61,これからも故郷のために
罪人達への対応を終え、王侯貴族の考え方に毒された民を正していくため、私は結界と宣誓を利用して犯罪経験があると推測される者達の炙り出しを行った。
明らかな犯罪者は牢屋へ。
怪しいが不確定な者や、これまでに植え付けられた考えから他者に対して異様に攻撃的な者は、見回りの兵士達に要注意人物として記憶してもらい、一旦様子見をすることに。
その調査の中で恐ろしかったのは、やはりホロンビスに住まう民達は仲間意識や協力意識が著しく低く、他者を敵と認識していることだ。
多くの民が、いかに個としての評価を得られるかばかりを重要視していた。
きっと評価が得られなかった時に、自分の立場が悪くなってしまうからだろう。
競争心があるのは決して悪いことではない。
嫉妬心や挫折感は、時に人の成長に必要な感情や原動力を与えてくれるからだ。
けれど、このホロンビスでの生活を幸福と言える者は少ないだろう。
いつ自分が淘汰されるか分からない不安な日々の中で、人々の心からは余裕が消え、他者への思いやりも失われてしまった。
そして、いつからかそれが普通になってしまったのだ。
私達は民の心労を憂い、新王国誕生の秘話を物語のように広めてもらうことにし、自分本位に生きてきた悪者がどうなったのかを教訓として伝えていく。
王侯貴族の圧政のせいで染み付いた考えや行いを見つめ直せだなんて、民からすれば身勝手な話だろう。
けれど少しでもこの国が、穏やかで生きやすい考え方に変わっていけるように、少しずつ時間をかけて改善を目指すつもりだ。
そして、私達は――。
「ディア様ーー!おかえりなさーい!」
「大聖女様ーーっ!!」
「みんな、ただいまーーっ!!」
まだ残暑が厳しい中、ついに私達はサグラードへと帰ってきた。
今日この日のためにテルセロ様が用意してくれたオープン型の馬車に乗り、ゆっくりと大通りの中央を走っている。
両脇には多くの民衆が詰めかけ、私達に手を振ってくれていた。
それに応えるよう手を振り、声を返す。
私はもう大聖女であり侯爵令嬢となっているため、行儀よく淑女らしい対応をした方がいいだろうかとライやテルセロ様に確認したところ、
「そんなもん生まれた時から知られてて、顔に泥付けて遊んでた姿さえ見られてんのにか? 別に気取る必要ねぇだろ」
とライから言われ、テルセロ様からも
『他の貴族達が居る前では取り繕う必要はあるだろうが、サグラードの街の人間と触れ合うくらいなら気を遣わなくていいだろう』
と手紙でお許しをもらった。
そのおかげで、こうして昔と変わらない態度で手を振ることが出来ている。
みんなからの声かけに様が付いていたり大聖女と呼ばれるのは、やっぱり少し慣れないけれど。
それでも、みんなの温かさが何一つ変わっていない。
それが伝わってくるから、その多くの声援に心から笑顔で応えることが出来た。
「ほら、ライも手を振ってあげなよ」
「俺が手なんて振るわけねぇだろ。……上げるだけで勘弁してくれ」
どうにも照れ臭いのか、ライは苦笑しながら手を上げている。
私だってこんなふうに注目されるのはまだ慣れない。
けれど、やっと帰って来れた喜びから、私は出来る限り全員の顔を見ようと目を凝らしながら手を振る。
見知った面々の中に、知らない顔ぶれ。
きっと北の地や他から来た、新たな移住者も交ざっているのだろう。
そんな人達の先頭には三人の親子が大きく手を振ってくれていた。
彼らは報告にあった親子だろうか。
私は目を合わせるように微笑んで「ありがとう!」と手を振った。
暫くして目に飛び込んできたのは、よく知る面々が横断幕のようなものを掲げて並ぶ姿。
「おーーい!」
「ディア様ーー!」
「あっ! ライ、ほら見て、トゥルガのみんなだよ! エルバさーん! みんなーーっ!!」
私が叫ぶと、みんなが横断幕を揺らしながら大きく手を振ってくれた。
そこで料理人の一人が何かを取り出したと思ったら、カーンと軽快な音が響いていく。
「おいアレ、あの時のフライパンとおたまじゃねぇの?」
「あはは! ほんとだ!」
それは王国騎士団が攻めてきた時に使わせてもらったもの。
私とライが笑っているのを見てか、エルバさんも料理人も得意気な表情を浮かべている。
そういえば、あの日からまだ半年も経っていないんだなと、その事実に少し驚いてしまう。
この国と大神殿を絶対に変えてみせると決意して、大神殿から逃げ出して。
国の内情が変わればいいと願って、ライやテルセロ様と共に動いてきたけれど、まさか国ごと変わるだなんて想像もしていなかった。
(その一年前の聖女に選ばれた時でも信じられなかったのに。私、この国の大聖女になって、後々には王妃にもなるんだって。信じられる?)
