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36,その力は誰がために


 そうして三百年が経ち、ついに五代目大聖女の加護が弱まり始めた頃。

 一人の令嬢が大聖女の力に目覚めました。

 初代聖女が幼い年齢で力を与えられ苦しみ、以降成人と見なされる十六歳以上の少女が大聖女の座を引き継いでいたこと。

 そして前回の大聖女が、王族や貴族であれば多くの聖女や民を先導出来たのだろうかと悔やんでいたこと。

 それらを踏まえたのか、十六歳の誕生日を迎えた伯爵家の令嬢が選ばれました。

 

 

 ――しかし。

 伯爵令嬢は毎日泣き暮らし、生涯を終えることになります。


 

 聖女の書によると、神から直接選ばれる大聖女は生まれた時から決まっていて、それ故に大聖女になる者は必然的に魔法適性が失われてしまうと書かれていました。

 

 そこでまず問題が起こります。

 神は大聖女の身を案じ、力の発現を十六歳の誕生日と固定したため、今度は力に目覚めるのが遅くなりました。

 聖女が認知されていた時代ならいざ知らず、令嬢は伯爵家の娘でありながら、いつまで経っても魔法の力が開花せず「無能令嬢」と呼ばれるようになってしまったのです。

 彼女は周囲からは頻繁に馬鹿にされ、嘲笑を向けられて成長していきました。

 

 けれど、そんな令嬢にとっての救いは、彼女の家族である両親や兄妹が、そして婚約者である子爵令息が、彼女をとても愛してくれたことでしょう。

 己を恥じて不甲斐ないと思う日もあったようですが、そんな時はいつも家族と婚約者が支えになってくれたのです。

 ですから令嬢は魔法が使えなくても、貴族令嬢としての振舞いや教養では後ろ指を指されないようにと、家族や婚約者にこれ以上迷惑をかけまいと、ひたむきに努力を重ねていきました。


 きっとそんなまっすぐな魂を持つ令嬢だから、彼女は大聖女に選ばれたのでしょう。


 そうして力に目覚め、大神殿から迎えが来ます。

 しかし伯爵令嬢は行きたくないと拒絶しました。

 聖女など大変名誉なことで嬉しいと言いながらも、国のために力を使うのなら、自身の暮らす街の神殿でも良いのでは?と、定期的に大神殿に顔を出すのではいけないのでしょうか?と言い募りました。

 彼女は家族や婚約者と引き離されることを恐れたのです。

 しかし大神殿の上層部は激怒し、王族に進言。

 伯爵令嬢は王命により大神殿での生活を余儀なくされ、家族や婚約者と離れ離れにされてしまいます。


 これまで令嬢の心を支えてくれていたのは、家族や婚約者の存在あってのことでした。

 伯爵令嬢は無能令嬢ではなくなり、聖女という唯一無二の肩書きを得ましたが、彼女はちっとも幸せそうではなく、寧ろ不幸と言えたでしょう。

 聖女だというのに毎日表情は暗く、意欲的に学ぶ様子のない令嬢に、当時の大神殿上層部の者達は嫌悪感を抱いていきました。


 そして非道な手段を取ったのです。

 令嬢の家族や婚約者の家が、社交界で爪弾きにされるよう貶めたのです。


「お前が聖女として努力をしないからだ」


 そう言われた令嬢は目の前が真っ暗になりました。

 かけがえのない家族や婚約者が、自分のせいで立場を悪くしていく。

 令嬢は何度も「やめてください! わたくしが、わたくしがもっと頑張りますから!」と泣いて(すが)りました。

 ただでさえ魔法が使えなかった自身のせいで、これまで色々と言われてきたはずの大切な家族と愛する婚約者。

 私が聖女に選ばれたことで、家族や婚約者がその煩わしさから解放されると思っていたのに、まさか更なる不幸を背負わせてしまうなんて。

 令嬢はどれほど心を痛めたことでしょう。


 そうして彼女は毎日泣いていました。

 毎日、遠く離れた家族と婚約者に泣いて詫びていました。


 

