60,彼らの辿り着いた先
私が離宮を破壊してから、予定通り約一ヶ月後。
兵士達から北の地が完成したと報告を受け、私達は罪人達への対応を始めた。
「こ、ここは……!?」
移送中、目隠しをされていたアンセルホは、そこに広がる光景を前に目を見開いて固まった。
私やライも完成したものを目にするのは初めてだが、想像よりもずっと綺麗な出来だ。
連れてこられた者達にとっては屈辱でしかないだろうが。
そこには小さな平屋が等間隔に立ち並び、耕された田畑や井戸が用意されている村が出来ていた。
アンセルホの他に、元王族からはオロカルドと元王女。
元マッサーカ侯爵家からはナサネバとバシリカ。
大神殿からは大司教、司教。
その他、重罪を犯し情状酌量の余地なしと判断された貴族達もここへと運ばれた。
全員膝をつかされ、アンセルホと同じく口をはくはくとさせている。
「雨風が凌げる建てられたばかりの綺麗な家があるだけいいと思えよ。元々この近くに住んでいた人達は、もっと酷い家を何度も修繕して住んでいたんだからな」
ライはそんな愚か者達を忌々しそうに睥睨する。
劣悪な環境で生きなければならない苦痛を誰よりも知っているからか、ここで暮らしてきた人達を他人事のように思えないのだろう。
私は目を閉じ、兵士達からの報告を思い出した。
私達は兵士達に頼み、離宮を解体して作った石材を北の地に送ってもらう時、一緒に北の未開の地で暮らしている者達に声をかけてほしいと頼んでいたのだ。
国の王が代わり、この地に住む者達も平和に暮らせる国にしたいと伝えてもらった上で、穏やかで温かな気候の領地で暮らしたいか、このままこの地で暮らしていきたいかと聞いてもらうことにした。
急にそんなことを言われても、これまで何の対応もしてくれなかった国がそんな都合のいいことをしてくれるわけがないと、多くの者達は兵士達を警戒したという。
それにどれだけ貧しい土地であっても、自分達が暮らしてきた思い入れのある場所でもある。
容易に離れると決められるはずもない。
そこで私はサグラードに居る商人達と、他の領地から逃げてきた人達に協力を仰いだ。
商人達は、別の地に移住したいと言う人が居た時に、その人達の手伝いをしてもらうため。
逃げてきた人達は、心を決めきれない人達に、つい先日まで自分達も同じような境遇だったと話してもらうため。
北の地に向かってもらいたいと要請したのだ。
けれどサグラードからであれば、ホロンビスを通り越して更に北に向かわなければならず、それなりに長旅となる。
無茶を言っていると思ったが、テルセロ様から返ってきた返事は承諾の二文字。
更に追記されていたのは「我こそはと挙手する者達が多すぎて、厳選する方が大変だったぞ」と、きっと苦笑しながら書いたのだろうと思えるような、少し跳ね上がった文字で書かれていた。
兵士達に石材を運ばせ、お父さんの領地から石工を呼び平屋を建てさせている一ヶ月後の間に、周辺の村や集落に住む人達に声をかけてもらった。
勿論無理強いは出来ないし、その地で骨を埋めると決めている人達を連れていくことは出来ない。
しかしそんな人達に、向かってくれた人達が言葉を尽くして声をかけてくれたという。
その中でも特に一組の子連れの夫婦が、渋る人達の心に寄り添ってくれたそうだ。
「私達は勇気を出してサグラードの街に向かいましたが、本当に受け入れられるか不安でした。けれど、そこで待っていたのは心優しい出迎えと、用意してくれた温かな料理。そして、これからどうして生きていきたいか、どう暮らしていきたいかと聞いてくれる人達でした」
「それにね、聖女様がみんなに祈ってくれてね! パアァッて光ってとっても綺麗だったんだよ! 聖女様もね、街の人達もね、みんな温かいの!」
「住む場所が違うだけで、こんなにも違うのだと驚きました。ですから、貴方方にもそんな世界を知ってもらいたいのです。人生でやりたいことはありませんか? 思い残したことはありませんか?」
そんな彼らの言葉と姿勢に胸を打たれたのか、村や集落全体での話し合いの結果、全員で長年生きてきた土地から離れることを決意したそうだ。
それを聞いた商人達は公爵領に増援を求め、私達にも知らせてくれた。
まさか全員の心が動かせるとは思っていなかった私達は予想以上の結果に喜び、前回同様、一旦全員をサグラードへ受け入れることに。
