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51,大きな背中と聞き覚えのある声


 バシリカは片手でトーイの首を鷲掴み、反対の手のひらの上ではチラチラと炎を燃やしていた。

 下手に動けば火魔法を使うぞと私を脅しているらしい。

 

「ディア様……」


 トーイは申し訳なさそうな顔で私の名前を呟いた。

 悪いのはバシリカであってトーイではないし、首もそんなふうに掴まれて痛いはずだ。

 何も悪くないよと伝わるようトーイに微笑みかけ、キッとバシリカを睨み付ける。


「今すぐその子を離して」

「……なんなの? その口の利き方は。お前、やはり調子に乗ったようね。新しい国王の婚約者になったんですって? ただの平民のくせに」


 自宅謹慎をさせられているはずのバシリカだが、新聞か何かで情報を得たのだろう。

 どうやら大まかな流れは把握しているようだ。

 

「私は確かに平民だけど、今は大聖女としての地位がある。貴女にとやかく言われる筋合いはないわ」

「煩くてよ!」


 ゴォッと私目がけて炎の玉が撃たれる。

 トーイが「ディア様っ!」と叫ぶが、その炎は私にぶつかる前に消失した。

 悪意ある魔法や攻撃は弾くよう、常に私の周りには結界(サンタバレラ)が張られている。

 バシリカはそれを見て、歯を剥き出しに怒り始めた。


「本当に忌々しい。わたくしが聖女だったはずなのに。どうやってわたくしの力を奪ったの? この泥棒猫!!」

(泥棒猫って……。寧ろ与えてたものを切っただけなんだけど、それって泥棒猫ってことになるの?)


 ある意味力を奪ったと言われれば間違いではない。

 大聖女として譲渡(ダールフェルサ)の術を使い、聖女としての力を与え……そしてその権限を奪い、力を与えるのを止めたのだから。


「お前のせいで、ミロキエサルの王族は……わたくしのアンセルホ殿下は……っ! それにお母様まで!!」

「私のせい? 違うでしょう? あの王族や侯爵夫人はソログラシア公爵家のセレイ様を亡き者にし、前公爵夫妻も手にかけていたんだから」

「いいえ、お前のせいよ! お前がこんな騒動を起こさなければ、アンセルホ殿下が国王で、わたくしは聖女であり王妃になれたというのに!!」


 効かないと分かっているだろうに、バシリカは感情のまま何度も私に炎を向ける。

 意味がないのにと呆れていたが、その口元が狂気的な笑みを浮かべた。


「わたくしを次期大聖女として指名なさい。さもなくばこの小さな顔を丸焼きにするわ」

「なっ!?」

「当然すぐにその座をわたくしに譲るのよ。わたくしは大聖女として返り咲き、アンセルホ殿下を国王にして差し上げるの! そうすればきっとわたくしを愛し褒めてくださるわ!!」


 アハハ!と気が触れたように笑う姿は、正気の人間とは思えない。

 けれどそんなことよりも、私は唇を噛み懸命に知恵を絞っていた。


(あんなに密着されていたら、トーイだけに結界(サンタバレラ)を張れない……! バシリカと一緒に結界(サンタバレラ)に入れてしまっては意味がないし、仮にトーイにだけ結界(サンタバレラ)が張れたとしても、あの近距離の熱量を浴びれば、恐ろしい熱の熱さを感じさせてしまう。いくら治療(クラル)容態回復(サナディヨン)で治せたとしても、恐怖で心が狂わないかどうか……っ)


 私には精神回復(サナスピリト)もある。

 強制的に回復させ助けること自体は可能だろうが、出来る限り心や体に傷を負わせることなくトーイを救いたかった。

 頭の中で聖女の書を捲るように、何かいい方法は……と考える。


「さぁ、早くわたくしを大聖女にしなさい! そうすればこの子供だけは助けてあげるわ。ただし、お前は別よ。鞭打ちの刑で肉が裂けるほど痛め付けたあと、国民の前で首を跳ねてやるわ」


