39,やはり悪者はこちらでは……?
楽しそうなライとは反対に、王族達や大司教様、司教様は顔を真っ青にしていた。
「一年間、本当に大変だったんだぞ。公爵直々に勉強や魔法、武術を叩き込まれてさ。他にも、王家が馬鹿にして目をかけていなかった地方貴族や土地を持たねぇ貴族達のところに公爵と一緒に訪問して、こっちに引き込めるか見定めたり交渉してな」
ライは苦笑しながら「まぁおかげでこんだけ支持を得られるようにはなったんだけどよ」と手にある紙束を揺らしてみせた。
「それじゃあ、ライと公爵様が私を助けるつもりだったっていうのは……」
「国ごと手に入れるか、国を潰すつもりしてたからな」
「えぇ……」
私は呆れた声が漏れてしまう。
国王陛下の実子というのが本当なのであれば、ライに王位継承権があってもおかしくはない。
ミロキエサル王家と由緒正しい公爵家の血を引いているのだから。
……おかしくはないのだろうが、まさかそんな話になるだなんて思うはずもなく。
私は額に手を当てる。
そんな中、わなわなと口を震わせた王太子殿下が、現実逃避でもするように首を左右に振った。
「そんな、馬鹿な話が……っ」
「俺だって国の王なんてガラじゃねぇし、公爵から助け出されて出自とか色々聞かされた時だって、そんな面倒なもんごめんだって聞いてねぇフリしてたんだよ。でも……」
そう言ってライは後ろに回り込んで私を抱き締めた。
正面には顔を歪めた王太子殿下がこちらを睨んでいる。
「ちょっと、ライ!?」
「テメェらはディアに手を出したんだ。俺が唯一望む女にな。絶対に許さねぇよ」
「はぇ……?」
ド直球な告白に私は間抜けな声を漏らした。
「お前らが馬鹿じゃなかったら、ディアがあんな理不尽に聖女として連れていかれなかったら、俺は別に公爵領で静かに暮らしていられりゃあよかったんだ。でも、お前らは俺からディアを奪った。だから奪い返すために王になるって決めたんだ」
「は……? た、たかがその女のために、国の乗っ取りを選んだと……?」
「あ? たかがだぁ? こいつが居なきゃ俺は今生きてねぇんだよ。誰も信じられずに、そこらで野垂れ死んでただろうからな。ディアが聖女に選ばれる前から、こいつは俺にとって聖女みてぇなもんなんだよ。誰にも譲らねぇ。誰にもディアは渡さねぇよ」
頭上から降ってくる真っ直ぐな愛の言葉に、ガッチリと掴まれたままの私は赤面するしかなかった。
公爵様は口笛でも吹き出しそうな表情でニヤニヤしている。
(今はそれどころじゃないでしょ!? なに人前で惚気てんの!?)
それでも、死んでいたかもしれないというライが、ここまで私に心を開き、大きく私を包んでくれていることに、私は目が熱くなった。
「それにその状態で抵抗出来んのか? そんなふうに押さえ付けられててさ。お前らが俺を殺したくても、離反した貴族を倒したくても、ディアが必ず守ってくれる。俺達はディアを奪おうとする奴らを絶対に許さないし、一人残らず倒す。どう足掻いても無謀だと思うけどな」
「他にも色々と隠しているだろうからな。いずれにしても全員の身柄を拘束し、それぞれの罪を明らかにさせる必要があるだろうな。ディア嬢、頼めるか?」
「勿論です」
公爵様の言葉にしっかりと頷く。
貴族達は口々に「私達は関係ない!」「助けて!」と叫ぶが、私は気にせず術を使った。
「精神操作」
私は騎士達にも見せた精神操作を薄く全員にかける。
貴族達は途端に膝をつき、力なく項垂れていく。
王妃殿下や王女殿下も同じような状態だが、どうやら国王陛下や王太子殿下、あと大司教様と司教様には少々軽かったらしい。
曲がりなりにも国を担う立場と大神殿を担う立場に身を置く者達だ。
精神面が強く……いや、有り体に言えばがめついだけだろうか。
「姑息な真似を!」
「そんなもの! 私には効かん!」
「……こうなっては仕方がない。我らも加勢するぞ。あの聖女を手に入れられなければ話にならん」
「分かりました」
どうやら愚か者同士で共闘するらしい。
あんな者達でも、長らく魔法を独占してきただけあって、それなりに長けているに違いない。
「ライ」
「心配すんな。俺も公爵も兵士達も、お前が居てくれりゃ全員問題ねぇよ」
ライはそう言いながら前に出た。
散開していた兵士達も四人へと剣を向けている。
公爵様は高らかに指示を出す。
「半数は貴族達の拘束を。残りの半数はディア嬢の守りを固めておけ。こちらは私とライだけで十分だ」
「随分舐められたものだ! 骨も残らぬほど焼き払ってやろう!!」
国王陛下からゆらりと赤い揺らめきが上がる。
じっとりとした熱さを感じ、得意な魔法属性が何かすぐに分かった。
(国王陛下は火を得意とするの? ライの氷属性とは正反対の魔法だけど……どっちの方が有利なの!?)