 それから令嬢は大神殿の傀儡となります。

 国中を駆け回り、国や民を癒し、けれど自身が会いたいと願う者達の元へ行くことは許されず、馬車馬のように働かされました。

 それでも令嬢は耐え続けました。

 いつか平和になった暁には、家族や婚約者の元に帰れると夢見て――。

 

 

 そうして四年が経ち、二十歳になった令嬢の元に王子がやって来て、彼女の婚約者として名乗りを上げました。

 令嬢は、きっと頭を殴られたような衝撃を受けたことでしょう。

 彼女にとっての婚約者は今も昔も子爵令息ただ一人。

 だというのに、国を挙げて王子と聖女の婚約話が語られていきました。

 令嬢は必死で否定をするも、一人で違うと言って回るより、人々が口々に話す噂の方が広まるのが早くて当然です。

 挙句、王子や大神殿の上層部から「お前の故郷にもお触れは出してある」「既にお前の婚約など解消済みだ」と作為的な笑みを向けられ、逃れようのない運命に令嬢の心はついに壊れてしまいました。


 

 四年の間に聖女の力を会得し、聖女の書に記録されている真実を知る令嬢は、五代目大聖女と同じように力を使い、命を散らす選択をします。

 大切な家族の元にも帰れず、愛する婚約者と離され、身勝手な王子に心も体も差し出さねばならないくらいなら――。

 彼女は泣きながらもう会うことの叶わない人達を思い、願いました。

 どうか家族と彼の住むこの国から危険が消え、より良い国になりますようにと祈りながら。

 

『私に婚約者が居らず、王族や上位貴族の方々のように政略結婚が当然と育てられた娘だったなら、王子の申し出にも快い返事が出来たのでしょうか』

 

 脳裏に浮かぶ家族や婚約者の顔を思い出し、最後まで涙を流しながら令嬢はこの世を去りました。

 



 

 それから再び三百年が経ち、令嬢の加護が弱まり始めた頃。

 一人の王女が十六歳を迎える日、大聖女の力に目覚めました。

 今度も前回の令嬢の思いが活かされたようで、政治的扱いを当然と思えるようにと王女が選ばれたようでした。


 

 ――けれど。

 そんな王女もまた、唯一手に入れた光を奪われ、絶望して生涯を終えることになります。


 

 伯爵令嬢と同様、王女も魔法適性が失われていました。

 そして令嬢との違いは、王族にも関わらず魔法が使えない出来損ないとして、姫様は虐げられ育ちます。

 王族の誰もが王女を家族と認めず、同じ血が流れているとさえ思ってもらえない。

 誰からも愛されず、誰からも顧みられない日々。

 使用人達からも王女の世話係はハズレと言われる有様。

 魔法以外の教養を完璧に身に付けようとも、王女は「欠陥王女」と呼ばれ、感情が乏しいまま成長していきました。


 大聖女の力を得た姫様は、これで家族の役にたてると、これで自分も王族として認められるだろうと、表情には表れずとも珍しく喜んでいました。


 しかし、王女はあっさり大神殿に売り飛ばされます。


 自身の父である国王陛下は「せいぜい国の役に立て」と冷ややかな目で一瞥したあと立ち去っていき、母である王妃殿下は「欠陥品を産んだわけではなかったのね」と安心したような笑みを浮かべ背を向けました。

 長兄である王太子殿下は「こいつが聖女?」と王女を見下し、次兄である王子殿下は「コレが聖女ってことは僕より立場が上になるのか?」と王女に憎悪を向けていました。


 そうして王女は家族に追いやられ、大神殿で籠の鳥のように閉じ込められました。

 曲がりなりにも王女ということもあり、かつての伯爵令嬢の時のように働かされることはありませんでしたが、その代わりに王族の聖女として祭り上げられ、大神殿が人々から金を巻き上げるための道具として利用されるようになりました。


 籠の鳥にされて一年。

 王女は大神殿から出られないため、聖女の術を学んでいる過程で得た千里眼(ミロホス)千里耳(ミロレイハス)を使って外の世界を見ていました。

 魔獣の多い地域はないか。

 天災や風土病は起きていないか。

 そういった情報収集のために力を使っていた中で、王女は一人の少年を見付けます。

 

