぜ? 下条のメイドなら、俺たちの敵ってことじゃねーのか?」
「ただ単に雇われただけかもしれないでしょ? 僕はね、正義の味方なんだ。女子の皆を助ける主人公なんだ。罪もない女の子を痛めつけるような奴は……」
「ちっ、だから謝ってるだろーが。んなことより、さっさと下条追わねーと本当に見つけられなくなるぞ」
「……それもそうだね」
こうしている間にも、下条匠たちはどこかに移動している。首都で待っていたらいずれ戻ってくるだろうが、それではいつになるか分からない。要するに探す必要があるのだ。
御影たちは移動を開始した。
もはや自白剤を使う必要すらないだろう。軍がどこに向かったか、どこで戦争が起こるか。それが分かればいいのだ。
――この時、匠たちはマーリン地区近くまで軍を進めていた。
某エロゲをクリアした。
これで小説に集中できるね。




