45,その名に恥じぬこれからを
それから私はライと孤児院に行ったり、大神殿の神官や巫女の見直しをしたりと、変わらず慌ただしく過ごしていた。
手紙を送って数日後、サグラードの神殿だけでなく、公爵領内の神殿から何人もの神官と巫女が来てくれた。
サグラードでは大神殿の人達の人間性や状況を説明していたため、もっと多くの人員が居た方がいいと思って呼びかけてくれたらしい。
「こんなに沢山……! ごめんね、みんな公爵領から出たくなかったはずなのに」
「みなあの土地が好きですからね。ですが、それとこれとは別ですよ。神を祀り奉職する者達が、私利私欲に塗れ他人を蹴落とし蔑むなど……。その上、聖女に選ばれたディア様に非道な対応をしていたのでしょう? 神に仕える者としても公爵領に住まう者としても、許せない所業ですので」
サグラードの神殿で司教様を務めている人が淡々とそう言うと、その後ろからも「そうですよ」「気になさらないでください」と声が上がり、みんな私を気遣ってくれた。
「大神殿や孤児院のことは我々にお任せください」
「ありがとう。それじゃあまず、孤児院の子供達なんだけど……」
私は孤児院や大神殿について、神官や巫女達に注意点などを伝えていく。
説明が終わると、私は王城へと急いで戻った。
今日は公爵様とライに呼び出されているのだ。
「それで、今日は一体どうされたんですか?」
「漸くオロカルドが退位に同意した。一緒に次期国王にライジェスの名を署名させたよ」
「……はぁ〜〜」
公爵様の言葉の後、ライは嫌そうに頭を抱えた。
ついにライが正式に国王となったようだ。
このまま同意が得られなかった場合、オロカルドを処刑してライを王にする予定だったため、あんな男でもライが親殺しにならなくてホッとした。
ライはそもそも王になることが嬉しそうではないけれど。
分かる、分かるよ……と私も自分のことのように頷く。
「新国家を立ち上げずこの国のままでいくとしても、色々と決めねばならんことがある。国の名前や王都はここのままでいいのかなど、な」
「そういえばライは、ライジェス・ミロキエサルが正しい姓名になるの?」
「いや、それは絶対に嫌だったからな。孤児院を出た時に公爵の養子としてソログラシアの名を貰ってるんだ。孤児のライとしてな。その時に貴族の名前にしては短すぎるからって理由を付けて、ライジェス・ソログラシアにしてもらってる」
それを聞いて私はなるほどと納得する。
自分の実母や乳母を殺した男と同じ名を背負うなど、嫌だと思って当然だろう。
そんなライに対し、声には出さず「聞いてないけど?」と敢えて意地悪な目を向けると「言えねぇだろ」とでもいうような苦笑が返ってきた。
「王都はこのままの方がいいんですか?」
「民の生活を思うと利便性的にはいいだろう。流通のルートも差程変わらず、ここを中心としていればよいのだからな。だがディア嬢は、王都に住まう平民達にも考え方を改めてもらわねばならんと言っていたな?」
「……そうですね。ここの人達は良くも悪くも身近に居た貴族達の思考に毒されすぎていて、人を蹴落として上に立つことが当然のようになってしまっていますから。全員とは言いませんが……」
私は最後に言葉を濁した。
王都の住民全てを悪だと言えるほど接しているわけではないし、そんな責任を背負いたくはない。
それに全員ではないというのは本当のはずだ。
王都に染まっていない者達や、オーナーさんのように葛藤の中で生きている人達も居るはずなのだから。
「王都に住む者達を今後どうするかも問題だな」
「つってもよ、それって別にここだけの話じゃねぇだろ? 他の街や村にだって身勝手な考えで生きてる奴なんてそこらじゅうに居るだろうしよ。公爵領にだって全く居ねぇわけじゃねぇんだし」
「……確かにな。王都の人間だけを冷遇するような真似は、お前達二人が築く新たな国には不相応だろう。さてどうするか……」
私達三人はうーんと唸る。
簡単に人を善と悪を分けて、良い人を残し悪い人を追い出す……なんて簡単なことが出来たら楽なのに。
そうはいってもその善悪の考え方も人それぞれだろうから、そもそも分けること自体が容易ではないのだろうが。
そこでライが「あっ」と声を上げた。
「なぁなぁ、ディアの結界ってさ、決めた条件に当てはまる当てはまらねぇで入れなかったり出れなかったりしたよな?」
「え? うん、そうだね」
「だったらまず大まかに罪人かどうかを分けて、罪は犯してねぇけど根本に悪い考えを持ってる奴は、定期的に確認するように出来ねぇかなぁ?」
その問いかけに、私はふむと思案する。
しかしそれよりも前に、公爵様が反対の意見を述べ始めた。
「いや、罪人かどうかを分けたとしても、罪の内容までは我々には分からんだろう? 証拠も提示出来ないのだから、言いがかりや横暴だと反発されるだけじゃないのか?」
「あぁそうか……」
「いえ、それなら多分どうにかなりますよ?」
「「……またか?」」
またとはなんだ、またとは。
