48,それぞれの色を纏う
「戻ったらパーティーか。面倒だなぁ」
馬車に乗り込んだ途端、ライはだらしなく背もたれにもたれかかった。
窮屈そうな首元に指を突っ込み、少しだけ襟を寛げている。
「ライはまだいいじゃない。前から貴族として教育を受けてきたんでしょ? 私なんて……どうしよう、絶対にライの足踏んじゃうよ……っ」
「二ヶ月猛特訓してたのに、なんでそんなに自信ねぇんだよ」
「私がとことん不器用なの知ってるでしょ!? 体を動かすのはまだマシだけど、マシって程度なんだもん……っ」
そう。
朝は戴冠式。昼は民へのお披露目。
そして少しの休憩を挟んで、夜は貴族達とのパーティーが待ち受けている。
これからこの国を担う貴族達との顔合わせ、所謂社交が待っているのだ。
当然王様であるライがファーストダンスを踊ることになるわけで、必然的にその相手は私になる。
(あれだけ教養を叩き込んできたくせに、どうしてダンスのレッスンはしてくれなかったの!? 社交なんて縁がないって決め付けられてたからだろうけどっ!)
おかげでこの二ヶ月、とにもかくにも一番時間を割いたのはダンスの猛特訓だった。
転ぶわ足を捻るわ、講師の足を踏みまくるわ……。
それでも傷や怪我は自分の力ですぐに治し、へたり込みそうになる体も癒して奮い立たせた。
おかげで随分とマシにはなっただろうが、あくまでマシになった程度の付け焼き刃である。
洗練さには程遠く、緊張すれば足元が覚束なくなってしまうかもしれない。
「考えんなっつっても変にアレコレ考えちまうんだろうな、ディアは」
「……ライは余裕そうでいいね」
「余裕そうってなんだよ。俺だって人前で踊らされるなんて初めてなんだぞ?」
ライは眉を歪めて露骨に嫌そうな顔をした。
反射的に「え?」と聞き返す。
「え?じゃねぇよ。ホロンビスに居る貴族や王族に俺の存在は知られちゃいけねぇから、俺は表立って行動はしてなかったからな。パーティーなんてのも初めてだよ」
「ライも……初めてなの?」
「そ。ディアと一緒」
ライと一緒。
なんだかその言葉があるだけで、少し安心出来る気がした。
そんなライは残念そうに口を歪める。
「置いてある美味そうな飯も全然食えねぇんだろ?」
「ふふっ、そう言われたね」
「社交なんてせずに、端から端まで食って回りてぇよな。一番美味ぇのはどれかって点数付けながらさぁ」
「どれだけ食べるつもりなの? 軽くならまだ許されるかもしれないけど、公……テルセロ様に怒られちゃうよ」
ライの言葉に呆れてクスクスと笑ってしまう。
さっきまでパーティーと考えただけで緊張していたのに、ライと話しているだけで笑顔になれる。
強ばっていた体も自然と解れていく。
「でも、ディアと踊れるのは楽しみなんだよな」
「……え?」
まさかライがダンスを楽しみにしているとは思わず、信じられないものでも見るようにぎょっとする。
見世物にされるなんて、ライは間違いなく嫌いなはずだ。
訝しみながら覗き込むと、何故か殊更嬉しそうな表情を浮かべていた。
「だって、ディアを俺のもんだぞって全員に認めさせるようなもんだろ? すげぇいい気分だろうな」
「なっ!? そ、それが理由!? そんなの、さっき婚約者だって発表もしたし、戴冠式で十分……」
「いやいや、貴族ナメんなよ。隙を見せたら『側妃にどうですか?』って娘を押し付けてくる奴も出てくるだろうし、ディアのところにも『私を愛人にしてくれませんか?』とか寄ってくんぞ」
「ヒェッ」
あぁやだ貴族怖い。
それが貴族社会なんだろうなと頭では分かっていても恐ろしい。
ぶるりと体を震わせると、クツクツとライは笑った。
そして私の肩に手を乗せ、自分の方へと引き寄せる。
「誰にもやれねぇんだ。ディアだけは」
しみじみと、そう呟く声色があまりにも柔らかくて。
(私もだよ。ライだけは、誰にも譲れないや)
ゆっくりと進む馬車の音を聞きながら、王城に戻るまでの間ずっと、私はライの肩に寄りかかっていた。
王城へ戻ると、少しの休憩……という名のおめかしの時間が待っていた。
全身ピカピカに磨き上げられたあと、これまたオーナーさん達が腕によりをかけて仕立てた渾身のドレスを着せてもらう。
ライの瞳と同じ色のそのドレスは、王道のAラインドレスではあるが、まるで竜胆の花が開くようにスカートの裾の先端が折り返され、一枚一枚の花びらを型どるように作られていた。
胸元はグリッターヤーンという糸を使って刺繍が施されているらしく、糸そのものがキラキラと煌めいている。
更に縫い付けられた宝石やビーズも相まって、とても華やかで美しい。
コンセプトは『可愛らしくも絢爛さのある次期王妃様』とのこと。
(可愛らしくも……絢爛さのある……? それは一体誰の話なの……?)
