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46,実感する頂の重さ


 私達が王侯貴族を捕らえてからひと月後、民には第一報として新王国と新国王が伝えられ、それから更にひと月後に戴冠式とお披露目をすると案内された。

 それからあっという間に月日が経ち、今日はついに戴冠式当日である。

 

 これまでだって慌ただしくしていたはずなのに、それ以上に忙しない怒涛の日々。

 本来であれば何年もの時間をかけて準備させる戴冠式を、内政の見直しや尋問と並行して、突貫工事のように急いで完成させたのだから、それはもう目が回る毎日だった。

 定期的に疲労回復(サナフティガ)をかけにいくようにしていたが、相当ハードなスケジュールだっただろう。

 携わってくれた者達には感謝しかない。

 

 一切の手抜きや妥協はなく、ホール内の設営から衣装に至るまで拘り抜かれていると聞いて、一体いくらかかったのかと空恐ろしくなった。

 孤児院出身で、何でも使い回して上手くやりくりしていた身としては、華美でなくともいいのに……と勿体ない精神が頭を(もた)げてしまう。

 ライも似た感情を抱いていたようだが、公爵様は「必要経費だぞ」と顔を(しか)めていた。


「これまでの奴らの行いを考えれば華やかな席は自重すべきだろうが、それはあくまで今後、それも貴族間のことでいい。これから新たな時代を築こうというのに、前王国や前王族に劣る戴冠式やお披露目をしては家臣や民に不安を与え兼ねんだろう?」


と諭すように注意され、私達は二人揃って「「はぁ~い」」と孤児院の小さい子供のような返事を返した。

 公爵様の眉間に更に皺が寄ったのは言うまでもない。


 


 さてその戴冠式だが、いつもは大神殿の聖職者で最も位の高い者が王冠を被せる役割を担う。

 けれど現在大司教は牢に放り込まれている。

 その結果、どういうわけか私にお鉢が回ってきてしまった。

 サグラードの司教に代わってほしいとせがんだが「大聖女様がいらっしゃるのに、私などとてもとても」と笑って断られてしまったのだ。

 ただ大聖女の衣装で参加するだけだと思っていたのに、そんな大役を担うことになるだなんて……。


 

 そうして着せられた典礼用の衣装。

 オーナーさんや店員さん達力作の大聖女の衣装は、言葉を失うほど美しかった。

 普段着ていた聖女服でも充分美しく質のいい生地だと思っていたのに、トルソーに飾られた衣装を見せてもらった時は息を飲んで立ち尽くしてしまった。

 しかもどういうわけか、私と相談していた時よりも明らかにレースや装飾が足され、豪華さが三割増しているように見える。


(なんで? いつの間にこうなったの……?)

 

 確か非常に柔らかく肌触りのいい布を贅沢に使用していたものの、聖職者の衣装らしくざっくりとした貫頭衣にし、見栄えをよくするために首回りや袖口にレースや刺繍をしてもらうよう話していたはず。

 

 ――しかしそこには全くの別物が飾られていた。

 

 ふんだんに重ねられたレースや、細かく美しい金の刺繍。

 金や青の装飾が散りばめられ、背中には体のラインが美しく見えるよう紐を通して編み上げが作られている。

 更にこの衣装の素晴らしさは、華美でありながら上品であるところだろう。

 その絶妙なバランスにより、清廉な大聖女らしい装いのようでもあり、煌びやかなドレスのようにも見える、大聖女のための衣装として仕上げられていた。

 いつも一つに括っていた髪は美しく編み上げられ、毛先は緩やかに巻かれている。

 

(これ、本当に私……? 別人みたい)

 

 そこへ典礼用にと用意された美しいカズラをかければ完成である。


 私は千里眼(ミロホス)を使って、バシリカが新聖女として祝われた姿を見ていた。

 それをライや公爵様が知っていたため、どうやらその時以上の衣装にしなければと意気込んだらしい。

 私とオーナーさんとの話し合いの後、二人がデザインを見て更に追加で要望を足していったらこうなったそうだ。


(そのせいで装飾も多くて凄く重たいけどね!? 裾踏まないかとか、渡された王冠を落とさないかとか、不安しかないよぉっ!!)


