40,悪意に翻弄される、心優しき実母
あの日、謁見の間に居た、王都に住まう王侯貴族を捕縛して数日が経った。
国内の民達にはまだ公開していないが、貴族達には既に知らせを送っているらしい。
私達は未だ王城に滞在し、後処理に追われている。
本当はすぐにでも公爵領に戻りたいが、ここまでの行動をしておいてそういうわけにもいかない。
公爵様のお姉様であるセレイ様、そしてライを育ててくれたというマヤさんのこともきちんと明らかにしたかった。
それに、歴代の大聖女のことも。
今後この国をどうしていくのか……それらを決めるため、私はライと公爵様の手伝いをしていた。
まず、セレイ様とマヤさんについて明かそう。
今から過去を語るにあたって、国王陛下や王妃殿下が王太子殿下・隣国の王女殿下だった頃まで遡る。
その度に元王太子殿下……などと言っていては分かりにくく、そもそも今や彼らは罪人のため、以降そういった人物は名前で呼び捨てることにする。
母親譲りの美しい水色の髪に青い瞳、そして公爵家らしい褐色肌を受け継いだセレイ様は、妖艶さのある魅惑的な美少女だったという。
そして話の通り、公爵領が大好きなご令嬢だったそうだ。
しかし困ったことに、セレイ様に異様な執着をみせる一人の男により、度々王都のタウンハウスに身を隠していたらしい。
そこで今度は当時王子だった国王オロカルド・ミロキエサルに目を付けられてしまい、十四歳の頃にオロカルドの婚約者に抜擢されてしまったそうだ。
王城に縛り付けられそうになったそうだが、セレイ様はそれを拒否。
ソログラシア公爵家と事を荒立てたくなかった王家はセレイ様の要望を渋々承諾し、彼女は公爵領と王城を行き来して暮らしていた。
そりゃあ公爵領の人達や空気を知っていれば、王都の人達は醜悪で息がしづらかったに違いない。
セレイ様は公爵令嬢として高い教養と美しさを持っていたが、高潔で厳格な性格はオロカルドと合わなかった。
最初はその美しさに入れ上げていたオロカルドも、見た目とは裏腹に貞淑すぎるセレイ様が次第に面白くなくなっていく。
そうして王太子妃教育を終え、セレイ様がしっかりと王城で暮らすようになった頃、専属メイドとしてオロカルドが選んだマヤさんが就いていた。
マヤさんはある夜、セレイ様の部屋の鍵をこっそりと開いておき、それを知っていたオロカルドはセレイ様の部屋に侵入。
無理やりセレイ様を手籠めにしたのだ。
そんなことをされて、夫としても人としても信用出来なくて当たり前だろう。
それからセレイ様はオロカルドに怯えるようになり、日に日にその美しさが陰っていった。
公爵家に報告でもされたら堪らないとマヤさんを監視に付けられたまま、セレイ様は離宮へと押し込められてしまったのだ。
王城には中央貴族が多く、公爵家を妬む者も多い。
王族に取り入るチャンスでもあり、協力してくれる貴族などごまんといた。
そのため、セレイ様は変わらず王城で生活していることにされ、王太子妃として変わりなく生活しているという嘘の情報がまるで事実のように語られていた。
そんなある日、隣国から当時王女だったビッチェーナ・スキャンダルディが訪れる。
ビッチェーナは母国でおイタをし過ぎてしまい、国ではもう婚約者を決められそうになかった。
そのため、スキャンダルディ王国から関税の緩和や資源の融通を条件に、妃として娶ってほしいと持ちかけられたのだ。
透けるような金色の髪に小紫色の瞳をした、セレイ様とは正反対の可愛らしい見た目の女性。
丁度セレイ様への苛立ちを抱いていたオロカルドは、庇護欲そそるビッチェーナを気に入った。
だが、今になってセレイ様を公爵家に返すことは難しかった。
国のためだと言って、隣国から王女であるビッチェーナを妃に迎え入れること自体は悪い話ではない。
今後を思えば公爵も納得し、ある程度金で解決出来る話だった。
――しかしそれはセレイ様の体があくまで純潔のままであったならの話。
嫌がる娘に婚前交渉をけしかけておいて婚約を解消してほしいなど、てんで無理な要求だろう。
そんなことが公爵家に知られてしまえば、間違いなくミロキエサル王家とソログラシア公爵家が正面衝突することになる。
