43,突然の肩書きと再確認
王城での生活を始めてから、空いている時間は昼夜を忘れて二人の手伝いに明け暮れた。
なにせ、あまりにも多くの王侯貴族を捕らえたり謹慎処分を与えているのだ。
彼らが行っていた公務を確認し、政策を止めるもの、滞らないよう進めるものを早急に確認し、どう処理すべきか対応しなければならなかった。
「徐々にで構わないが、ディア嬢にも覚えてもらわねばな」
と酷く疲労を滲ませた公爵様から笑顔で言われた時には、乾いた笑いを漏らしてしまった。
ライは公爵様から扱かれていたと言っていただけあって、サッと書類に目を通しただけで判を押すものと押さないものを仕分けている。
けれど私は、簡単な計算や書類整理を手伝っている程度。
(そうだよね、当然私も出来るようにならなきゃだめだよね。一年は大神殿で教養を叩き込まれたけど、それって二人の役に立てるレベルなのかな。……そもそも私って、本当に国の王妃になるの? 聖女ってだけでも信じられなかったのに?)
あまりにも現実味がないせいか、私は不透明な未来に心許なさを抱いていた。
いつも忙しなくしているライだが、口を開けばいつも通りのため、本当にこのまま私達が国王と王妃などという国の頂点に君臨するだなんて、まるで想像がつかない。
しかしそんな私の心情などおかまいなしに、着々と戴冠式や国民へのお披露目の準備が進められていた。
このまま国王不在の状態だと、国内だけでなく近隣諸国との間にも混乱が生じてしまう。
本来であれば相応の日数をかけて準備されるのだろうが、かなりの急ピッチで着々と用意が進められていった。
その中で、公爵様から典礼用の聖女服を仕立てるようにと言われた私は、ライの成人のお祝いをした時にワンピースを貸してくれた洋服店の人達に再びお世話になることになった。
普段着ている聖女服もその店で仕立ててもらったもので、昔から変わらず優しくしてくれるオーナーさんや店員さん達が公爵領から王城まで来てくれたのだ。
「わざわざ来てくださってありがとうございます。今回も宜しくお願いします」
「まぁまぁ、ディア様! 前にもお伝えいたしましたが、ディア様は我が国の大切な聖女様なのですよ? それに国王陛下の婚約者にもなられるのでしょう? ディア様が畏まる必要はございませんわ」
店員さん達が見本の衣装を運んでいる中、私はいつも通りに頭を下げてしまい、オーナーさんは少し困った表情を浮かべつつ、私に必要なことだと忠言してくれた。
私はまたやったしまったと苦笑する。
「すみません、まだどうにも慣れなくて……。聖女に選ばれても、ここでは平民だからとずっと馬鹿にされていましたから。孤児院育ちの私が聖女だっただけでも信じられないのに、いずれ王妃になるだなんて……なんだか夢でも見てるみたいで」
私はそう本音を漏らし、天井を見上げる。
今王城に居るのは公爵様やライの信用する人達と、上の指示に従わされていた下っ端の文官や使用人達だけ。
全員を一掃するわけにもいかず、攻撃的な姿勢を見せた人以外は、監視の下そのまま仕事をさせているようだ。
そのため危険な人間が近付かないよう、私の周りは兵士達や公爵様のお屋敷から来た使用人達でしっかりと固められていた。
それは全然構わないのだ。
しかし、これまで気さくに接してくれていた彼らだったが、公爵様から「今後はこの国唯一の大聖女様であり、国王陛下の婚約者、のちの王妃様になられる方として丁重に扱うように」と言われたらしい。
それからみんなが私に低姿勢な態度で接するようになってしまったのだ。
彼らに対し、呼び捨てにしなければならなかったり敬語をやめなければいけなかったりと、私が態度を改めなければいけないのだが……。
実のところ全く追い付いていなかった。
(別に人としてさえ扱ってさえもらえれば、私はそれでよかったのに。トゥルガに来てくれていたみんながよそよそしくなっちゃって、少し寂しいんだよね……)
少し前までは和気あいあいと話しかけてくれた兵士達が、私の前で跪いたり静かに壁際で控えていたり、あの温かかった時間が嘘のように思える。
しゅんと肩を落とすと、オーナーさんはくすりと笑った。
「いつかきっとそれが普通になられますわ。少しずつそのお立場に慣れていかれれば宜しいかと」
「ありがとうございます。でも私、自分や相手がどんな立場の人だったとしても、感謝や謝罪を忘れちゃいけないと思うんです。それが王様やお妃様だったとしても。みんなとの距離も、これが普通になってほしくないなって思ってしまって。こう考えてるから駄目なのかな……」
「……そういえばディア様は、昔から我々店員に沢山感謝の言葉を述べてくださっていましたね」
私が小さく息を吐いていると、私の手をオーナーさんが優しく包んだ。
ハッと顔を上げると、オーナーさんは柔らかい表情で微笑む。
「私は以前、公爵領を出てこちらの……王都の有名ブティックで働いていたことがあるんですよ。もう随分昔の話ですけれど、華やかな王都で成功したいと思って、家族にも無理を言って上京したんです」
「そうなんですか?」
「はい。ですが、王都の人達はみな敵意を剥き出しにして、いかに己が目立ち、いかに人よりも優れた実績が残せるかしか頭になく、気付けば私もそれが当たり前になっていました」
「えっ? オーナーさんが……?」
こんなにも明るく穏やかな人柄だというのに、そんな殺伐とした姿が全く想像出来ず、私は驚いてしまう。