聖女に選ばれてサグラードを離れなければならなかった過去の自分を思い出し、語りかける。
ライに慰められてばかりだった、一番弱っていた時期の私。
その頃の私がこれを聞いたら「はぁ?」って言うんだろうなと笑ってしまう。
「おっ、あっちの奥に居るの、孤児院の奴らじゃねぇか? あそこ、卒業した奴らとか……院長も居るぞ」
「えっ!? どこ!?」
ライの視線の先を覗き込むと、前の列には子供達が花を持って立っていた。
その中には、トーイを含めたホロンビスの孤児院の子供達も交ざっている。
ホロンビスの孤児院は新たな神殿と共に立て直しが必要だろうとなり、一旦公爵領内にあるいくつかの孤児院に何人かずつ預けることになったのだ。
トーイは随分顔色がよくなり、肉も付いて来ているように見える。
子供達の後ろにはずっと前に卒業したはずの、一緒に孤児院で暮らしていた先輩達も並んでいた。
そして何より、昔から変わらない優しい表情で微笑んでいる院長が見えた途端、私は泣きそうになってしまった。
「あ……っ」
「おい、泣くなよ」
「分かってる、分かってるけどぉ……っ」
ゆっくり走っているはずなのに、あっという間に通り過ぎてしまいそうで、私はもう少しだけゆっくり……と望んでしまう。
するとライが「少し停めてくれるか」と御者に声をかけてくれ、院長が立っている前で馬車が停車する。
その瞬間、気付けば私は身を乗り出していた。
後ろで「危ねぇぞ!」と慌てるライの声も耳に入ってこず、私はライに腰を掴まれながらも院長へと手を伸ばした。
「院長……お母さんから全部聞きました。もう、何からお礼を言えばいいか……っ」
「そうですか、そうですか。漸くお会いになられたんですねぇ」
「やだ、院長。院長はこれまでと変わらない話し方で居てください。院長はずっと私の先生で、家族全員にとっての恩人なんですから」
ぎゅっと手を握ると、変わらない手の温かさが伝わってきた。
しかし、私が生まれてから二十年近い年月が経ち、昔よりも手に皺が増えている気がする。
この手に引かれ、竜胆の花畑を見させてもらった日のことを思い出す。
誕生日を前に、ひっそりと一人で膝を抱えていた時。
院長が「綺麗なお花を見に行かないかい?」と言って連れて行ってくれたのだ。
淡い青と濃い青の絨毯が空にも地上にも広がっていて、子供心に感動したのをよく覚えている。
「ずっと院長が、私の心も、お母さんの心も、あの花畑も守り続けてくれたんですね」
「大したことはしていないよ。孤児院院長の私に出来るのは、あれくらいのことだけだったからねぇ」
「そんなこと……!」
私はブンブンと首を横に振る。
そんな私の肩をポンポンと優しく叩いた院長は、感慨深そうな声を発した。
「あの生まれたばかりの小さな赤子が、こんなにも立派に成長して大聖女様になるなんて。それに、あんなにも人を寄せ付けず傷付いていた少年が、この子や街のために国ごと変えてしまうなんてねぇ」
院長は反対の手でライにも手を伸ばす。
私の後ろから覗き込んでいたライは、その手をしっかりと握っていた。
ライも院長からの言葉にぐっときたのか、私の腰を抱いたままの手が僅かに震えている。
「長生きはするものだなぁ。こんな幸せそうな二人が見られて嬉しいよ。ディア様も、ライ様も、私の自慢の教え子だ。本当にありがとう」
「ぅあ……っ」
ぽろりと、堪えきれなかった涙が零れ落ちていく。
それを見た子供達が慌て始めた。
「ディア様!?」
「大丈夫!? どこか痛いの?」
その純粋な心配に私はふふっと笑い、
「嬉しくても涙は出るんだよ。今はね、凄く幸せで、胸がいっぱいなの」
と涙を拭いながら優しく声をかける。
相変わらず素早いライは、ポケットから新しいハンカチを取り出して私の目元を拭ってくれた。
子供達は私の言葉に安心したのか、手にしていた花を交代で渡してくれる。
全部を受け取った頃には、私の手には色とりどりの花で溢れていた。
聖女としてホロンビスで過ごし、その中で「こんな国じゃいけない」と思った。
だからサグラードを、公爵領を守るために大神殿から逃げ出して、悪徳な王侯貴族が反省するきっかけになればと行動を始めた。
まさかあんなにも悪が蔓延っているとは思わなかったし、ライや私の出自にも繋がるなんて考えもしなかった。
しかもその結果、ライが新しい国の王様になって、私が大聖女兼次期王妃になるだなんて。
私はきっと、誰もが羨み、なりたいと望むような地位を手に入れたのだろう。
でも、それでも――。
(私の立場がどれだけ高くなったって、これまでこの街で、孤児として生きてきた私が居なくなるわけじゃない。みんなと過ごしてきた日々が、私をここまで大きくしてくれたんだから)
きっと根っからの純粋な貴族達からは、驚愕されたり嫌悪されることもあるかもしれない。
でも私は……私達は、この二人だからこその国を築いていきたい。
身分差など関係なく、民からの絶大な信頼と尊敬を得て慕われるテルセロ様のような、そんな統治者を目指して。
みんなが穏やかに笑っていられる温かな場所に。
そんなことを考えていると、私の体がふわりと光り出した。
ライが「またか」と苦笑するも、その光がどんどんと膨れ上がっているのを感じたのか、
「ディア、大丈夫なのか?」
と聞いてきた。
眩しすぎない程度の柔らかな光がどんどんと大きくなっていく。
「ライ、一緒に立ってもらってもいい?」
「は? いや、構わねぇけど」
私達は馬車の上で立ち上がる。
ライに腰を抱かれて支えられながら、ぎゅっと胸の前で両手を組む。
(この気持ちがあれば、心から願えるよ。長くこの地が幸福であるように。私の故郷が、幸せで満たされるように!)