一人一人の要望を聞いて、今後を決めていこうという話でまとまった。
そうして誰も居なくなった土地は後々見直すことにし、元々空いていた場所に罪人の村を作らせたのだ。
新しいものにばかり囲まれていた彼らの新たな家が、離宮を再利用した石材で建てられた狭い平屋というのは、なんとも惨めなものだろう。
「ここに居る奴らは幸いにもお高い教養をお持ちなんだろ? 生活していくために必要そうな資料は用意しておいてやったから、あとは自分達で生きろ」
「ど、どういうことだ!? こんな何もないところでどうやって生きろと言うんだ!」
「何もない? そんなことねぇだろ。お前達のような人間に十分用意してやった方だろ」
オロカルドが声を荒らげるも、ライは平然と冷たくあしらう。
「生きていきたかったら、自分達の手で作物を育てる。服がほつれてきたら繕って、家具が壊れたら直して生きるの。貴方達が馬鹿にしてきた平民でも出来ることだよ」
「それがお前達への実刑だな。国はこれ以上お前達に何もしてやらねぇけど、税の徴収として実った作物は相応の分回収させてもらうからな」
途端に現実を突き付けられたからか、全員が嘆き始めた。
「わ、我らは王族だぞ!?」
「そうよ! わたくし達がどうしてこんな」
「お前らはもう王族でも貴族でもねぇんだって。何回言えば分かんだよ。脳味噌ねぇのか」
眉をぎゅっと寄せてライが顔を顰める。
余程苛々しているのか、魔力が揺れて肌に刺さってくる。
小さな氷の結晶が宙でキラリと光っていて、ぐっと気温が下がるのを感じた私は、ライの袖を引き前に出た。
「ここに居るのは王位も爵位も取り上げられた罪人だけ。罪人の村なの。貴方達は何を仕出かすか分からないし、一生この地から出られないよう結界で隔離するから」
「なっ!?」
唖然とする彼らに、私達はこれからを説明した。
罪人である彼らには、これからこの北の地で陸の孤島のような生活を強いる。
暴力に訴えて女性が不利になるのを避けるためと、罪のない哀れな子供を産まないための対策をした上で、それ以外を縛らず自由にさせるのだ。
本来なら即処刑でもおかしくない者達だが、それでは死んでおしまいになる。
彼らのしてきたことは、そんな簡単に許されることじゃない。
私達はそう考えた。
ここにあるのは、簡易的に作られた平屋とおあつらえ向きに準備された農地。
あとは最低限必要になるであろう裁縫道具や工具など。
誰にも頼れず、自分達で生きていくための道具だけ。
あとはライが言ったように、農作の手順や料理の方法などが記載された資料を準備させた。
何も分からないと言い訳をさせないために。
「ここでは何をしても自由。それこそ、こんな事態にした元国王を殺したってね」
私の言葉に反応して、貴族達は元凶となった元王族達やバシリカへと憎悪を向けた。
それに対抗するように「なんだその目は!」とアンセルホが叫ぶ。
自分達の行いを棚に上げて他人に矛先を向けるなんて。
揃いも揃って未だ反省はないらしい。
「でも、醜く争えば争うほど、自分達の首を絞めることになる。だって、一人死ねばその分の労働力が減るんだもん」
「最初はいいかもしれねぇが、人手が減れば減るほど、自分でやらなきゃなんねぇ仕事が増える。家事全般をやった上で、作物を育てて飢えを凌がなきゃいけねぇんだからな」
そう。
短絡的に恨み辛みを晴らしてもいいが、そうすればその分人員が減る。
農民のような生活などまるで分からない人達が試行錯誤で生きていかなければ行けないのに、一人減るごとに一人の負担が増えるのだ。
まぁその分、一人分の食材が浮くことにはなるが。
「作物が実るまでの間の食材は各家に用意しておいたから、誰かの家から食材を奪ってもいい。働かないなら奪うと脅しに使ってもいい。本当なら誰かがまとめて管理をするのが一番なんだろうけど……こんな疑心暗鬼の中、それが出来るとは思えないしね」
「あとは言った通り好きに生きろ。この村がどれくらい持つのか、楽しみだな」
ライがそう言うと、兵士達は家族ごとに平屋へ案内するため、罪人を繋いだ鎖を引いた。
顔を真っ青にしながら連れていかれる者や、喚きながら抵抗する者など、既に地獄のような有様だ。
そんな中、私は座り込んでこちらを睨んでいる人達の元へと歩み寄った。