と、嬉しい半面、心の中では泣きべそをかいていた。

 

 

 準備が整い、一人のメイドを連れて控え室へと到着すると、白を基調とした王子らしい衣装に身を包んだライが待っていた。

 私は見蕩れて目を瞬く。

 襟や裏地には黒が使われているようだが、ライがこんなにも白い服装を着るのは初めてではないだろうか。

 どことなく私の着ている衣装と近いような刺繍や装飾がされている気がする。

 その胸元には、宝石で作られた竜胆を模している青いブローチが輝いていて美しい。


 そうして暫く見つめ合っていたが、ライがソファから立ち上がってまじまじと私を見たあと、ポツリと呟いた。


「……すげぇ、綺麗だな」

「い、衣装本当に凄いよね! びっくりしたよ、こんなキラキラしてて」

「あ? あーー……衣装もそりゃあ綺麗だけど。……俺が言ってんのはディアのことだぞ」

「へっ!? あ、あぅ……」


 素っ頓狂な声を上げ、私は一歩身を引いた。

 まさかこんなストレートに褒められると思わず、私はたじたじと熱くなっていく顔を隠すよう俯く。

 そんな私を察してか、ライは私の腰に優しく手を添えてソファまで案内してくれた。


(ねぇ待って……! 口調はいつもと変わらないのに、こんな本物の王子様みたいな対応しないでよっ! ……いや、本物の王子様なんだけどさぁっ!!)


 私の胸はドキドキと鳴って仕方がない。

 ソファに座ってからチラリと見上げるとライの耳や頬が少し赤らんでいた。

 どうやら恥ずかしいと思いながらも褒めてくれたらしい。

 私ももじもじしながら思った通りの言葉を伝える。


「……ライも、その……かっこいいよ」

「……おう」

「…………コホン。すまんな、邪魔していいか?」

「「!?」」


 びっくりして揃って振り返ると、気まずそうな公爵様が立っていた。

 ライは「ほんと空気読めよ」と文句を言っているが、私は居た堪れなくて膝を見つめるしかない。


「悪い悪い、間が悪かったな。それにしてもディア様。本当によく似合っているな」

「あ、ありがとうございます、公爵様」

「ん? なんだって?」


 公爵様から黒い笑顔を向けられ、私はあわあわと慌てたあと言い直す。


「ありがとうございます。……テルセロ様」

「うむ、宜しい」


 その満足そうな笑みとは裏腹に、私は恐縮していた。

 私は、現時点ではライの婚約者という位置付けであるが、そもそも国で唯一の大聖女であり、更にのちの王妃と考えれば、なんと私は誰よりも身分が高くなるそうだ。

 国王であるライよりも遥かに優先され、庇護されるべき存在らしい。


(何それ怖い……。数年前までただの平民だったのに)


 そんな私が下の者に(へつら)うのは宜しくない。

 下手な態度も改めなければならず、最近は随分とマシになってはきていた。

 しかし、私達孤児にとって大きな存在であり、小さい頃から尊敬し慕っている公爵様……テルセロ様から「そろそろ私のことも名前で呼ぶように」と言われた時の衝撃ときたら。

 持っていた本がバサリと床に落ちたことにも気付かず、私はカタカタと小刻みに震え出したらしく、ライには爆笑され、テルセロ様にはとても心配されてしまった。

 こんな私が大聖女だとか王妃だなんて、本当に大丈夫かと自分でも思ってしまう。


「緊張するなと言っても難しいだろうが、君を非難するような愚かな奴らは居らん」

「そうそう。ディアに否定的な連中はほとんど捕まってるか自宅謹慎させてんだし、ディアが元々孤児院育ちなのは鎖領する時に広めてんだから問題ねぇよ。王族らしさなんてこれから身に付けりゃいいんだから」

「そう言っているコイツがこんな態度だしな」

「あ、あはは……」


 王様らしからぬライの言動に苦笑しつつも、その気さくさに救われた。

 私で大丈夫だろうかと思う気持ちは簡単にはなくならない。

 けれど、自分で決めたことだと覚悟を決める。


「あの、ホールに向かう前に少し宜しいですか?」

「ん? どうした?」

「なんかあんのか?」


 私はメイドに持たせていた小箱を二つ受け取ると、ライとテルセロ様それぞれにそれを渡した。


「これは……?」

「ハンカチ?」

「あの……相変わらず不器用で、練習してもそんなに上手くはならなかったんですけど……その……」


 それはメイドに頼んで購入してきてもらった良い生地に、私が刺繍をして作ったハンカチだった。

 ライにはあと何枚か作ってあるが、今日この日のためにと用意したものだ。

 

