閑話:忘れられたアーティファクト
閑話、というより敵ボス紹介です。
短くてすみません。
※ほんのちょこっとだけ前作の登場人物も出て来ます。
――???SIDE――
湿原地帯を歩いてくる4名の人影。
彼らが歩いてきた方向に目をやれば峻険な岩山が2つ連なって見える。
片方はグリーン・ロードの名産である魔法鉱石のミスリルを産出する、ミスリル鉱山。
今ひとつは竜人の居住地域である竜牙山だ。
ただし、竜人が生活しているのは1~5合目付近までであり、それ以上になると竜人達さえ立ち入らない。
嘘か誠かは分からないが、その頂には古竜の一体が棲んでいるとして、不可侵の聖域となっているのだ。
彼ら4人はその竜牙山からの帰途途中なのだ。
とは言っても彼らも古竜の怒りを買おうとするほど愚かでは無い。
竜牙山は3合目付近に地下に広がるSランク――超上級者向けダンジョンを内包しており、彼らはこのダンジョンに潜った帰りなのだった。
つまり、彼らはSランク冒険者ということになる。
「――っは、まいったね」
魔力の光を放つ半身鎧に、刀身まで漆黒の大剣――強力なマジックアイテムであることがうかがい知れる各種の装備に身を包んだ金髪で巨漢の戦士がため息をついた。
「竜牙山の魔竜窟に半日潜って宝箱から出て来たのはこれだけかよ」
そういう戦士の手には鎖の付いた護符の様な物が握られている。
どうやら竜の鱗を模した物のようだ。
「『賢者』の僕が『解析』しても、僕たちの誰も装備できないこと、有資格者が身に付けると王の資格を得ること、位しか分かりませんでしたね」
魔法文字で全身が埋め尽くされた銀色のローブを身に着けた男……自称賢者、が戦士の言葉に応える。
「うーん、魔力自体は怖いほど感じるんだけど、使えなきゃ宝の持ち腐れだよねー」
そう言いながら、ひょい、と戦士の手から護符を取り上げるエルフの女弓使い。
「あ、まてよ、勝手に取るな!」
「いいじゃん、あたしにも良く見せてよ」
護符を取り返そうとする戦士の手をひょいひょいとくぐり抜けるエルフ。
「あはは~こっこまでおいで、なんちゃって」
「ば、ばかっ、使えないって言ったって、学者ギルドにでも売ればそれなりの収入にはなるんだぞ!?」
慌てたようにエルフの手から護符を取り返そうとする戦士。
すると――
「「「「「あ」」」」」
取り返そうとする戦士の手がわずかに護符に触れ、その拍子に護符は宙を舞ってしまう。
「ちょ、ま――――」
慌てて手を伸ばす戦士の手をすり抜け、護符は、ぽちゃん、という音を立てて沼の中へ落ちる。
そして、あっという間に泥に飲まれて消えていく護符。
「……お、おい、確かここらって」
「……底の方で湿原全域につながってますね。おまけに対流していますから……まず見つからないでしょう」
ため息をつきながら答える賢者。
「あっちゃあ……ごめんねぇゴーバック……ほ、ほら、お詫びに夜はサービスしちゃうからさっ」
「…………ブロウジョブも?」
「ぶ、ぶろうじょぶもっ!」
「……ローション付きぬるぬるマット洗いも?」
「最高級ピンクスライムローションつかっちゃう!」
「じゃ、じゃあ禁断のうしろのあ」
「やめんかこのバカップルども」
「おごっ!」「ギャンッ!」
戦士とエルフの向こう臑を聖印の付いたロッドで思い切り殴りつけ、喜劇めいたやりとりを中断させたのは一行の最後の一人――聖職者のような服に身を包んだ岩のような筋肉を持つドワーフだった。
「今はイチャつくよりもこの湿原を抜ける方が先じゃろ? まだリザードマンのテリトリーの中じゃ」
「「~~~~!!」」
痛みに声も出ない二人。
そんな二人を無理矢理立たせて、ドワーフはロッドを再び二人に無かって振り上げ、先に進むよう促す。
「わかった!わかったから、無茶すんな!」
「ちょっとした場をなごますお茶目じゃ無い~」
「ふん、お茶目なら宿に帰ってから存分にせい」
「あー、わかったわかった、行こうか、みんな」
「ええ、リザードマンごとき敵では無いですが、望んで面倒を起こすことも無いですからね……しかし」
「うん?」
「……いえ、なんでもありません。あの護符……鱗の王の護符、勿体なかったな、と」
(……やっかいな事にならなければいいんですがね)
賢者はしばらく護符が落ちた沼面を見つめていたが、やがて一行と共に街道を目指して歩き出した……。
その一行の姿が遙か遠くになった頃。
護符が沈んだ沼からコポコポと泡が立ち上る。
「シュ……シャァ……」
ごぽん、と一際大きい泡の後に沼地から顔を出したのは1匹のリザードマン。
その凶悪な口腔には沈んだはずの護符が咥えられていた。
「シャア……?シュ、シャギャ!!」
沼から水辺へと上がり、不思議そうに口腔の護符を弄んでいたリザードマンだが、突然口を押さえて苦しみ始める。
「シャギャシャギャギヤギヤギャーーーーーーーーーっ!!!」
痛みに苦しむリザードマンの姿は、まるでその皮下に風船でも仕込まれているかのようにぼこぼこと膨らんでいく。
やがて――30分もした頃にはリザードマンの体躯はまったく別物になっていた。
3メートル近い長身、漆黒の鱗、蝙蝠のような羽、長く伸びた2本の角。
リザードマンでも竜人でもない、まるで二足歩行のドラゴンのような姿。
「シュア……かはっ……はぁ……はぁ……なんだってんだ……う?」
バキン
彼が思わず苦しさから握りしめていた石が粉々に砕け散る。
彼がそのことに疑問を持つと、頭の中に直接響いてくるように誰かが……もしくは何かが語りかけてきた。
「……この程度じゃ無いだと?……だれだ……俺の頭ん中でくっちゃべっているヤツ……試してみろ?」
元リザードマンは半信半疑ながら水辺に生えていた大木に向かって尻尾を振ってみる。
するとあっさり大木はへし折れ、ズズン、と重たい音を発して倒れた。
まるで小枝を折ったかのような感触だ。
「すげぇ……すげぇぞ……まるでドラゴンみてえなこの力……あは、あははははは……」
リザードマンは、すでに自分が人の言葉を操っていることにも気付かぬほど自らが得た力に興奮していた。
胸にいつの間にか浮かび上がった護符はそんな彼に更に知識や情報を送り込んでくる。
今の彼はこの胸の護符が先ほどの頭の中に響いてきた声で、この力の元だと言う事も理解している。
それほど急速に彼は護符によって変えられていった。
「……王、王か……俺が……鱗持つ者どもの王……リザードマンだけじゃ無いのか……バジリスクにスケイルヴァイパー、ポイズンリザード……レッサードラゴンさえもか!」
感極まった彼は、両の翼を広げて空に飛び立つ。
「フライングスネークも! ワイバーンも! みんな俺に逆らえねぇ! 俺が! 鱗持つ者どもの王だぁぁぁぁっ!!」
――――十蔵達がアイリーザに赴く一月ほど前のことであった。




