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53,これまで以上の幸福を願って


 少し眠ってスッキリしたと思ったのに、馬車から降りようとした瞬間、くらりと目眩がした。

 頭がぼんやりする気がして、おでこに手を当ててみると少し熱い。

 熱が出始めていると気付いた私は、すぐに容態回復(サナディヨン)疲労回復(サナフティガ)をかけるも、うっかりライに見られてしまった。


「あはは……。あはっ」

「あはっ、で誤魔化されねぇよ馬鹿」

 

 ライはじっとりとした目を向けた後、再び私を抱え上げる。

 身動ぎしながら「もう大丈夫だよ!?」と訴えるも一切聞き入れてもらえず、休めと叱られ自室に放り込まれてしまった。

 



 

 それから三日間。

 私は勉強も公務もお預けにされ、病人として隔離された。

 ライやテルセロ様に

 

「毎日欠かさず大聖女の仕事熟してんだろ? それくらい休んだって影響ねぇよ」

 「その上、勉強も公務もしているのだろう? ゆっくりでいいと言ったのに働きすぎだ」

 

と言われてしまったのだ。

 二人にだけは言われたくないんだけど!?

 

 術を使ってすっかり元気なのに、三日間も部屋でどうして過ごせというのか。

 しかも、仕方がないから読書代わりに教科書を読んでいたというのに、メイドに見付かり「お勉強もお休みです!」と没収されてしまった。


(休めって言うなら、誰か休日の過ごし方を教えて……)


 することがなくなってしまった私は、ぽすんとベッドの上で大の字に転がる。

 孤児院ではいつも近くに誰かが居て、遊び相手には困らなかった。

 大神殿では休日すら与えられず、お勤めばかり。

 一人の休日……しかも丸一日どころか丸三日も休んでいいなんて、生まれて初めてではないだろうか。

 

 こうして暇を与えられても、頭に過ぎるのはあの日の出来事ばかり。

 

 ――実の父だという、マッサーカ侯爵。

 本当にあの人が私の父親なのか。

 それなら母親はどうなってしまったのか。

 

 手持ち無沙汰だと考えても仕方のないことばかりが頭の中を占めてしまうので、黙々と刺繍の練習をすることに。

 おかげで、ライのハンカチを作る際に買ってきてもらった練習用の布で、大量のハンカチが作れてしまった。

 練習用なだけあって安物の生地で、しかも差程上手くもない刺繍の入ったハンカチの山。

 私は出来上がったそれらを見て、途方に暮れるのだった。




 そうして隔離期間を終え、テルセロ様に呼び出された私は執務室へと向かった。


「……どうして休んでたはずなのに、そんな疲れた顔しているんだ?」

「人間、暇すぎても疲れるみたいで……」


 あはは……と笑って誤魔化すが、テルセロ様は呆れた表情をしていた。

 

「それで、今日はどういった?」

「……マッサーカ侯爵との席を設けた。今日の午後、話を聞くことになってる。ディア嬢が同席するかは不明だと言ってあるから、私やライが聞いてきてもいいし、ディア嬢も来るなら来るで問題ない。どうしたい?」


 こちらを案じるような声に、私は眉を下げた。

 マッサーカ侯爵との都合を付けるため、私を三日間も休みにしたのだろうか。


「私も話を聞かせていただきたいです」

「……そうか。分かった。一応私が同席するが、主にディア嬢が話を聞いてくれるか?」

「分かりました」



 

 昼食を終え、テルセロ様に言われた部屋へと向かうと、メイドにテラスへと案内された。

 先に到着していたマッサーカ侯爵が深々と頭を下げ、私は恐縮してしまう。


「侯爵。そう堅苦しくしていては、ディア嬢が困ってしまうだろう」

「……そう仰られましても」


 侯爵様はテルセロ様と親しいのか、言葉遣いは丁寧だが少し砕けた雰囲気を見せた。

 席につくと、テルセロ様がその理由を説明してくれる。


「侯爵はナサネバの結婚相手だし、仮にもあの女は私の従姉弟だ。結婚式でも顔を合わせているし、お互い当主としてもそれなりに接する機会があったからな」


 テルセロ様の言葉に侯爵様が頷いた。

 私はなるほどと納得する。

 

「それに私も彼も、あの女の被害者だ。彼が結婚で色々あったと知ってから、あの女の罪を暴きたい者同士、元々協力関係にあったんだよ」

「……そうだったんですね」


 私はそれを聞いてハッとした。

 以前テルセロ様がおっしゃっていた「同じ志を持つ一人の同士」というのが侯爵様のことだったのだろうか。

 

「そうは言っても、あの人は王妃……いえ、元王妃のお気に入りでしたから。望んでもいない夫の座に就いたというのに何の証拠も得られないまま、何年も公爵様と苦しい時を過ごしてきたんです」


