44,王都の孤児院と不思議なライ
オーナーさん達と分かれ自室に戻ろうと歩いていると、正面からライが向かってきた。
「ライ、どうしたの?」
「……いや、そろそろ飯の時間だろ? 迎えに来た」
私の顔をまじまじと見たあと、ライはそう言った。
首を傾げながらも隣に並ぶと、何故か頭をポンとされ手を取られる。
これから国王になろうという人が、エスコートではなく手を握って歩いているのはどうなんだろうか。
今ここに居るのは馴染みの兵士達くらいだから何も言われないけれど。
最近ライはスキンシップに躊躇いがなくなり、こうしてよく私に触れてくる。
大抵は頭を触ったり手を握ったりしてくるくらいだが、なんだがムズムズしてしまって気恥しい。
「……なに?」
「いや、スッキリした顔してるなと思って」
「えっ?」
その言葉に驚いて見上げると、ライは仕方なさそうな顔で笑っていた。
「ずっとモヤモヤしてたんだろ?」
「ご、ごめん。また私……」
また心配をかけるような態度を取っていただろうかと顔を青くする。
けれどライは首を横に振った。
「いや、今回はちゃんと言ってただろ? 『本当に私が王妃とか大聖女なんかでいいのかな』って。俺にも分かるように態度に出してもくれてたしな。俺とか公爵がいくら大丈夫だっつっても、自分の中で消化出来ねぇでいたんだろ?」
「……うん」
「公爵は根っからの貴族だし、俺も貴族の……それどころか王族の血まで引いてるって知られちまったからな。そんな俺達が大丈夫だっつっても、ディアの不安を取り除いてやれなかったんだろ? 私は平民なのに、孤児なのにってよ」
ライの言葉は私の心を正確に捉えていて、私は「うっ」と図星を突かれた声を漏らしてしまう。
どうやらライには全てバレてしまっていたらしい。
「血筋は本当に気にしなくていいんだって。でも、もう大丈夫か?」
「……相応しくないんじゃないかって不安は、そう簡単にはなくならないよ。でも、私が王都に来て何がしたかったのか、思い出したの。だから今は、不安で縮こまってた体が『みんなのために頑張りたい』って気持ちを取り戻して、動かなきゃ!ってなってる感じかな」
「……誰かのため、か。ディアは本当に変わらねぇな」
「そうかな?」
「あぁ、いい顔してる」
ふわりとおおらかに笑うライに微笑み返す。
上機嫌になった私は、繋いでいた腕に絡むよう反対の手も添えて引っ付く。
すると「んぐっ」と喉を詰まらせたような声が響いた。
「ライ?」
「……なんでもねぇよ」
フイッと顔を逸らされ、私は覗き込むようにライの顔を見る。
ライは何故か口を尖らせていて、私は首を傾げながら食堂へと向かった。
それからライと公爵様は、毎日変わらず公務を行いつつ、捕らえた人達への尋問や今後の方針を話し合っていた。
オロカルドやアンセルホは「この国の王族は我々だけだ!」と言って頑なに王の座を譲り渡す気はなさそうだったが、公爵様が「そうなれば多くの貴族がこの国から去り、新たな公国が生まれるだけだ」と言い、国土のどれほどがミロキエサルから離れるかを書いた地図を見せると、二人とも押し黙ったそうだ。
南部に位置する公爵領を筆頭に、王都やその周囲を除く東西のほとんどの領主や貴族はこちら側らしい。
スキャンダルディ王国が北部に位置するため、北部ばかりに力を入れた政策ばかりを進めていたせいだろう。
そもそも国王や王妃といえど、共闘して公爵家の令嬢を死に追いやった罪が許されるはずもない。
そして王都に住む貴族達は、自分達がどれだけ甘い汁を啜ってきたか赤裸々に語った。
反抗的な者も居たようだが、私の精神操作が効いていたようで、概ねスムーズに聞き取りが出来たそうだ。
汚職が出るわ出るわ、裏帳簿も出るわ出るわ。
石を投げれば当たるほど、収賄・贈賄・横領が跋扈していた。
そんな金で夫人や令嬢は張り合い、ドレスや装飾を買い漁っていたのだ。
人より優位に立とうとマウント合戦をしていた者達が、そうした不正で得たものを見せびらかしていたと思うと……なんとも愚かとしか言いようがなかった。