 その少年は同じ大神殿の敷地内に居ました。

 どうやら隣接されている孤児院の子供のようで、コソコソと隠れて抜け出し、食堂の残飯や生えている草を千切って戻っていく。

 何をしているのだろうとそのまま見ていると、王女は孤児院の中の壮絶な世界を目の当たりにします。


 

 瀕死の状態でそこかしこに倒れている、小さな子供達の姿。

 

 

 少年は何とか手に入れた食事を子供達に分け与え、飢えを凌いで生きているようでした。

 

 こんな身近なところに、施しを与えるべき民が居る。

 神官達もこのことを知っているだろうに、どうして彼らを助けないのか。

 過去の自分は、確かに誰にも顧みられることはなかったが、それでも寝食は満足に与えられていた。

 それなら彼らは――?

 あんな小さな体で、どうして食事を与えてやらないのか。


 王女は初めて自らの意思で癒しを施したいと思いました。

 飢えた体に栄養を与え、体の調子を整え癒していきます。

 やり過ぎてしまわないようにと注意しながら、王女は心から祈りました。

 すると伏せっていた子供達もゆるゆると顔を上げ始め、それを見た少年は嬉しそうに涙を流します。

 これまで心ない人形のように生きていた王女が、聖女の力は誰のために使われるべきなのかを知った瞬間でした。



 けれど、これまで都合良い手駒にしてきた王女の変化に、大神殿の上層部も王族も良い顔をするはずがありません。

 何故か王侯貴族にではなく、国に住む貧しい平民達に力を使いたいと言うようになったのですから。

 扱い辛くなったと疎んじられて当然です。

 

 そもそも神殿に併設される孤児院のほとんどは実は名ばかりで、その実態は子供奴隷の保管場所として建てられていたのです。

 見目のいい子供は貴族に売り飛ばし、売れ残りには毎日重労働をさせる。

 生き残るために言いなりになりそうな素質ある子供を見付けると、上層部はそういった子供を子飼いの神官として引き取り、表向き聖職者がしてはならない仕事を代わりに行わせる刺客として育てました。

 だから孤児院の中で子供が飢えて死のうが、彼らにとっては大したことではなかったのです。



 王女は聖女の力で国を守りつつ、助けた少年や子供達の成長を見守り続けていました。

 それだけが籠に入れられた王女にとっての唯一の楽しみであり、幸福な時間でした。


 ――しかし、それはあっけなく終わりを迎えます。

 隣国との間で諍いが起こり、国境で両軍がぶつかることになったその戦地で、かつて聖女が救った少年や子供達が自爆兵として利用されてしまったのです。

 籠の鳥である王女は全ての情報を自身で手に入れなければならず、彼女が気付いた時にはもう手遅れでした。

 見るも無惨な姿になってしまった子供達が、戦場で踏み付けられていたのです。

 

 王女は閉ざされた部屋で声が枯れるまで叫びました。

 そんなつもりで助けたのではないと。

 そんなつもりで生かしたのではないと。

 籠に入れられてしまった自分とは違い、いつかあの子達がお日様の下で暮らせるよう願っていたのに、と。


 王女は少年や子供達を救おうと、ありとあらゆる術を必死で行使しました。

 けれど、死者には聖女の力も敵いません。

 誰一人目を覚ますことなく、王女の唯一だった者達は人の群れと屍の山に埋もれていきました。


 

 二年の間に聖女の力を会得し、聖女の書に記録されている真実を知る王女は、これまでの大聖女達と同じように力を使い、命を散らす選択をします。

 私も死んで、あの子達のところへ――。

 彼女は虚ろな瞳のまま、会うことの叶わない人達を思い、願いました。

 どうか他国との戦争などのない、平和な国になりますようにと希って。

 

『今の世ならば王族や貴族よりも、平民の聖女の方が無能と言われずよいかもしれません。もしそうだったのならわたくしは、あの子達の元に駆けつけることが出来たのかしら』

 

 失われてしまった輝かしい笑顔を、光をなくした瞳で思い浮かべながら、王女はこの世を去りました。



 

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