 侯爵様は悲痛な表情で俯く。

 ぎゅっと握られた拳がテーブルの上で震えている。

 好きでもない、ましてや結婚したいと望んでいた女性と引き離した張本人と、二十年以上人生を共にしなければいけないなんて。

 どれほど辛かっただろう。


「それで、お話というのは?」

「君には……ディアには、全てを知る権利があります。同時に、知らない選択をする権利も」

「…………」


 侯爵様の言葉に、私は言葉が出てこなかった。

 どう返していいか分からなかったのだ。

 きっとその当時の話となれば、侯爵様は辛い過去を思い出さなければいけない。

 両親のことを知りたいと思う反面、知らなくても不自由はなかった。

 だからそんな悲しい思いをさせてまで聞くべきなのだろうか?と、今のままで十分じゃないかと、そう思ってしまう。

 私の人生は、きっと侯爵様ほど辛い日々ではなかったのだから、と……。

 

「すぐに決められないなら、それでいいんです。聞きたくないと言うのなら話しません。私の顔も見たくないのなら、極力ホロンビスからも離れましょう」

「そんなことは望んでいません!」

「……それが聞けただけでも十分です。そもそも侯爵家は取り潰されてもおかしくない状況ですから」

「……え?」


 私は目を丸くし、テルセロ様へと顔を向ける。

 はぁ……と重たい溜息を吐いて、テルセロ様はガシガシと頭をかいた。

 

「確かにナサネバは公爵令嬢殺人幇助(さつじんほうじょ)および前公爵夫妻殺人の首謀者で、その娘のバシリカも大聖女の殺害未遂を犯したのだ。それ相応の罪は背負ってもらわねばならない。だが侯爵は捜査の協力者でもあり、彼自身に一切罪はない。そう言っているのに、全ての責任を背負ってあの者らと連座で処刑されると言うんだ」

「そんなっ!?」


 私は無意識にバンッとテーブルを叩き付けて立ち上がっていた。

 近くの木々に留まっていたのだろう鳥達が驚いて、バサバサと飛び去っていく。

 立ち上がった勢いのまま、足がもつれるのも気にせず侯爵様の側に駆け寄る。

 転げそうになる私を受け止めようと、侯爵様が両手を伸ばしていた。

 私はその腕をぎゅっと強く掴んだ。


「で、ディア……!」

「死なないでっ! ……私、何度も懺悔を聞いて、この人の後悔がいつか晴れますようにって、いつか幸せになれますようにって! ずっと、ずっと願っていたのにっ」

「…………っ」

(ようや)く解放されたんでしょ? なんにも悪くないのに、ずっと一人で悲しんできたんでしょ? これ以上苦しまないで。幸せになってよ! お父さんっ!!」

「…………ぁ……ぅ」


 不思議なことに、その言葉は自然と出た。

 この人は「お父さん」なのだと、何処か血の繋がりを感じた。

 辛くても悲しくても心に蓋をして、なんでもない顔をして我慢して。

 味方が居なくても、堪えて一人で戦おうとする。

 同じ銀の髪を揺らして、くしゃくしゃの顔で泣きそうな顔をしている……どことなく私と似た、そんな人。

 

 だけど私と決定的に違うのは、侯爵様の側には愛する人が居なかったこと。

 私にはずっとライが居てくれたから。

 辛くても悲しくても、ライやみんなの元に帰ろうと必死になれたのだ。

 それなら侯爵様は……そう考えて、口をはくはくとさせている侯爵様の手を両手で掬い上げた。


「それともお父さんは、死んでしまいたいの? ……お母さんが居ないから?」

「……ディアの、お母さんを……密かに探していたんだ。何年も、何年も……あの人に気付かれないようにだけどね。でも、ずっと見付からなくて……っ。もし、もしも彼女を一人、先立たせてしまったのなら……私は……私は…………っ」


 ほろりと大粒の涙が侯爵様の膝を濡らし、その背はどんどんと丸まっていく。

 大きな体が痛ましく震え、声を押し殺して泣いていて、私はそっと侯爵様を抱き締めた。


(神様。この世界には悲しい人達が多すぎませんか? ライも、テルセロ様も、侯爵様も……みんなずっと堪えてきたはずです。これまでの不幸を上回る幸福を、どうか善良な民にお与えください……! どうか……っ)


 私がそう願うと同時にノックの音が響き「入るぞ」というライの声と共に扉が開かれた。


「おい、そろそろ……って、あ!?」

「……親子の再会だろう。あれくらい許してやらんか」

「ちっ。しかもなんかまた力使ってんだろ」

「ん? あっ」


 ライに言われて自分の体を見ると少し光っていた。

 感情移入してしまうと、どうしても自然と力が入ってしまっていけない。


「だが、まぁいいタイミングだったと思うぞ。丁度その話をしていたところだったからな」

「あ? そうなのかよ。なら入ってもらうぞ?」


 公爵様の言葉を聞いて、ライは再び扉の外へと出ていく。

 いいタイミングというのが分からず、侯爵様と顔を見合せてから首を傾げた。


「さぁ、どうぞ」


 ライが珍しいくらい丁寧な言葉遣いをして扉を開くと、独特な服を纏った一人の女性が入ってくる。

 その顔立ちと、私の後ろでガタリと立ち上がる音を聞いて、その人が誰なのか分かった。

 

 ――なぜなら、色は全然違うけれど、あまりにも私とよく似ていたから。


「……お母さん……なの?」

「……そう、呼んでくれるの? ディア」


 そう言って優しげに細められた茶色の瞳。

 陽だまりのような小柄な女性が、私に微笑んでいた。



 

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