自分のことのはずだが、まるで他人の話を聞いているようだ。
しかしメイド達のメイク技術とヘアメイクもあって、気付けばさっきとはまた違った雰囲気の、コンセプトに沿った見た目に様変わりしていた。
私の肌は陶器のように滑らかになり、先程よりも細かく巻かれたふわふわの髪もあってか、本当に花の妖精にでもなったかのよう。
(だから本当にこれは誰なの……? 自分で妖精だなんて笑っちゃうね)
つい鏡の中の自分を凝視してしまう。
するとコンコンと扉をノックする音が響いた。
どうやらテルセロ様が迎えにきたらしい。
「支度は整ったか? ……うん、とても可憐だな。聖女ではなくディア嬢自身が女神のようだ」
「……それは褒めすぎです」
自分で妖精だなんて考えて苦笑していたのに、女神は言いすぎにも程がある。
居た堪れず口がむずむずしてしまう。
「おっと。ディア嬢は大聖女様になられたのだから、もうディア様とお呼びした方がいいかな?」
「それは本当にやめてください!」
楽しそうにテルセロ様は私を揶揄うと、手を差し出された。
そこにそっと手を添え、エスコートされる。
「そういえば、どうして迎えはライじゃなかったんですか?」
「ん? そうだな……今に分かる」
「……?」
テルセロ様の言葉に首を傾げつつ、入口近くの控え室へと到着する。
トゥルガでもよく見かけた兵士達が警備のために立っていたのだが、こちらに気付いた途端、口を半開きにして固まってしまった。
「…………お前達」
「はっ!?」「失礼しましたっ!」
兵士達はテルセロ様の声に反応してピッと姿勢を正す。
なんだったの……?と思いながら扉が開かれ、待っていたライが振り返った。
「…………っ」
「…………うわぁ!」
私はライの立ち姿に見惚れて、思わず感嘆の声を漏らした。
(想像よりもずっと格好いい! 私が心配する必要なかったなぁ。というよりも、私の心臓の方が心配になってきたんだけど……っ)
私がライの瞳の色のドレスを着ると決めた時、ライは困るだろうなと少し心配をしていた。
なにせ私の瞳の色を着ようとすると金色で、髪の色を着ようとすると銀色になってしまう。
いくら相手の色を纏うのがオーソドックスだと言われても、そんなギラギラした衣装は嫌だろうなと思っていたため、どんな衣装にするのかと気になっていた。
どうやらライは刺繍の色を金色にしたらしい。
私と同じ色の青いマントを羽織り、その裾には大きな柄が金の糸で刺繍されていた。
恐らくそれもグリッターヤーンの糸が使われているようで、マントが揺れるたびにキラリと煌めいている。
そして戴冠式の時とは真逆で、ライらしい真っ黒なテイルコートとズボン。
チラリと覗くベストがどうやら金色のようだ。
コートやズボンの襟や裾にもたっぷりと刺繍がされているからか、黒の装いでも全く地味に感じない。
寧ろスラリと長い手足や、鍛えられて引き締まった体のラインが強調されるような、ライにピッタリの衣装で感心してしまう。
「ライ、凄く似合ってる! びっくりしちゃった」
重いドレスのスカートを軽く持ち上げて足早に近付くと、呆然としていたライは盛大な溜息を吐いて座り込んでしまった。
ぎょっとしてライを覗き込もうと首を傾げるも、しっかり俯いていて顔が見えなかった。
「ライ? どうし」
「あぁーーっ、行きたくねぇ!! もうパーティーやめねぇか?」
「…………え?」
突然何を言い出すんだとテルセロ様の方へと視線を向けると「ほらな」と肩を下げてこちらも溜息を漏らしていた。
何がなんだかさっぱり分からない。
「ライ」
「…………ちっ、分かってるよ。行けばいいんだろ」
テルセロ様の窘めるような声にのそりと立ち上がると、屈んでいたせいか少し顔の赤いライが口を尖らせていた。
「どうしたの? 大丈夫?」
「大丈夫じゃねぇ。ディアが綺麗すぎて無理」
躊躇いのない素早い返事に、その場はしんと静まり返る。
私は言われた言葉を理解するまでに時間がかかり、間をおいて漸く出たのは「…………は?」という間抜けな声だけだった。
「そんな姿、見るのは俺だけでいい。見せびらかしてぇなんて言ってた俺を殴りてぇわ」
「こうなるだろうと思ったから、私がディア嬢を迎えに行ったんだ。ライに行かせて、そのまま部屋に立て籠られでもしたら面倒だからな」
「……えぇ?」
まさかそんな理由でパーティーを取りやめようだなんてと、私は吹き出して笑ってしまう。
拗ねた顔をしているライの手を掴んで立ち上がらせ、その腕にしがみついた。
「ライが綺麗って褒めてくれて嬉しい。私をライのだって見せびらかしてくれるんでしょ?」
「……そうだな。とびっきりいいダンスを見せつけてやろうか」
「ちょっと!? プレッシャーになるようなこと言わないでよ! あぁ……私が行きたくなくなってきた」
今度は私が頭を抱え、ライはケラケラと笑っている。
私達のやり取りを見ていたテルセロ様は「いつも通りすぎて、これはこれで不安なのだが」とぼやきながら壁にもたれかかっていた。