「陛下、司教は治癒魔法に長けています。多少の怪我であればすぐに治してみせるでしょう。私はお二人の支援と相手の攻撃を削ぎましょう」
「なら私も出よう。私に剣を抜かせたこと、後悔させてやる」
王太子殿下もスラリと細長く美しい剣を構えた。
その刀身が赤く輝いている。
刀身に火属性の魔法を込め、熱を帯びさせているのだろう。
私はハラハラと二人を見るが、二人ともスンとした表情のまま気だるそうにしている。
「なぁ、手加減って要るか?」
「要らん。好きにしていい」
相手を刺激し挑発する物言いに、王太子殿下が走り込んできた。
国王陛下は遠距離で火魔法を発動させ、宙にはいくつもの火の玉が浮かんでいる。
「お前を殺せば、あの女も王の座も私の物だァ!」
そう叫びながら王太子殿下はライに剣を振りかぶる。
構えてすらいないライを見て、私は「ライ!」と悲鳴を上げた。
「黙れよ」
「ヴッ!?」
それは一瞬だった。
何もなかった床から氷の柱が突き上がり、王太子殿下の顎を捉えて吹き飛ばしたのだ。
見事なアッパーカットが決まり、王太子殿下は白目を剥いて床に倒れ伏している。
どうやら失神したらしい。
すかさず司教様が治癒魔法をかけたことですぐに意識は戻ったようだが、王太子殿下は何が起こったのか理解出来ていないようだった。
「おっ、治癒魔法が得意なのは本当なんだな。これならどれだけ痛め付けてもすぐ治してもらえそうだな。好きに暴れても大丈夫そうだ」
「おいおい、心神喪失はさせるなよ。喋れなくなられては困るんだ」
「分かってるよ」
そうは言うもライの眼光は鋭く開かれ、ギラギラと獲物を捕らえる捕食者のような表情をしていた。
一応止める言葉をかけている公爵様だったが、見るとそちらも積年の恨みの憂さ晴らしでもするような、獰猛な顔付きで国王陛下と対峙している。
(あ……。これは、アレだわ。前と同じパターン……)
私の頬は引き攣り、四人がこれからどうなるのかを哀れむ。
三千人もの敵兵が攻めてきた時に遠慮なく魔法をぶちかまし、単身で戦場全員の行動を封じたライだ。
この状況であんなにも楽しそうないい表情で笑っているのが心底恐ろしい。
公爵様も私の後処理でいいと言っておきながら、あの表情なのだ。
きっとこの機会をずっと待ち望んでいたのだろう。
止めるのは野暮というものだ。
「い、一体何が……?」
「ほら立てよ。尻餅ついてる奴を殴ったら卑怯者になるだろうが」
煽られた王太子殿下はカッと顔を赤くして立ち上がるが、どうも最初に飛び込んできた時のような勢いは失っている。
自分の身に何が起きたのか、恐ろしさを抱いたらしい。
他三人も顔色を悪くしている。
「ディアに守られてる安心感もあるけどな。あいつの力に頼らなくたってそれなりに強ぇぞ、俺は」
「ククッ。ライがそれなり程度なら、この国の騎士達は全員可愛い小動物になってしまうな」
それはもう完全に征する側の顔付きだった。
私は遠い目をしながら見守るしかなかった。
暫くして、至る所に凍傷が出来てボロボロになった王太子殿下が「もう許して……」と音を上げ、国王陛下は公爵様の水魔法で何度も溺れさせられ戦意喪失し、大司教様と司教様は身を寄せ合って震え上がっていた。
「うん、はたから見たら間違いなくこっちが悪者に見えるね。怖すぎ」
私の素直な感想に、私を取り囲んでいた兵士達もうんうんと深く頷く。
二人の根幹が人道的で本当に良かったと、心からそう思うのだった。