 バシリカはそう言いながら、トーイへと炎を近付けていく。

 もうあれこれ考えている余裕はなさそうだ。

 前のように譲渡(ダールフェルサ)で一旦聖女の力を渡して誤魔化すべきか……。

 そう考えていると、パキリと何かが弾けるような音が響いた。

 次の瞬間、炎を灯していたバシリカの手が氷に包まれていく。

 あっという間に炎は消え、その手は氷の花が咲いたように凍らされていた。


「い、いやあああぁぁっ! 冷た……痛いっ! なんなのよこれは!!」

「うわぁっ!」


 暴れ出したバシリカはトーイから手を離し、その体を突き飛ばした。

 地面に転がるトーイを助け起こし、すぐに治癒(クラル)をかける。


「お前、わたくしに何をしたの!? 許さないわ!!」


 ゼェハァと荒々しい息を吐きながら髪を振り乱し、バシリカは反対の手で炎の渦をこちらに放った。

 先程よりも大きな炎がこちらに向かってくる。

 トーイは「ディア様、逃げて!」と悲鳴を上げるが、私はその体を抱き込んでバシリカに不敵な笑みを向けた。


「大丈夫。だってきっと」


 そう呟く私の前に、バサリと大きな背中が立ちはだかる。

 あの氷を見てすぐに察した。

 ライが助けに来てくれたと。

 私を庇うように立ち、スッと上げられた手から冷気が漏れ出していく。

 向かってくる炎の渦を覆い潰すようにライの氷魔法が展開され、バシリカの炎は呆気なく掻き消された。

 ぞろぞろと兵士達もバシリカを取り囲む。


「なっ!?」

「バシリカ・マッサーカ。その身を拘束する」

「わ、わたくしはマッサーカ侯爵家の娘ですわよ!? そんな平民の女のために、わたくしが捕まるはず」

「……彼女は平民の娘ではない」


 そこに知らない……いや、何処かで聞いたことのある声が後ろから聞こえてきた。

 バシリカが口を震わせ、その答えを零す。


「お、お父様……? それに、その女が平民ではないとはどういう……?」


 トーイを守るよう胸に抱きながら振り返ると、悲しげな表情でこちらを見下ろしているマッサーカ侯爵が佇んでいた。

 

 ――そういえば、いつだって不思議だった。

 マッサーカ侯爵はバシリカが聖女に選ばれた時も、私を断罪し大神殿から追い出す時も、嬉しそうな表情は見せなかった。

 普通、自分の娘が聖女だと分かれば、諸手を上げて喜ぶだろうに。

 

 ――それに何故か聞き覚えのあるこの声。

 私は一体どこで侯爵様の声なんて聞いたのだろう。

 私が大神殿から追い出される時、確か侯爵様は一切発言されていなかったし、監視のためバシリカを覗いていた時も侯爵様の声を聞いたことはなかった。

 しいて言うならパーティーの日、ライとテラスで話していた侯爵様の去り際の声だけ。

 しかしあの時には気付かなかったが、どうにも何度かこの声を聞いた気がするのだ。

 しかも、直接話したような……。

 でも、いつ? どこで?


「お父様、どうしてわたくしを助けてくださらないの!? それにその女が平民ではないとはどういうことですの!?」

「バシリカ。私はこれまで何度も言ってきたはずだ。他人を傷付けるような人間になってはいけないと。身勝手な考え方をしてはいけないと」


 私は、おぉ……と驚いて侯爵様を見上げる。

 こんなマトモなことを言う貴族が居たのかと思うと同時に、何故こんな人の妻子が()()なのかと不憫に思ってしまう。

 どうやら話が長くなりそうだと感じた私は、トーイに他の子供達と孤児院へと戻るよう伝える。

 トーイは渋っていたが、物々しい雰囲気を察して静かに頷くと、座り込んでいた子供達に声をかけて走っていった。


 私も立ち上がるとすぐライの隣へと並ぶ。

 ライはバシリカから目を逸らさないまま、片腕で私を抱き込み「無事か?」と聞いてきた。

 コクリと頷くと頭をポンポンと撫でられ、安心感からか体が震え、視界が滲んでいく。

 ――自分のせいで、トーイや子供達が傷付けられてしまったら。

 そんな恐怖が今になってじわじわと押し寄せてきた。


「そうやってお父様はわたくしを叱ってばっかり! 周りの子達だってみんなやっていることだわ! それを上位貴族のわたくしがやって何が悪いんですの!?」

「……自分の言っていることが叱られて当然のことだと理解が出来ていない時点で、私にはやはりお前を愛することは出来ないよ、バシリカ」

「どうして……どうしてよ!?」


 兵士達に拘束されたバシリカは必死の抵抗を見せるも、後ろ手に手錠をかけられた。

 それでも逃れようと藻掻くため、兵士達によってその体は地面に押さえ付けられる。

 美しいドレスは兵士に踏まれ汚れていく。


「バシリカ。お前をマッサーカ侯爵家から勘当する」

「なんですって!? 一人娘のわたくしを勘当!?」

「自分が幸せになるためであれば、人に悪意を向けても一切悪びれない。反省もなければ、周りも同じだと言い訳をして、自分を律しようとしない。……本当に、お前の母親そっくりだよ」


 その絞り出すような声に、私は思い出した。

 懺悔室の格子越しに聞いた、許しを願う暗い声。


(この声……まさか、後悔ばかりだと、許してほしいと、何度も何度も懺悔しに来ていた、あの人……?)

 

「そうよ! お母様はそうして生きてきたと教えてくださったもの! 強かに生きてきたおかげで、お父様と結婚出来たと」

「私は! あの女のせいで、結婚するはずだった人と別れさせられたのだっ!!」


 これまでで一番悲痛な声で侯爵様は叫んだ。

 バシリカは大きく目を見開き固まっている。


『昔、自分の未熟さと力不足で、大切な人を失ってしまった』


 あの時の言葉は、これに繋がっているのだろうか。

 ライの腕の中で身動ぎし後ろを振り返ると、サァと風が吹き抜けていく。

 その銀の髪を揺らし、優しそうな若葉色の瞳が私を見ていた。


「その子は……ディアは、私の娘だ」


 打ち明けられた言葉に、私は息を飲む。

 言葉の意味は分かっているはずなのに、脳が上手く処理しきれていないような、そんな感覚を抱く。


(この人が、私の……お父さん?)


 ドクドクと心臓が嫌な音を立て始め、私はライの腕にしがみついた。

 


 

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