 テルセロ様のハンカチは白い生地を水色で縁どり、黒い糸でT.Sと刺繍し、愛用の剣に似せたモチーフを刺繍した。

 いつも力強く頼もしいテルセロ様に、これまでの日頃の感謝を込めて用意したものだ。

 

 そしてライには、同じ白い生地を黒で縁どり、青い糸でR.Mとイニシャルを刺繍したもの。

 同じ青の色で竜胆の花を名前の隣に添えている。

 これからミログラシアの名を背負うライに持っていてほしかったのだ。

 ちなみに、どうせ同じハンカチばかり使うのだろうと想定して、ライにはもう二枚似たようなものを準備している。


「ありがとう、ディア嬢」

「おぉーー、随分上手くなってんな。ありがとな」


 二人はそう言ってハンカチをジャケットの内ポケットに入れてくれた。

 練習と本番、何度も刺繍をして良かったと安堵する。


「では参りましょうか」


 テルセロ様が言葉を改め、私達に頭を下げる。

 先を促すような姿勢に、私も背筋をピンと伸ばした。

 

「行こう、ディア」

「うん」


 差し出された腕にそっと手を添え、ライのエスコートを受けて歩く。

 クイッと腕を引かれたため見上げると、ライが柔らかく微笑んでいた。

 きっと私の表情が固かったのだろう。

 釣られてふわりと笑い返すと、ライは一つ頷いて再び前へと視線を向けた。


(……ライもテルセロ様も、みんな居てくれる。戴冠式を成功させて、公爵領のように素敵な国にしなくちゃ!)


 

 

 途中からはライやテルセロ様と分かれ、二人は先に入場していく。

 私はというと、前もって待機していた公爵領から来た神官達と一緒に入場する段取りになっている。

 大神殿の神官達にこんな大事な式典任せられないし、任せたくもないしね。

 

 そして――扉がゆっくりと開かれていく。

 謁見の間はあの日とは打って変わって、厳かな雰囲気に包まれていた。

 左右に分かれた神官や巫女が賛美歌を歌い、その後ろに貴族達が並んでいる。

 私は列の先頭に立ち、中央に敷かれた長いカーペットの上をしずしずと歩く。

 正面にはライが玉座に座り、まっすぐに私を見ている。

 壇上を斜めに上り、みなから見えるよう左手に立つと、座っていたライが立ち上がり、同じく斜め下に段を降りて右手に立ち、こちらを向いて跪いた。

 サグラードの司教から差し出された王冠を両手で掴むと、そのずっしりとした重みが伝わってきた。

 私は慎重にライの元へと歩いていく。


(本当にライが国王になるんだね。そしていつか私も、ライと一緒に……)


 噛み締めるように瞳をきゅっと瞑り、再び静かに目を開く。

 一歩、また一歩とライに近付き、その頭にしっかりと王冠を乗せ祈りを捧げる。


「神よ。この王冠を戴く者が、新たなミログラシア王国と民のために、正しい道を歩き、長き平和と繁栄をもたらさんことを」


 私の言葉と共に、どこからともなくキラキラと光が現れ、ライへと降り注いだ。

 静かに見守っていた神官や貴族達から感嘆の声が漏れ聞こえてくる。


「私はミログラシア王国の王として、神と国民に忠誠を。王位の義務を果たすことを誓います」

 

 ライは誓いの言葉を述べると、スッと立ち上がり私に向かって手を差し出した。

 そこへ手を添え、ライと並び立つ。

 すると貴族達は全員が跪き頭を下げ、神官達は跪きながら祈りの姿勢をとった。


「みな、よく集まってくれた。ここに集う者達は、此度の仔細を知っていることだろう。これまで本当によく耐えてくれた。民を顧みない者達によって作られた悪しき時代が、こうして神の祝福と大聖女の力により打ち払われた。私、ミログラシア王国、初代国王ライジェス・ミログラシアは、大聖女ディアを婚約者とし、この国を再建するとここに誓う」


 ライの低く伸びやかな声で語られる宣誓は、謁見の間にしっかりと広まっていく。

 立ち上がった神官と巫女は再び賛美歌を歌い始め、私達は並んでその場を後にした。



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