私はというと、残りの貴族達の拘束も終わり城下に降りてもいいと許可を得ると、すぐに大神殿へと向かった。
併設されている孤児院の子供達を救うために。
馬車へと乗り込む時、嫌な思い出がフラッシュバックして息が詰まる。
そこへライがわざわざ見送りに来てくれた。
「ライ、忙しいのに来てくれたの?」
「だってあそこに行くんだろ? 無理すんなよ」
包まれるように優しく抱き締められると、その温かさに嫌な記憶など吹き飛んでいく。
頭にあるのは、苦しむ子供達の姿。
早くあんな生活から助けてあげなければ。
そう思いながら顔を上げると、ライは目をぱちぱちと瞬いたあと、ニッと笑った。
「大丈夫だな?」
「うん、ありがとう。いってきます!」
「おう」
コツンと拳をぶつけ合い、私は馬車へと乗り込み出発した。
孤児院に到着し扉を開くと、子供達は突然入ってきた私に驚いていた。
ふと見える位置に置かれていた籠の中は空になっていて、私はホッとする。
昔のライのように警戒する子供や力なく項垂れている子供を見て、私は「ご飯にしましょう」と努めて明るく笑いかけた。
大司教と司教を捕らえた時点で大神殿はすぐに封鎖し、神官や巫女を兵士達に監視をさせていた。
しかし、孤児院の面倒まで兵士達に見させるわけにはいかなかったため、籠にパンや果物といった手軽に食べられるものを入れて孤児院に届けさせていたのだ。
おかげでここ暫くの間は、子供達全員が何かしら食事にありつけているはず。
そうは言っても、ここで暮らす子供達は温かい食事なんてきっと久しく食べていないだろう。
そう思い、料理が出来るように準備してきた。
私は意気込んでキッチンへと足を踏み入れ、愕然とする。
そこはもう何ヶ月も使われている形跡がなく、埃が溜まってしまっていた。
極まれに貴族が子供を買いに来ることがあり、その対応の時くらいしか使われていなかったのだろう。
先に千里眼で見ておけば良かったと後悔しつつ、時間がもったいないと腕捲りをして掃除を始める。
連れてきた兵士達にも手伝ってもらい、キッチンは勿論、ついでに孤児院内の掃除も頼む。
メイド達には子供達が逃げ出したり暴れないよう見ていてもらった。
そうしてピカピカになったキッチンで、私は急いで料理を作る。
パンはかつてライに出したものと似たようなシンプルなものを調達させ、私はその間に子供達の胃に優しいよう温かなシチューを作ることにした。
早く火が通るようにと、喉を詰まらせないようにするため、具を小さく切って柔らかくなるまで煮ていく。
そうして出来上がったものを食堂に並べると、子供達は一斉に駆け込んできた。
「ちゃんと全員分あるし、シチューは熱いから気をつけて食べるんだよ」
私がそう言うも子供達の耳には届いていなかったようで「熱い!」という声が所々で上がったが、その後ふーふーと冷ましながら黙々と食べだした。
中にはポロポロと泣き出す子供も多く、メイド達がせっせと世話を焼き、兵士達はそんな子供の頭を優しく撫でる。
私も「ゆっくり食べてね」「おかわりもあるよ」と一人ずつに声をかけていった。
初めてお腹いっぱい食べた子供達は、途中からうつらうつらと眠そうにし始めた。
食事の席から寝室へと案内しようとするも、今食べなければいつ食べられるか分からないと思ってか、子供達はしがみつくようにテーブルから離れようとしない。
食べ過ぎても体が驚いてしまうだろうに、その必死な姿が痛々しくて、私は子供達と目線を合わせるよう屈んだ。
「この孤児院は暫く私が管理することになったの。毎日ちゃんとご飯を食べられるようになるし、もうみんなを痛め付けるような人も居ない。だから安心して眠っていいんだよ」
「……本当に?」
「本当だよ。私は毎日は来られないけど、時々見に来るから。みんな、よく頑張ったね」
子供のはずなのに栄養が足りていないせいか、艶もなくパサついている髪を撫でる。