だというのに「既に婚約者が居る」と言ってスキャンダルディ王国に断りを入れればよかったものを、オロカルドは一旦返答を待ってほしいと返したのだ。
相手国からすれば検討の余地があるということ。
ビッチェーナはスキャンダルディ国王から、ミロキエサルであれば婚姻の可能性があると聞かされ、なんとか王妃の座を射止めるため画策することを決める。
一方、オロカルドはセレイ様ではなくビッチェーナに心変わりしていたため、どうにかして公爵家と事を構えることなくビッチェーナを迎え入れられないかと頭を悩ませていた。
そんなオロカルドに、ビッチェーナととある令嬢が話を持ちかけたという。
その令嬢こそ、バシリカの母親であるナサネバ・マッサーカだった。
実はナサネバは、公爵様やセレイ様と従兄弟なのだという。
公爵様とセレイ様のお父様である前公爵様の弟であり、公爵家が所有する伯爵位を譲り受けた伯爵家の子供。
その末娘がナサネバだった。
ナサネバはセレイ様を昔から忌み嫌い憎んでいたそうだ。
それというのも、そもそもナサネバの父親である伯爵様……今はもう前伯爵となっているその男には問題があった。
前伯爵様は前公爵様の奥方、つまり公爵様とセレイ様のお母様に恋心を抱いていたのだ。
しかし昔から婚約関係で仲睦まじい二人に割って入ることは叶わず、前伯爵様は別の妻を娶らざるを得なかった。
そんな前伯爵様が次に惹かれた相手は、なんとまだ幼いセレイ様だった。
セレイ様は前公爵夫人と瓜二つでありながら、色白だった前公爵夫人と唯一違う、公爵家らしい褐色肌を受け継いだ容姿。
――前公爵夫人とそっくりな顔立ちで、しっかりと公爵家の血を継いだセレイ様。
それを見た前伯爵様は、三人居る自分の子よりもセレイ様に執着をみせ、異常なほど溺愛した。
その行動は、実家なのだからいいだろうと連絡もなしに公爵家の屋敷に押しかけるほど。
セレイ様が恐怖心を抱くのも当然で、見兼ねた両親が時々セレイ様を王都に逃がしていたのも仕方がない話だった。
そんな父親を持つ伯爵家の子供三人は、父親の愛情を知らずに成長していく。
ナサネバの兄や姉は反面教師のように育ち、そんな小さな子供に執着心を見せる父親を嫌悪していた。
だがナサネバは、兄や姉、そして自分よりも公爵家の娘ばかりを愛してやまない父親に寂しさを抱いていた。
そうしてその矛先は次第にセレイ様へと向いていく。
どうして父は実の娘の自分よりも従姉妹であるセレイばかり気にかけ、何度もプレゼントを届けに行くのか。
あの女ではなく、自分を愛してほしい。
あの女さえ居なければ……。
この父親にしてこの子ありと表しているように、父親である前伯爵様とはまた違った形ではあるが、ナサネバもセレイ様に酷く執着した。
対抗心を燃やし、セレイ様に負けないよう必死で努力を重ねた。
その結果、伯爵家の末娘が侯爵夫人にまで上り詰めたのは純粋に凄いことだろう。
けれど対するセレイ様は、王族であるオロカルドの婚約者に選ばれ、いずれは国母になるという。
ナサネバは許せなかった。
自分の欲しいものや手の届かないものを、いとも簡単に手に入れていくセレイ様が。
憎くて憎くて仕方がなかった。
ある日、王都で暮らしていたナサネバに、同じく公爵家を妬む令嬢がとある情報を教えてくれた。
隣国からビッチェーナが訪問していて、オロカルドがビッチェーナと仲睦まじくしているという噂だ。
どういうわけかセレイ様の姿は見えなくなり、執務を全て任されているのだろうと令嬢は言う。
令嬢から公爵家に知られないようにと忠告を受けたナサネバは、今が好機ではと考える。
ビッチェーナは交友を広げるためという名目で、ミロキエサル王国の上位貴族令嬢や夫人といった話し相手を募集していた。
ナサネバは侯爵家嫡男の婚約者だと謳って王城に訪問し、ビッチェーナと接近。
そこで「セレイを排除し、王女殿下こそ国母になられるべきです」と、ビッチェーナに協力を申し出たそうだ。
そこでナサネバはセレイ様が離宮に追いやられていることを聞き、行動に移していく。