眉を寄せ目を細めた顔が揃ってこちらを向いたため、私はむぅと口を尖らせながらある聖女の力を明かした。
「宣誓という力がありまして。これを尋問相手に使いましょう。この力を行使している時に、その人の誠意や誠実を神に誓って述べてもらうんです。本来は、その誓いへの思いの強さから祝福が与えられたり、果たされた時に更なる幸福をもたらすようにするもので、私自身にも他人にもかけることが出来る力なんですが……」
「本来はってことは、別の使い方があんのかよ」
「うん。これ、宣誓中にその人が正しいことを言っていてば何も起こらずただ祝福が与えられるんだけど、逆に嘘偽りを述べれば罰を受けるんだよ。証拠がなかったとしても、神様が嘘吐きだと判断して裁きを下してるんだから、証拠も何も要らないよね」
説明の通り、宣誓を発動し誓ったものは神への誓いとされる。
そしてその誓いに向かってひたむきに努力を重ね成就出来た際には、更なる祝福を授かることが出来るというものだ。
大神殿から出て必ず公爵領に帰ると決めた時、私もこの力を使って誓いを立てたなと思い出す。
「はぁ?」
「そうか。…………そうかぁ……」
ライは納得いかなさそうな、公爵様は噛み締めるようなしみじみとした声を上げた。
当時に思いを馳せていた私は、キョトンと首を傾げる。
「いやそれ……もっと早く言ってくれれば、聞き取りがもっと楽になったんじゃねぇのか?」
「…………あっ」
私は口を引き攣らせ、手を当てる。
完全に失念してしまっていた。
ライが「尋問に行ってくる」と言っていた時に「行ってらっしゃーい」と考えなしに見送っていた自分が恥ずかしい。
「ご、ごめん! 私すっかり……」
「いや、ディア嬢のおかげで十分聞き出しやすかったから、これ以上を求めてはいけないのだろうな。過去と同じく、聖女ありきで考えてはならんぞ、ライ」
「さっきしみじみ言ってたくせにか? 説得力ねぇよ」
(それは確かに……)
ライの鋭い返答に内心頷いてしまう。
遠い目をしてあんな声を漏らしていたのだ。
公爵様が残念に思っていたのは間違いないだろう。
そもそもが自分の失態のせいなので顔には出せないけれど。
「……コホン。それはそうと、その宣誓による罰は大きいものなのか?」
「何度も嘘を重ねれば痛みが増すと書かれていましたね。習得はしましたけど、きちんと使ったことはないんですよ」
「そんな力、ホイホイ使う機会なんて普通はねぇよな」
「そうなの。だから取り敢えずはこの力でその人の大まかな罪を暴いて、罪人にするか確認対象にするかを決めてもいいんじゃないかな。罪と自覚していない場合もあるだろうから、罰を受けても罪人じゃない可能性もあるし、聞き出す時に注意しつつって感じで」
そう提案すると二人は頷いた。
「一気に国民全員に対応するのは骨が折れるだろう。一旦王都の民で試験的に行ってみるか」
「そうだな。ディアが無理しねぇように見とかねぇと」
二人が日に日に過保護になっている気がするのだが、気のせいだろうか。
大丈夫だよと笑いつつ、私は宣誓が頭からすっぽり抜け落ちていたことを考えていた。
今であれば気兼ねなく大神殿にも入れるのだから、久しぶりに聖女の書を読み直すのもいいかもしれない。
「さて、民の罪についてはそれでいいとして、罪人達を今後どうするかも決めねばな」
「首都をこのままここにするか、移動させるかも考えねぇと。あと国の名前もだったか……?」
「国の名前は絶対に変えよう! あの王族の名前を残すのは嫌だもん!」
私が少し強めな声を発すると、ライも「それはそうだな」と嫌そうな顔をした。
それから三人で話し合い、首都は現在の王都ホロンビスではなく公爵領のサグラードへと移すことに決定。
鎖領中の現在、サグラードは王都に次いで流通の中心かつ中継地点と言える。
新たな王都を据えるならここ以上に相応しい場所はないだろうと、私とライは提案した。
公爵様から「堂々と私の領地を奪う気か?」と呆れられたが、とんでもない。
公爵様の支えなしで国を守っていくなんて無謀な話だし、公爵領は公爵様に任せておくのが一番安心出来る。
「領主を失う領地がゴロゴロと出るだろうからな。俺はそっちで手一杯だろうし公爵領まで見れねぇよ」
「サグラードが王都になったとしても、公爵領として公爵様が治めてくださるのが一番いいですよ」
「そう簡単に言ってくれるが、普通王都を治めるのは王族だろう……」
「それはまぁ、いずれな。いずれ」
ライがケタケタと笑い、公爵様は頭が痛いと言わんばかりに眉間を揉みほぐしている。
「ライと養子縁組されているなら公爵様は新たな王の養父になるわけですし、養父でなくても元から叔父と甥の関係なんでしょ? こんな状況だから助けてもらってるってことで」
「文句言う奴なんて居ねぇだろ」
「しかしだなぁ……」
二人で畳みかけるように説得し、公爵様から了承を得た。
その流れで国の名前も決定。
新たな国の名は『ミログラシア』。
私達はその名と意味を胸に刻み、恥じないよう生きていこうと決意を抱いた。