私の言葉にそれまで泣いていなかった子供までグズグズと泣き出し、全員を連れて寝室でお昼寝をさせた。
「一時的にしろ、ここの管理者を決めないといけないよね。どうしようかな」
「子供達のために家事が出来た方がいいですよね」
「うん。さっき見たけど、ベッドもボロボロだったから直してあげなきゃなぁ。でもそれよりもまずは食事と清潔さだよね」
うーんと頭を悩ませていると、兵士の一人が手を上げた。
「移動したがらない者が多いと聞きますが、サグラードの神官や巫女はどうでしょう? 孤児院出身の者も居ますし、子供の相手にも慣れているはずですよね」
「……! それが出来るなら願ってもないよ! 大神殿の神官や巫女達も全員なんとかしなきゃいけないと思ってたし」
「ディア様の頼みであれば、みな力を貸してくれますよ!」
私は城に戻り次第、すぐに手紙を用意して公爵様に送ってもらおうと決める。
私が立ち上がった音で目を覚ましたのか、一番背の高い少年がむくりと起き上がった。
「……もう行くの?」
「うん。ここを任せられる人を探してくるよ」
「……俺は姉ちゃんがいい。みんなだってそう言うよ」
少年は寂しそうに俯いて、ヨレヨレの服をぎゅっと握り締めている。
さっきこの少年は誰よりも前に出て、震えながらもみんなを庇うように立っていた。
きっとこれまでもそうやって小さな子供達を守ってきたのだろう。
ずっと気を張って心を許せる人が居なかったせいか、こうして手を差し伸べてくれた人が居なくなるのは心細くて仕方がないはずだ。
「私もずっと居てあげたいけれど、そういうわけにはいかないんだ。だから明日も来るよ。約束しよう?」
私は小指を出した。
けれどそれが何か分からないのか、少年はキョトンと首を傾げている。
「あれ、指切り知らない? こうして指を絡めてね。指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます」
「!?」
「指切った」
「は、針千本飲ませるって何!?」
少年はぎょっと狼狽えた。
全然似ていないはずなのに、その姿が小さい頃のライと少し重なる。
「ふふふっ! あのね、嘘をついたら針千本飲ませるからねって言って、必ず約束を守るって誓うものなの。明日来なかったら、私はみんなに針千本飲まされても仕方がないってこと」
「俺もみんなもそんなことしない!」
「あはは! でもそれくらい大事な約束ってことよ。明日ちゃんと来るから、みんなのことお願い出来る?」
私がそう聞くと、少年は黙って頷いた。
不安や寂しさを殺して、少し強がっているように見える姿がいじらしい。
私はそんな少年の頭を優しく撫でる。
「また明日ね」
「うん……また明日」
少年は初めて笑顔を浮かべた。
孤児院を出て、扉が閉まってから振り返る。
修繕してもらえず至る所に亀裂や欠けの見える壁。
冬場も隙間風で凍える毎日だったに違いない。
(これまで辛かった分、彼らに多くの幸せが訪れんことを……)
私は手を組んで静かに祈り、その場を後にした。
王城に戻り、公爵様に頼んでサグラードの神殿に手紙を届けてもらった。
丁度公爵様と一緒に居たライにも、孤児院の様子や子供達のことを話す。
最後、少年の話を聞き終えたライは突然「明日俺も行く」と言い出した。
「えっ? ライ、大丈夫なの?」
「おい、ライ。まだ書類が残っていただろう」
「煩ぇ。そんな話聞いて仕事なんてやってられっか。明日は絶対俺も孤児院に行くからな」
そう宣言すると、ライはバタンと部屋から出ていってしまった。
唖然としたまま視線を向けると、公爵様はやれやれと肩を竦めている。
「そんな話って……? 私、何か余計なこと言いましたか?」
「いや、ディア嬢は何も悪くないぞ。昔の自分を見ているみたいで、釘をさしておかないととでも思ったんじゃないか?」
どうやら公爵様はライの言葉の意味を理解しているらしく、呆れた顔で苦笑する。
けれど私はどうしてか全く分からず、ずっと首を捻り続けていた。