ナサネバはビッチェーナへの土産だと言って、いくつかの茶葉を用意した。
その他にも美容に効くという食材や果物も。
それらは実際にビッチェーナが食しており、その上でセレイ様へもお裾分けとして送られた。
ビッチェーナも口にしていたのだから、毒などあるはずがない。
しかし……マヤさんに指示した飲み合わせや食べ合わせは、実は人体に害を成すものだったのだ。
その頃、既にセレイ様のお腹にはライが居た。
ただでさえ憎い男の子供を身籠り、精神的にも不調の中、毒にならないはずの食事で体が弱っていく。
初めは倦怠感や吐き気といった、妊娠の症状と思われるものだった。
しかしそれは徐々に酷くなり、めまいや頭痛、そして発熱を繰り返すようになっていく。
広い離宮で、公爵令嬢であるセレイ様の世話役はマヤさんたった一人。
日に日に弱っていくセレイ様に、もしや自分は気付かないうちに、セレイ様の体によくないものを与えさせられていたのではとマヤさんは気付く。
そうしてマヤさんは耐えきれず、これまでのことを謝罪したそうだ。
「私があの日、鍵をかけ忘れてしまったばかりに、本当に申し訳ございませんでした。今も満足にお世話も出来ず、お体も悪くなるばかりで……どうか私を恨んでください」
と、床に頭を擦り付けて平伏した。
しかし、セレイ様は首を横に振る。
「あの人がわたくしの部屋に無断で忍び込んで無体なことをしなければ、王城で男に襲われるだなんて本来有り得ないことでしょう。襲ったあの男が悪いのであって、マヤの罪ではありません。それに、わたくしと一緒にこんなところに追いやられるなんて、きっと貴女にも何か事情があるのでしょう? 貴女も一人で辛かったわね」
と、セレイ様は何処までも優しい人だった。
どうせなら責めてほしかったのに、非はないと言われたマヤさんは涙を流した。
自分が鍵を開けておいたのだと、国王の言いなりになってしまったせいだと、今も貴女を苦しめているのは自分のせいかもしれないと……本当はそう言わなければいけなかったはずなのに。
全てを見透かしているような慈悲深い瞳でセレイ様は微笑んでいた。
こんな人を陥れ傷付けてしまったのだと、マヤさんは罪の意識に苛まれ続けることとなる。
ついに子供が生まれるとなった時、セレイ様はマヤさんにその子を託すと言ったそうだ。
きっと自分はもう長くないからと。
恐らく自分が身籠っているとは悟られていないはずだから、昔母から教わったとある呪いの魔法を使用し、自身の命と引き換えに公爵領に居る両親にこれまでの全てを伝えるつもりだと言う。
密かにセレイ様が隠してきた、様々な物証……王家と大神殿の上層部、一部の中央貴族との癒着。
汚職の数々や証拠隠滅、更には証人の買収記録まで。
それにより罪人が無罪となったり、冤罪だった者が刑に処されたこともセレイ様によって残されていた。
マヤさんはそれらの保管場所を聞かされたのだ。
マヤさんは困り果てた。
自分はオロカルドの手先であり、スパイである。
本来全てオロカルドに報告すべきであり、子が生まれることも言うべきだった。
しかしマヤさんは言えなかった。
セレイ様をこんなふうに傷付けておきながら、己の望みのためにこのまま言いなりになっていていいのかと葛藤し続けていたからだ。
だというのに、そんな重要な証拠の保管場所などを聞いてしまうなんて。
仮に拷問でも受ければ黙っていられるか、マヤさんは不安だった。
そうして助産師も呼べず、助産など素人だというのに、マヤさんはセレイ様を必死で励ましながら生まれた赤子を取り上げた。
その小さな命を抱いた時、マヤさんは号泣する。
もう二度と抱くことの叶わない、かつて失ってしまった子供の代わりに、せめてこの子だけは守りたい。
セレイ様が必死で繋いだこの命だけは……そう強く願った。
「この子はライジェス。ライジェスにしましょう。この子はわたくしの光。わたくしだけの王子。ライジェス、愛しているわ」
そんな儚い笑顔を見せ、出産から数日後。
力尽きたセレイ様はこの世を去る。
マヤさんは握り返されることのないその手を握り締めながら、泣き叫び謝り続けていた。