そう願いながら、私は空を抱き締めるように手を伸ばした。
ライも民達も、その手に釣られて空を見上げる。
「大いなる幸せを!」
それはかつて大聖女達が命を懸けて発動した秘術。
かなりの力を使う、大聖女の力の中でも特級クラスの大技だ。
しかしこれは本来、命を散らせて数百年の平穏を祈るためのものではない。
心に灯った思いのままに祈り、数十年置きにかけ直せばいい祝福なのだ。
「……綺麗」
それは誰が呟いたのか。
雪のようにキラキラと舞う輝きに見蕩れ、次第に割れんばかりの喝采が起こる。
「ディア」
「平気、大丈夫だよ。だってこんなにも胸が温かいんだもん」
支えてくれていたライが心配そうに覗き込んでくる。
胸を掴んで笑いかけると、徐にライは私を抱き上げた。
きゃっと悲鳴を上げるも、周りの声に掻き消されてしまう。
「俺は! 国の王なんてガラじゃねぇし、ディアだって大聖女らしくねぇだろう。ここで育ってきた姿を知ってるお前らなら、俺達が国のトップになるなんて信じらんねぇと思う」
ライがそう声をかけると、至るところから笑い声や「そんなことねぇぞ!」と励ましの声が返ってくる。
私はそんなライを腕の中から見上げるしかない。
「俺は、俺達は! この街の奴らのおかげで、ここまで生きてこられたんだと思っている。国の王としても、大聖女としても、俺達はまだまだ未熟で、至らねぇ部分が沢山あると思う。でも絶対に、ここをいい国にしてみせる! これからも俺達のことを、宜しく頼む!!」
そう言って、ライは私を抱えたまま頭を下げた。
わぁっと歓声が沸き上がり、大きな拍手で埋め尽くされる。
普段なら絶対にそんなことを言わないライが街の人達に向けた言葉を聞いて、私はその胸に顔を擦り寄せた。
(神様。そして、かつての大聖女様達。これからも私はこの街を――国を守っていきます! どうか見守っていてくださいね)
「ライ、これからも頑張ろうね」
「あぁ。ディアと一緒なら、何だって出来る気がするよ」
私達は顔を寄せ合って笑う。
カンカン照りの景色が一層明るくなった気がして、ふと空を見上げる。
どこまでも広がる青い空で、眩く輝く太陽が言祝ぐように国を照らしていた。
これにて、
【 平民聖女、鎖領します! ~聖女の力に目覚めましたが、平民のくせにと馬鹿にされたので故郷のためにしか貢献しません!!~ 】
は本編完結となります……!
ここまで拙作をお読みくださった皆様、心からの感謝を。
本当にありがとうございます。とても嬉しいです!
後日談やSSをいくつか載せられればいいなと考えており、来週もしくは再来週に1~2話更新予定です!
対面することのなかったあの人の話や、大量に作られてしまったアレがどうなったのか。
果たされなかった約束などなど、ネタはそこそこにございますので、ぼちぼち載せていきたいなぁと思っております!
その際は是非ご覧いただけますと幸いです!
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とても励みになります……!
是非とも応援宜しくお願い致します( .ˬ.)"
また、新作のお知らせをさせてください!
本日19:30公開の短編:
【QRコードに潜むシカが、残業中の俺を帰らせようとしてきます】
初の現代恋愛カテゴリの短編作品です!
しかもこれまた初の男主人公をメインにしたストーリーで、後半に少しオマケとして別視点を付けています。
ほのぼのラブコメでサラッとお読みいただけます。
摩訶不思議なこのタイトルに興味をお持ちいただけましたら、ちらりと覗いていただけますと幸いです。
このQRコード……喋るぞ?