「お前、よくも……っ!!」
ギリギリと歯軋りでもしそうな表情で、母子二人が私を見上げている。
あぁなるほどと、私は自分の中に生まれた感情に驚く。
「前に貴女を見下ろした時はくだらないと思ったけど、今日はちょっと清々しいや。ライのお母さんや、私のお父さんとお母さんに酷いことをした人を、こうして裁けるなんてね」
ナサネバは私の言葉に目を見開き、飛びかからんばかりに暴れ始めた。
勿論それを許す兵士は居ない。
孤児院の時のバシリカのように、ナサネバは地面に組み伏せられた。
「無礼者!わたくしを誰だと」
「ただの罪人でしょ? ライのお母さんに対抗心を燃やして、高い爵位の男を手に入れるために媚薬を仕込ませてお父さんに飲ませるなんて。そのせいでお母さんは出ていかなきゃいけなくなって。その上、ライのお母さんの殺害に加担して、公爵様のご両親を殺した張本人なんだから」
私が冷めた目で見るほど、ナサネバの顔が真っ赤に染まっていく。
「だから何!? そうするのが貴族でしょう? わたくしはそれに則っただけよ! まんまとしてやられる方が悪いのよ!」
「お貴族様の世界って本当に怖いよね。それをさも当然のように言っている人ばっかりだし。……だから」
私はしゃがんで目線を合わせる。血走った目に私の冷ややかな笑顔が映っている。
「貴女達のやり方で、でも正当な理由で、ここに居る全員を絶望に落としてあげる」
「絶望ですって!?」
「だってこれからここで暮らす人達は、誰かに命や生活を脅かされないか恐怖しながら、散々馬鹿にしてきた平民と同じ生活をして生きていかなきゃいけないんだから」
「…………っ」
ナサネバはヒュッと息を飲む。その横でバシリカも俯いて顔を青くしていた。
「貴女達はこれまで人の気持ちなんて考えず、踏み躙って生きてきたんでしょ? ここでは貴女達がそうされるかもしれないし、今までと同じように軽率な行動したら殺されるかもしれない。貴女達が苦しめてきた人達の分、毎日毎晩震えて眠ればいい」
「くっ」
「私達が悪いんじゃない。貴女が正しいと思う教えに則って生きてきた結果なんだから、他の誰かのせいじゃなく自分のせいで貴女達は裁かれるの。恨むなら自分を恨んでね」
私は立ち上がってライの隣へと戻る。差し出される腕に手を添え立ち去ろうと歩き出すが、これだけは言っておかなければならないと、振り返って心からの笑みを向けた。
「そうそう。私のお母さん、ライが探してくれて生きていたの。本当に想い合っていた二人は、感動的な再会を果たしたから」
「なん……ですって!?」
ナサネバやバシリカにはお母さんの存在は知られていたが、生きていたことやお父さんと再会したことは伝えていなかった。
ここに閉じ込められ、何も出来なくなる今日この日まで言わずに居たのだ。
「貴女達に汚された家名を捨てて、二人は新たな侯爵家の夫妻としてミログラシア王国の臣下になるの。そして私は、あの二人の本当の娘としてライの婚約者になれる。二人の悲劇的な物語は大々的に広められて、貴女は二人を引き裂いた悪女として名を馳せるでしょうね」
「おまえええええぇぇっ!!」
ナサネバは絶叫し、兵士に押さえ付けられながらもなりふり構わず暴れ回る。怒りが収まらないのか、手で地面をガリガリと引っ掻き、頭を地面にぶつける様は理性を失った動物のようだった。
「真実の愛や正義は時を経ても変わらず貫かれ、他者を貶めてきた悪は罰される。もうこの国に、悪は必要ない。貴女達にはここで退場してもらうわ」
そう言って私は手を胸の前で組む。
この者達がもう二度と国や民に手出し出来ないよう、この地に縛り付けるために。
「結界!」
私が叫ぶと、この村を中心に二重の結界が完成した。
これで誰もこの村を見付けることはないだろう。
「お父さんとお母さんは、私が必ず幸せにする。貴女達はこれからの人生、自ら背負った不幸を嘆いて生きていけばいい。さようなら」
最後の別れを告げ、私達は歩き出した。
ナサネバの叫び声や、他の者達の嘆きの声が響いている。
外側の結界に防音の効果も追加しておこうかな……なんて考えながら、その場を後にした。
これから彼らがどうなるかは分からない。
けれど一つだけ確かなことは、彼らはもう二度と華々しい世界には戻れず、あの地で生涯を終えるということだろう。