「えぇ。あの頃は誰かと張り合ってばかりで、毎日ギスギスしていました。同じ店舗内でお客様を取り合って、自分の売上ばかりを気にして……。そのうち疲れてしまったんです。私は何のために王都に来たのか、分からなくなってしまって。それから情けなくも公爵領に戻ってきて、今のお店で働くようになったんですよ」
「……そうだったんですね」
「こちらに帰ってきて、人の温かさを身に沁みて感じました。当たり前に感じていた人との触れ合いが、こんなにも大切なものだったのだと痛感したんです。ですからディア様が大神殿でそんな暮らしをしていらしたのに、一切染まることなく綺麗なお心のままでいらっしゃるのは非常に稀有なことだと思いますわ」
オーナーさんから褒められ、私は首を横に振った。
私はそんな綺麗な感情ではなく、聖女の歴史と聖女の力を知っていく中で、公爵領に帰りたい、あいつらに仕返ししてやりたいという反骨精神があったからだ。
綺麗な心と言われるようなものじゃないと、私は眉を下げる。
「そんな立派なものじゃ……」
「いいえ。少なくとも私には、そんな考えや対応など出来ませんでしたから。ディア様がたとえ敬語ではなくなったとしても、上の立場の者としての言葉遣いに変わったとしても、ディア様の本質的な思いやりや優しさはきっと変わらないと私は思いますわ」
こんなふうに励まされて嬉しい反面、情けなさを感じてしまう。
準備が整えば、私はライと共に国の歴史を語り、今回の一件を公にする予定だ。
そうして多くの王侯貴族や大神殿の上層部を粛清し、私は国の大聖女として、そしてライの婚約者として民を導き守る責務を背負うことになる。
けれど、どうしても私は自信がなかった。
孤児院出身の平民で、特別器用な方でもない。
聖女としての力は磨いたつもりだけど、会得はしたとは断言出来るが、体得したと言えるかは不安が残る。
それに教養は孤児院で学んだ基礎的なものと、大神殿での一年間で詰め込まれたものだけ。
しかも平民聖女と軽んじられていたばかりに、聖女であっても貴族との接点はまるでなかった。
大神殿でも会議や執務に関わることなく、見習いでも出来るような雑務ばかり。
色々と実践経験が乏しいのだ。
ライや公爵様が何度大丈夫だと言ってくれても、私がその立場に立っていいのだろうかと考えてしまう。
不安と恐怖がじわじわと押し寄せ、足元がぐらぐらと揺れているように感じていた。
そのせいか、親しくしていた人達が少しよそよそしくなっただけで、私では駄目なんじゃないかと考えてしまうのだ。
「そう、だといいんですけど……」
尻すぼみになっていく声を聞いて、オーナーさんは私の手をぐっと両手で握り持ち上げた。
「ディア様。公爵様は他の貴族達とは違い、立場や年齢などにとらわれず、私達にもお優しいですよね?」
「はい」
私はオーナーさんの言葉に迷いなく頷いた。
誰に対しても公平で優しい公爵様の素晴らしさは断言出来る。
「公爵様は部下の方々に敬語を使われません。自分より位が下である貴族の方々に対しても、我々に対しても。ですがそれが威張っているように聞こえたり、権力を振りかざしているように聞こえたりしますか? 逆に、そんな公爵様の言葉や態度を嫌だと思う方はいらっしゃいますか?」
「……いいえ」
「そうですよね? それと同じように、ディア様が敬語を使わなくなったからといって、皆様と親しげに話せなくなったからといって、どちらも相手を思う気持ちは変わらないのですよ。少なくとも私はそうですわ」
そう言われて考えてみた。
私の前に跪いてくれた兵士達は、世話を焼いてくれたメイド達は、私に対してどうだったか。
確かに言葉遣いや接し方は変わってしまったけれど、丁寧な言葉や対応になっただけで、彼らの温かさは変わっていなかった。
「あ……っ」
顔を上げて見回してみると、オーナーさんも店員さん達も温かく微笑んでくれていた。
私は急な変化ばかりに気を取られ、彼らの本質が何も変わっていないことが見えなくなっていたらしい。
「それに、ディア様の感謝や謝罪を伝えたいという気持ちは、貴族ましてや王族には非常に珍しい考えかもしれませんが、とても良いことではありませんか。そればかりでは宜しくないでしょうから、言い方や回数は気にしなければならないでしょうけれど。ディア様らしい聖女や王妃になられればよいのですよ」
「私らしい……?」
私は目を見開いて瞬く。
オーナーさんの言葉に目から鱗が落ちるようだった。
国で唯一の大聖女や王妃になるというプレッシャーからか、私が嫌だと思っていたはずの人間達と同じように対応出来なければと考えてしまっていたらしい。
(私は……どんな大聖女に、どんな王妃になりたいんだろう。王都に向かって、私はどうしたいって思ってた?)
出発前に抱いた決意を、もう一度思い返す。
公爵領を守るために交渉するつもりでいたのに、まさかライと公爵様が王位を得る算段を立てているとは思わず、話のスケールが大きくなってしまったことでいっぱいいっぱいになっていたのだろう。
けれど私の望みの根本は何も変わっていない。
私は突然降ってきた肩書きを一旦忘れ、何がしたかったのかを再確認する。
「ありがとうございます。私、ちゃんと考えてみますね」
「よいお顔ですわ。ではせっかくですから、まずは私への敬語は抜きにしてみましょうか」
「うっ……」
それからニコニコと微笑むオーナーさんや店員さん達に「ほら、また敬語でしたよ」「そんな低姿勢である必要はございませんわ」と言われながら、スパルタ指導のもと採寸され、衣装の相談をするのだった。




